LDFセットが決まり、ライバルへプレッシャーをかけた富士。グリッドで確信した優勝【トムス東條のB型マインド/最終回】

 スーパーGTのGT500クラスを始め、国内の各カテゴリーを最前線で戦うトムス。そのチーフエンジニアである東條力氏より、スーパーGTのレース後にコラムを寄稿いただいています。

 第9回、かつ最終回となる今回は、36号車au TOM’S GR Supraが見事に逆転タイトルを決めたスーパーGT第8戦『FUJIMAKI GROUP FUJI GT 300km RACE』を分析。さらには、すでに突入しているオフシーズンの過ごし方について、論じていただきました。

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 オートスポーツweb読者のみなさん、こんにちは。トムスレーシングのチーフエンジニア・東條です。

 2021年シーズンが終わりました。まずはモータースポーツファンの皆様、シーズンを通して応援をいただきまして、誠にありがとうございました。そして厳しい社会情勢にもかかわらず、スーパーGTの開催に関わり、支えて頂きましたすべての関係者をはじめ、企業の皆様に感謝いたします。

 このB型コラムも9回目を迎えまして、予定していた連載が終了いたします。日頃レースの魅力を伝えたいと考えていましたので、エンジニア視点でしかわからないようなできごとをなるべく分かりやすく、かつ、隠しごとは少なめにお知らせするよう努めてまいりました。そんなB型コラムに、レースの神様が忖度していただいたのかは分かりませんが、この先20年は無いようなレース結果でシーズンを締めることができました。

 しかし、トムス36号車にとっては良い結果であっても、ライバルには悔しさが残ります。レースの直後、多くのスタッフがポディウムへ移動していたこともあって、例の小屋をひとりで片付け始めていたとき、1号車STANLEY NSX-GTの山本尚貴選手と牧野任祐選手が「おめでとうございます」と祝福の声をかけに来てくださいました。

 いまにも張り裂けそうなときに。この気持ち、シチュエーション、わかりますでしょうか。1号車と、そしてすべてのS-GT参加者と、ともにシーズンを通して戦えたことを誇りに思います。

 ご存じのとおり、レースの優勝は36号車。2位に37号車KeePer TOM’S GR Supraが続き、トムスチームがワン・ツー・フィニッシュを達成しました。そして、16点差を跳ねのけて、36号車がチャンピオンを獲得することができました。

 GR勢でチャンピオンの可能性を残した36号車と14号車ENEOS X PRIME GR Supraは、どちらも優勝することが大前提でした。そのうえでライバルとなるNSXの順位次第という厳しい条件が付いていたのです。

 しかし、ブリヂストン(BS)タイヤを装着するGR-Supraの14号車、39号車DENSO KOBELCO SARD GR Supra、38号車ZENT CERUMO GR Supraが、トムス2台に続いて5位までを独占し、ライバルの前でゴールできたことこそが、シリーズ制覇のカギとなりました。TRDを筆頭にした総合力の賜物であると確信します。

 さて、いつものようにタイヤ側からレースを振り返ると、二日間とも晴天ではあったものの、土曜日は北風が強く体感はかなり大げさに言うと氷点下。完全に油断していました。路面は冷たく午前の公式練習でmax18度、午後の予選ではわずか13度でした。

 BSを装着するGR勢の持ち込みコンパウンドは、ソフト(S)・ミディアム(M)・ハード(H)の3種類からチームごとに2種類をピックアップ。トムスは2台ともS・Hで初冬のワイドレンジに備えました。14号車、38号車、39号車については、トムスとは別の組み合わせになっていた様子でした。

 9時から始まったフリー走行の序盤ではSのグリップが高く、セッション後半に行くにしたがってHが良くなるのは、前回もてぎと同様に日中の温度変化によるものです。しかし、比較的低温領域ではSでもやや厳しい状況でしたから、午後に行われる予選に向けてのタイヤ選択には頭を悩ませることになりました。

 翌日行われる決勝の天気予報は晴れ。風穏やか。スタート時刻は13時、フィニッシュ15時過ぎですから、温度ピークからは緩やかに下がると想定されます。低温の予選コンディションと決勝の温度変化を見越した結果、36号車はHを、37号車はSを、それぞれ予選~第1スティント用に登録しました。

2021スーパーGT第8戦富士 KeePer TOM’S GR Supraの小枝正樹エンジニアとサッシャ・フェネストラズ

 鈴鹿やもてぎと言ったHDF(ハイダウンフォース)サーキットとは異なり、直線区間の長い富士では最高速度にも注目してセットアップを施す必要があります。

 正直なところを言えば、中盤戦以降、パワーが欲しい! と言い続けてきました。エンジン年間2基の規定で2(3)基目を使用している以上、できることは限られます。TRDの皆さんには無理を強いてしまいました。

 しかし、その甲斐あってV-maxはスーパーフォーミュラをも凌ぐ時速300km超! これを達成するためにはグリップの許す限りドラッグを減らし、エアロとメカニカルの両面からバランスを得る工夫が必要です。いわゆるLDF(ローダウンフォース)セッティングです。

 ニュータイヤのグリップを使う1周計測の予選はともかく、グリップダウンを感じながら戦うレースではその仕上がり具合が決定的な差となりうると考えます。

 GRスープラが得意とするLDFセッティングが決まるほど、ライバル勢はリヤウイングの迎角を薄くすることを考え始め、グリップを失います。そう、マカオGPのグリッドで、わざわざウイングを薄く設定し直してスパイにチラ見せ。その後、ライバルがそれに合わせるのを確認したら、作業時間ギリギリのタイミングで元に戻す……みたいなイメージです。

 予選は14号車の山下健太選手が圧倒的な速さをもってポールポジションを獲得し、チャンピオンに望みをつなぎました。そして、1号車が堂々の2番手を獲得。これにはチャンピオンへの執念を強く感じました。

 2列目を確保したトムスの2台は、36号車のHコンパウンド、37号車のSコンパウンド、どちらもレース想定では抜群の安定感です。とにかく優勝しないことにはシリーズ制覇はないのですから、そのように仕上げる必要がありました。

 翌日曜日は風穏やかで暖かく、グリッドでの路面温度は23度。時間的にもここがピークとなる予定なのですが、37号車のSコンパウンドにはやや不安が出てくる温度。一方、Hコンパウンドの36号車にとってはまさに適温。ここから多少下がったとしても、問題なく優勝だけはできると確信しておりました。

 スタート直後から36号車が37号車と1号車をパスし、早々に2番手へ。2周目には37号車も1号車をパスしてポジションを取り戻し、14号車はひとり逃げる展開へ。後方ではシリーズを争う17号車Astemo NSX-GTと12号車カルソニック IMPUL GT-Rの脱落があり、セーフティカー導入で14号車の独走が振り出しへ戻りました。

 リスタート直後に36号車と37号車が14号車へ襲いかかってワン・ツー体勢を築き、徐々に後続を引き離しにかかります。

序盤にしてワン・ツー体勢を築いたトムスの2台

 例によって1号車がミニマムピット。どうしたらあのタイミングでピットインできるのか、本当に羨ましいと思いつつ、タンクスペースができるまで数周待つ。

 そして14号車、36号車、37号車の順でピットイン。トムス2台はそれぞれ前半スティントと同じコンパウンドのタイヤを選択しました。ピット明けの落ち着いたところでは36、14、37、1号車の順になっていて、8号車ARTA NSX-GTはやや後方へ。

 第2スティントでは、徐々に温度が下がってきました。これで37号車のSコンパウンドがようやく性能を発揮し始め、FCY明けに再び14号車をパスして2位へ上がってきました。

 このタイミングで1号車にGT300との接触アクシデントがあり、ピットへ。36号車坪井翔選手は最後まで集中力を切らすことなく優勝、2位には37号車平川亮選手が入り、ワン・ツー・フィニッシュを達成し、他のGRスープラ勢の活躍もあって、栄えあるシリーズチャンピオンとなりました。

GRスープラ勢が第8戦の表彰台を独占する形に

■B型エンジニア流、オフシーズンの過ごし方

 さて、2021年シーズンが終了しました。開幕戦まではたっぷり4カ月もの時間がありますが、休んでばかりもいられません。なぜならば、来季に向けた開発テストやタイヤテストが控えておりまして、カレンダーはすでに塗りつぶされています。メカニックの皆さんは今週休んだら一気にオフシーズン向けのメンテナンスや機材の製作に入ることになります。

 B型エンジニアのコラムですから、オフシーズンにレースエンジニアたちが何をやっているのかについて、少し書いてみようと思います。

1:シーズンの振り返り
2:各種データの整理やレポート類の作成
3:シーズン中にやりきれなかったさまざまなことの取捨選択
4:3の実現へ向けてプラン作成と具体的な準備
5:オフシーズンテストの計画と実行
6:自習いろいろ

 と、ものすごく簡単に書くとこんな感じでしょうか。いたって普通ですよね。仕事量は自分の裁量で調整するよう促します。

 私はというと、トムスの若手エンジニアのサポートのほかに、会社としての各種業務があったりしますが、レースのほうで言うとTRDの開発テストメンバーとして、LC500の開発期間から毎年参加させていただいております。LC500の時にはトラックエンジニアとして、マレーシアのセパンテストや国内テストの現場を仕切っておりました。

コロナ禍以前は、年末と年明け、2回に行なわれることが通例となっていたマレーシア・セパンでのテスト

 GRスープラの開発テストでは、TRDの中でも自前のトラックエンジニアを育てないといけないよね! 的ないたって真っ当な考えもあり、そのサポート役にあたっております。学はないけれど経験だけは豊富なものですので、「敵に回すとうるさいからひとまず味方に入れておけ」ということなのだと思っています。レースの現場では会わないような各方面のプロフェッショナルの皆さんとお仕事ができるので、よい刺激となっています。

 開発テストでは、立川祐路選手と石浦宏明選手、そして平川選手がドライブします。立川選手と石浦選手はともにセルモチームの所属。そう、レースではライバルになります。そして、GRスープラチームのエンジニアの皆さんがピット裏に控えている中での開発テストですから、間違ったことや曖昧なことはできません。

 そして一番大切にしている事は、隠しごとをしないこと。本当にレースでやるような些細なことまで、オープンにしています。立川選手と最初に仕事にあたる際、開幕戦までは隠しごとなく全体の底上げをしましょう。開幕したら真剣勝負! ということを話した記憶があります。

 オフシーズンにはアジアン・ル・マン・シリーズやマカオグランプリなど、海外のレースがありまして、こちらのサポートに出かけたりすることもあります。

 トムスの台湾エージェントと古いお付き合いがありまして、そのときによってBMWだったりポルシェだったりするのですが、最新のGT3車両を使ってユーロのトップドライバーたちとお仕事ができる幸せを感じます。

 しかし、岡山テスト→羽田→セパンテスト→成田朝着→成田で洗濯とお風呂とお参り→夜便でセパンへ戻る→アジアン・ル・マン→御殿場1泊→鈴鹿テスト、のようなスケジュールになってしまうこともあり、まあまあ疲れますが、アジアは暑くてビールがおいしい! ですから良しとしましょう。

 そんなオフシーズンの過ごし方も悪くないと思っています。レースうまくなるし……。

1年間ご愛読ありがとうございました!

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