「南葛SCがJリーグに昇格したら、バルサとの提携、エムバペの獲得も夢じゃない」。岩本義弘GMが明かす、新時代の経営戦略

コロナ禍を経て、スポーツビジネスは変革の刻を迫られた。テクノロジーを活用し、社会課題と向き合う。スポーツの在り方にまったく新しい価値を生み出すイノベーションが求められる中、先進的・挑戦的事例を推進する目的で昨年スポーツ庁がINNOVATION LEAGUE コンテストをスタートさせた。
日本のスポーツシーンをけん引するフロントランナーはどのように思考し、アクションしたのかを尋ねる連動企画2回目は、総合スポーツWebメディア『REAL SPORTS』の編集長であり株式会社TSUBASA代表取締役、Jリーグ参入を目指す南葛SC(関東リーグ2部)のGMでもある岩本義弘氏にスポーツコンテンツの行く末について聞いた。コンテンツが増え続ける現代社会の中で、スポーツコンテンツが生き残るすべとは――。

(インタビュー・構成=五勝出拳一、撮影=野口岳彦)

「情報はあふれているけど人の可処分時間は限られている」

――「スポーツ×コンテンツ」というテーマでお話を聞きたいのですが、岩本さんがこれまでどのような関わり方をしてきたのか教えてください。

岩本:エンタメ総合誌の中でスポーツコーナーを担当することになった1996年がスポーツと関わるようになった最初のタイミングで、初めてのインタビューの相手は当時読売ジャイアンツの桑田真澄さんでした。個人的にも大好きな選手だったし、当時24歳だった自分としては、すごいチャンスだったなと思います。

そこから1998年の夏に前職の株式会社フロムワンに転職をし、スポーツの領域により強く軸足を置く形になりました。

――岩本さんがスポーツシーンをメインに活動するようになった1998年頃と現在を比較して、スポーツメディアやスポーツコンテンツにはどのような変遷がありましたか?

岩本:かいつまんで話すと、1998年はサッカー日本代表が初めてFIFAワールドカップに出場した年で、言ってしまえば「サッカー雑誌全盛時代」。当時のスポーツ業界はインターネットはまだまだで、デジタル化には着手すらしていない状況でした。その後、2002年の日韓ワールドカップに向けて海外とやりとりしたり、海外のメディアが日本から発信する必要があったということもあり、いろいろなことをデジタル化する必要が出てきました。時を同じくして、総合スポーツ情報サイト『スポーツナビ』がYahoo! JAPAN傘下となり、Webのみで展開するスポーツメディアが目立ち始めてきたことは印象的でしたね。

2006年にフロムワンは『ワールドサッカーキング』を発刊したのですが、ライバル誌だった『ワールドサッカーダイジェスト』は当時毎月2回ペースで約20万部を売っていたので、かなり大きなビジネスになっていました。

大きく流れが変わったのは2006年のドイツワールドカップの時で、日本代表のグループリーグ敗退や中田英寿選手の引退をきっかけに、サッカー人気に陰りが出始めました。また、紙媒体のデジタル化に伴って雑誌が売れなくなり、その環境変化についていけないサッカー雑誌は一気に潰れましたね。

ワールドサッカーキングは2010年にデジタルを重視する方針にシフトしています。それまでWebサイトは紙の雑誌を補完する場所という位置付けでしたが、公式Twitterアカウントが急速に伸びたこともあって「ここでデジタルに振り切ればサッカー雑誌で一番になれる」と手応えを得て、記事の内容をすべてWebサイトで公開するようになりました。雑誌発売の前日に、本田圭佑選手のインタビュー記事を全文Webで公開するようなチャレンジングな取り組みもしました。

――2010年だと、かなり早いタイミングでデジタル化に注力されている印象です。

岩本:そうですね。この「早さ」がポイントだと思っていて、サッカーメディアの中では一番最初にデジタルの場所を取りにいかなければいけないと思っていました。社内でも「雑誌が売れなくなる」といった反対意見はありましたが、メディアビジネスはニッチになればなるほど一番手だけが大きな利益を享受できるシステムで、スポーツ以外のメディアではデジタルシフトに成功しているケースも増えていたので「デジタルでNo.1のサッカーメディア」のポジションを意識的に取りにいきました。デジタル上でフォロワー数やPV数が伸びていく中で、企業の広告案件やサッカークラブ、スポーツ団体からのオフィシャルな仕事も自然と増えていきました。

――メディア環境自体は今もデジタル化を続けていますが、そこに載るスポーツのコンテンツにはどのような変化があったのでしょうか?

岩本:まず、デジタル化に伴ってコンテンツの量がめちゃくちゃ増えました。いろいろなメディアが同じような記事を出すようになりましたし、サッカーのニュース系サイトってたくさんあるじゃないですか。ただし、情報はあふれているけど人の可処分時間は限られているので、自分たちが届けたい人が誰なのかを意識して、しっかり届けることが重要なんじゃないかと思います。REAL SPORTSもそういう意図で作ったメディアで、時間と予算をかけてアスリートの本音やスポーツのリアルな側面を伝えるコンテンツを届けることを意識しています。

石橋はたたき過ぎず、まずスピード勝負

――岩本さんがライツ事業に従事されている『キャプテン翼』(集英社)と、GM(ゼネラルマネージャー)を務める関東リーグ2部の南葛SCの取り組みについてお伺いします。『キャプテン翼』の作者であり、南葛SCの代表取締役でもある高橋陽一先生とは、どのような経緯で一緒に仕事をするようになったのですか?

岩本:高橋先生と初めて会ったのは2001年で、サッカーと漫画を特集した雑誌の巻頭インタビューをお受けいただいたことがきっかけです。その後、高橋先生が監督をされていた女性芸能人フットサルチームの南葛シューターズのGMを私が担当したり、『キャプテン翼』の案件を集英社に提案するようになって、近い関係で仕事をするようになっていきました。『キャプテン翼』のライツを扱う株式会社TSUBASAを設立したのは2016年で、フロムワンの代表取締役を退任することが決まった後のことでした。

――『キャプテン翼』はスポーツコンテンツ最強のIPといっても過言ではないと思うのですが、コンテンツホルダー側に回って感じる部分はありましたか?

岩本:『キャプテン翼』が主語だと、こちらが望めば世界中の誰とでも会えるし、どこの会社とでもコミュニケーションを取ることができます。一般の問い合わせ窓口から連絡してもFCバルセロナやユベントスとコラボすることができるし、世界中で最も知られているスポーツコンテンツなので、この分野の漫画・アニメだとライバルはいない状態ですね。

――そんな中で『キャプテン翼』は積極的にチャレンジを繰り返している印象ですが、テクノロジーを活用した取り組みについて教えていただけますか?

岩本:『ポケモンGO』や『ドラゴンクエストウォーク』に続く位置情報ゲーム『TSUBASA+』を昨年ローンチしましたが、新型コロナウイルスが流行したタイミングと重なってスケールが難しい状況になりました(現在は休止中)。今でも『TSUBASA+』の発想は間違っていないと思っているのですが、新しい機会は積極的に取り入れるようにはしていますね。またソニーと共同開発しているVRゲームはとても評判がよく、仮想空間に存在する『キャプテン翼』のコンテンツと現実世界が交じり合うようなテクノロジーは相性がいいと感じます。

その他では、最近でいうとNFT(※)ですね。今年に入って、大げさではなく100以上の企業からアプローチや提案をいただきました。ただ単に『キャプテン翼』の原画等をNFTとして発表するだけでは面白くないので、メタバースの要素も取り入れながらどうやって世の中に流通させていくか、私自身も勉強しながら模索しています。

(※アートや音楽、コレクターズアイテムなど、唯一無二かつ代替不可能なデジタル資産にブロックチェーン上で所有証明書を記録し、固有の価値を持たせる非代替性のデジタルトークンのこと)

――『キャプテン翼』のような強力なコンテンツをどう活用するのかは、岩本さんの手腕にかかっている部分も大きいと思います。無数のオファーや新しいテクノロジーを採用する際、どのような基準で意思決定をしていますか?

岩本大手の出版社はリスクを取ってファーストペンギンになるようなチャレンジはしないんですよね。なぜなら、成功事例が出てから追いかけても圧倒的に強いコンテンツを持っているからです。加えて、チャレンジが失敗した場合は作家に示しがつかない、という点も大きい。一方で『キャプテン翼』に関しては、NFTを始めとした新しいテクノロジーにも率先してチャレンジするようにしています。通常の大手出版社と作家先生との関係と違って、仮にチャレンジが失敗に終わったとしても、高橋先生との信頼は揺るがないと思っているからです。そう思えている、思わせてもらっている自分が、『キャプテン翼』という作品と高橋先生をマネジメントしていることが、我々の強みだと考えています。

石橋をたたき過ぎていたら他のコンテンツとの戦いになるので、他よりも圧倒的に早くトライすることを大切にしています。サッカーキングでデジタルを強化した時と同じ感覚かもしれないですね。『キャプテン翼』のコンテンツ力をより最大化するためにも、スピードでさらに競争優位性を作りたいと思っています。

プロセスやストーリーが最高のコンテンツ

――『キャプテン翼』と比較して、南葛SCはこれから時間をかけて育てていくコンテンツだと思いますが、コンテンツのつくり方や届け方について意識していることはありますか?

岩本:南葛SCは『キャプテン翼』が生み出したコンテンツの一つでもありますが、ある部分では『キャプテン翼』を超えるだけの可能性を秘めています。物理的にチームが存在しているということと、何より成長していくストーリーを携えている部分がコンテンツとして一番大事だと思っていて。ホームタウンの葛飾区を大切にしながら、最終的にはグローバルでも存在感のあるクラブにしたいと考えています。ローカルとグローバルを両輪で、どちらも取り組んでいく。その上で他のサッカークラブと圧倒的に違うポイントは『キャプテン翼』を持っている部分で、南葛SCがJリーグに昇格した時にはヨーロッパのトップクラブとの提携や世界のスター選手の獲得も難しくないと思っています。そこに夢があるので、現在のカテゴリーから駆け上がっていくところを楽しめる部分はありますね。

――最近だとFiNANCiE(※ブロックチェーンを活用したトークン発行型クラウドファンディング)との連携も開始しましたが、南葛SCが新しいテクノロジーやサービスを活用する際の基準はありますか?

岩本:FiNANCiEは今年のINNOVATION LEAGUEのアクセラレーションプログラムにも採択されていましたが、南葛SCは昨年のINNOVATION LEAGUEコンテストで表彰されたスポーツエンターテインメントアプリのPlayer!とも連携をしていて、そのような成長している会社と協業できているのは率直にうれしいですね。

ブロックチェーンが絡むと、どうしても投機目的で儲かるかどうかの議論が先行してしまいがちですが、FiNANCiEの良い部分は、プロジェクトを応援することが、結果的にクラブにとってもユーザーにとってもメリットを生むような設計になっている点です。まとめてトークンを売りさばくことができない仕組みを作ることは難易度が高いはずですが、トライアンドエラーを繰り返しながら良い形になってきていると感じます。

これまでは正直、サッカークラブはお客さんの顔が見えない手探り状態でサービスを提供していた部分が少なからずあったと思うのですが、FiNANCiEではダイレクトに声が届きますし、クラブにとってのアドバイスや改善ポイントなんかも伝えてくれるので、ユーザーの皆さんはファン・サポーターでありながら、むしろ株主に近い存在かもしれません。

――FiNANCiEのコミュニティ内では、いわゆるスポーツチームのファンクラブとは違うコミュニケーションが生まれているのでしょうか?

岩本:そうですね。もうファンクラブの仕組みは要らないんじゃないかと思います(笑)。ファンクラブやクラウドファウンディングは基本的にお金を使ってもらうタイミングとリターンを受け取るタイミングが決まっていますが、FiNANCiEの場合はトークンを持ってもらっているので、南葛SCが成長することによってユーザーの皆さんに金銭的なメリットをお返しできるかもしれない。クラブを応援しながらいろいろな特典が受けられて、その上でお金も儲かったらファン・サポーターの皆さんもうれしいじゃないですか。それをデザインできているテクノロジー、サービスの設計がFiNANCiEは非常に素晴らしいなと思いますね。

――スポーツクラブは、コロナ禍でどうファン・サポーターにコンテンツを届けるのかを試行錯誤してきたと思います。スポーツにおけるコンテンツのつくり方や届け方は今後どのような部分がポイントになると考えていますか?

岩本:長年サッカークラブのフロントや選手、スポーツ団体を取材してきましたが、組織構造として強化部の声が圧倒的に大きいんですよね。例えばクラブが残留争いに直面してしまうと、全ての対外的な施策がストップしてしまう。もちろん大事な試合の前に選手を稼働させろという話ではなく、日本に60近くもあるプロサッカークラブの中で、ただ単に競技面でチームが強くなるだけではもはや差別化できないことをそろそろ強化部の人たちも真に理解すべきかなと思います。

成功例はやっぱり川崎フロンターレですよね。クラブの成績が悪い時もホームタウン活動や情報発信を続けてきたからこそ、あれだけ地域から愛される存在になっている。試合に勝つだけでは持続的な価値向上にはつながっていかないので、結果が伴わない時こそファン・サポーターや地域から応援してもらえるような取り組みに注力しないといけない。

あとは完成形を見せようとするのではなく、企画を考えているところも含めて全体のストーリーを伝えるようなコンテンツの作り方がいいなと思います。プロセスを知っている状態だと、最終的なアウトプットが出た時の喜びや満足度が大きいですし、懐疑的だった人たちも納得してくれる。そのようなプロセス、ストーリーをコンテンツに昇華して伝えてくれるテクノロジーやサービスは求められているし、今後伸びていくんじゃないかと思いますね。

INNOVATION LEAGUEでスポーツ界に横串を

――INNOVATION LEAGUEについては、率直にどのような印象をお持ちですか?

岩本:このような取り組みをスポーツ庁が主体となって行うことに共感し、趣旨に賛同したので昨年からコンテストの審査員を担当させていただいています。スポーツ界は特に、競技や官民の枠を超えて横串を刺せる取り組みが少ない印象です。特に、テクノロジーの分野は知っているかどうかが重要なので、人と情報が集まるネットワークにアクセスできるかどうかで全然違います。「スポーツ×テクノロジー」は、これから日本が伸ばしていける分野だと思うんですよね。領域を掛け算したりアレンジするような工夫は日本人が得意なアプローチだと思うので、それが加速するような取り組みをINNOVATION LEAGUEには期待したいです。

――コンテストの審査員を務めて、実際にどんな手応えを感じましたか?

岩本:昨年のコンテストは109件すべての応募に目を通したので玉石混交でしたが、こんなにも多くの応募が来るんだと正直驚きでした。テクノロジーを活用した応募に限らず、アナログな施策や地域連携の取り組みなど興味深いエントリーが非常に多くありました。

INNOVATION LEAGUEはまだ2年目ということで手探りで進められているところはあると思いますが、スポーツ関連の施策は全てこのコンテストにエントリーするのが当たり前になるような状態がつくれたらいいですよね。INNOVATION LEAGUEの取り組みを知ってもらい、コンテストを見て「自分たちもチャレンジしてみよう」と一歩踏み出してくれる人が増えるといいなと思います。

INNOVATION LEAGUEでは、スポーツやスポーツビジネスにイノベーションを生み出している取り組み、スポーツを活用してビジネスにイノベーションを生み出している取り組み、またスポーツが持つ「産業拡張力」を強く感じさせる事例を表彰する「INNOVATION LEAGUE コンテスト」を実施中! 応募締め切りは間もなく2021年12月10日(金)23:59まで

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<了>

PROFILE
岩本義弘(いわもと・よしひろ)
1972年7月24日生まれ。東京都出身。オールスポーツWebメディア『REAL SPORTS』編集長。株式会社TSUBASA代表取締役として『キャプテン翼』のライツ業務全般を担当。Jリーグを目指すサッカークラブ「南葛SC」のGMも務めており、サッカー解説者やスポーツジャーナリストとしても活動している。前職は株式会社フロムワン代表取締役兼サッカーキング統括編集長。

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