「弟に会いたい」送迎バスに置き去られ、死亡した5歳児遺族の慟哭 再発防止、どうすれば

双葉保育園の送迎バス=2021年7月

 福岡県中間市の「双葉保育園」で7月、送迎バスに約9時間置き去りにされた倉掛冬生ちゃん(5)が熱中症で死亡した。原因は1人で運行していた当時の園長(9月に辞任)が車内を十分確認しなかったためとみられ、県警は12月17日、業務上過失致死容疑で当時の園長らを書類送検した。「せめて職員がもう1人乗っていれば」と悔やむ遺族。再発防止が求められるが、送迎バスの安全対策に統一基準はなく、保育現場は人手不足が常態化している。どうすればいいのか。(共同通信=金森純一郎ほか)

 ▽どんなに苦しかったか、怖かったか

 「おしゃべりで活発な子だった。思い出すと涙がとまらなくなる」。事件から3カ月たった11月、共同通信の取材に応じた祖父(68)は声を震わせた。手元には、まだ幼い冬生ちゃんの写真。好物のカレーをほおばる姿が写っている。母によく「作って」とおねだりしていたという。

 幼い弟を失った兄(12)は「もう一度会いたい」と声を絞り出した。冬生ちゃんとは一緒にゲームやサッカーをして遊んでいたという。

 園側は10月、遺族に謝罪。前園長はバスの1人運行が常態化し、降車や出席確認を怠っていたという。警察の再現実験では、車内温度が当時、50度超になったとされた。8月に公表した母の手記には「どんなに苦しかったか、暑かったか、寂しかったか、怖かったかと思うと、胸が張り裂けそう」とつづられている。

双葉保育園

 祖父は「職員が2人乗っていたら、事件は起きなかったのでは。園にはきちんとした体制をつくってほしい。冬生の死を無駄にしてほしくない」と力を込めた。

 ▽バスに置き去り、各地でも

 送迎車両での置き去りは全国の保育施設で過去にもあった。命に関わる問題には至らなかったものの、今回と同様に運転手1人だけだったケースもある。

 大阪市の保育施設では2014年7月、2歳の男児が約5時間、送迎バス内に取り残された。運転手と保育士の計2人が乗っていたが、男児が降車したと思い込んでいた。担任も親に出欠確認していなかった。

 19年12月には奈良県内の小規模保育施設でも。ここでも園長が1人で送迎していた。佐賀県は17~21年に計3件。いずれの園も当時は送迎マニュアルが未作成で、その後は乗降車のチェックシートを作るなどの対策を取ったという。北海道や横浜市、広島県福山市、福岡県久留米市でも置き去りがあった。

 ▽高まる危機意識

 

保育園前に供えられた花束や飲み物

 共同通信は全国の都道府県、政令市、中核市など計130自治体に9月中旬を期限にアンケートを実施した。所管する保育施設が送迎バスを利用しているかどうかを調査・把握していると答えた自治体は80、約6割に上ることが判明。大半は、中間市の事件をきっかけに調査しており、自治体で危機意識が高まっていることがうかがえた。

 80自治体に把握した内容を尋ねると、うち54自治体がバスの運転手や送迎体制と回答した。各自治体が調査済みとした施設数を合わせると2868カ所に上るが、運転手が1人で送迎している施設が38カ所あった。

 ▽頭を悩ます自治体

 送迎バスの安全対策について、国に統一基準はなく、自治体による監査の対象項目にもなっていない。車両送迎は、保育施設側と保護者との「私的契約」に該当するためだ。ある県の担当者は「行政がどこまで規定し、指導すべきなのか」とこぼすなど、対策に頭を悩ませている。

 福岡県は事件を受け、保育施設の送迎バス運行に関する指針を公表した。法的拘束力はないが、運転手以外の職員添乗、乗車名簿や座席表の作成、乗降確認の徹底を求めている。県子育て支援課の浦田智子課長は「安全が適切に管理されなければ、生命を脅かす事故につながるとの反省の下に作成した」と述べた。同様の動きは、鳥取県や京都市でも進む。

家宅捜索のため双葉保育園に入る福岡県警の捜査員=2021年8月

 

 ▽「1人送迎では安全守れない」

 現場の保育士も、複数体制で送迎する重要性を訴える。兵庫県内の認定こども園で働く保育士の女性(45)は「送迎バスで寝てしまう子や泣いてしまう子もいる。運転しながらでは安全確保できない」と語る。

 この女性が働く園では、運転手以外に最低でも職員1人が添乗する。小さい子が多く乗る時は保育士2人で対応することも。子どもの命を預かる責任は重いが「車がない家庭もあり、保護者からのニーズは高い」。

 福岡県保育協会の上村初美副会長は「子どもの生活リズムを知り、体調にも気配りできる保育士の添乗が重要だ」と指摘する。

 ▽行政は積極的に関与を

 ただ、複数体制の実施はそれほど容易ではない。保育現場では長年、人手不足が指摘されている。認可保育園には「0歳児3人に対し保育士1人」といった配置基準があり、国からの給付金もこの基準に基づいて計算されている。児童が増えないのに保育士を増やせば、職員の給与は減る。予算の制約から、簡単に人員を増やせない。

 自治体関係者の間でも、指針の遵守は「負担が重すぎる」と懸念する声が上がる。負担軽減のため、ルートが重複する園ではバスの共同運行を提案する専門家もいる。

 元帝京大教授(保育学)で、保育研究所の村山祐一所長は「送迎に手当を設ける他、監査対象に含め、行政が積極的に安全管理に関わる必要がある」と指摘する。

 内閣府によると、園児がやけどを負うなど、保育施設の重大事故は20年に1586件に上り、増加傾向。背景には人手不足があるとみられる。

 村山所長は「まずは配置基準の引き上げを急ぐべきだ。補助金の支出や保育士の労働環境改善の対策も取らなければ事故の確率はますます高くなる」と危機感を募らせている。

(取材・執筆=金森純一郎、渡辺みらい、川村隆真、松本智恵、小川一至、神谷龍)

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