尾道市街地から渡船(フェリー)で4分〜6分で渡れる島・向島に、アットホームで何度も訪れたくなるようなあたたかい宿があります。
それが、向島の小高い丘の建つ「尾道やすらぎの宿 しーそー(SeeSo)」。
市街地側からよく見える建物ですが、宿からもまた“THE・尾道”の景色が一望できるのです。
「尾道やすらぎの宿 しーそー(SeeSo)」の魅力について、宿主(あるじ)の森田 剣さんに取材。
そして実際に宿泊してきました!
尾道市街からサクッと行けちゃう島・向島
JR尾道駅に降り立ち、尾道水道を挟んで向かいに見える“向島”(むかいしま)。
向島は、尾道と今治(いまばり)をつなぐしまなみ海道を走るときに、尾道を出発してまず渡ることになる島です。
筆者は海のない埼玉生まれなので、「島へ渡る」ってどうしても「難易度が高そう!」「時間がかかりそう!」「船の本数が少なそう!」なんて大冒険のように感じてしまうのですが、向島へは尾道側から出航している3つの渡船から4分〜6分ほどで気軽に渡ることができます。
切符不要で、運賃(60円〜100円)は船の上での支払い方式。自転車、原付、バイクなど乗り物に乗ったままの乗船も可能です。
別途車両代が必要です。ちなみに自転車は10円。
駅前渡船以外は、自家用車やタクシーごと乗船することもできますよ。
頻繁に往復しているので、もし乗り遅れてしまってもおよそ10分程度待てば次の渡船に乗船できます。電車よりも本数は多いかも。
尾道側と向島をつなぐ渡船
- 駅前渡船
- 福本渡船
- 尾道渡船
このうち「尾道渡船」に乗船すると、「尾道やすらぎの宿 しーそー(SeeSo)」がある丘のふもとに到着です。
向島の丘の上にある「尾道やすらぎの宿 しーそー(SeeSo)」
「あの丘にある建物は、何?」
尾道に友人がやってくると、必ずといっていいほど尋ねられます。
それもそのはず。「尾道やすらぎの宿 しーそー(SeeSo)」(以下、しーそーと表記)は向島の丘の上にあり、尾道水道沿いを散歩していると自然と目に入ってくる場所に位置しているのです。
コンセプトは、“ペンションみたいにアットホームな宿”。
2017年12月に宿主(あるじ)の森田 剣(もりた けん)さんがオープン。以来、女将の優子さんとスタッフのかたと一緒に切り盛りされています。
ていねいなクラフトワークがあたたかい。宿主ハンドメイドの小物たち
宿主の森田さんは手先が器用で、館内にあるさまざまな小物や看板を手作りされています。
ロビーで特に目を引くのが、壁一面を使ったしまなみ海道の地図。
コンビニの場所や、ほかのお店の情報までわかるのがすごい。
自転車好きの宿主のこだわりがいたるところに
後述のインタビューでもエピソードを聞きましたが、宿主は小さいころから大の自転車好き。
館内には自転車や自転車グッズ(部品)が飾られているので、サイクリストにはうれしい設備ではないでしょうか。
サイクリング中のアクシデントについても相談に乗ってもらえます。
レンタサイクルのサービスも
「しーそー」では2020年からレンタサイクルのサービスもスタートしました。
▼レンタサイクルはイタリア・GIOS(ジオス)社製のもので、種類は以下のとおりです。(計11台)
- ロードバイク:2台
- クロスバイク:5台
- ミニベロ:1台
- 子ども用:3台
その他、電動アシスト自転車が1台あります。なおグローブ、ヘルメットは無料で貸し出し可能です。
レンタサイクルは事前予約が必要。
「しーそー」から臨む尾道の景色は必見
「しーそー」を語るうえで外せないのは、この丘から見える尾道水道と尾道市街地の景色です。
▼右にある建物は尾道市役所。渡船が尾道水道を行ったり来たりするようすはずっと眺めていられます。
▼こちらは朝の景色。朝日の映える尾道水道もきれいです。
「生口島」「大三島」…島の名前が付けられた7つの客室
客室は7部屋で、それぞれ瀬戸内海に浮かぶ島の名前が。
これもしまなみ海道を何度も走ったサイクリストである森田さんのこだわりです。
客室は山側と海側の大きく2種類
「しーそー」の客室は山側と海側にあり、予約の際に洋室か和室かを選ぶことができます。
山側は静かで落ち着いた雰囲気。鳥の声に耳を澄ませ、穏やかに過ごすことができます。
海側は尾道の街並みが一望できる眺めが最大の魅力。
もし部屋が山側だったとしても、卓球台や食堂、共用風呂が海側にあるので、どちらにせよこの景色は堪能できます。
そういう意味で山側の部屋はいいトコ取りかもしれませんね。
海側・和室8畳の客室「伯方島」
取材で筆者が泊まったのは“伯方の塩”で有名な「伯方島(はかたじま)」でした。
伯方島は愛媛県今治市に位置し、尾道からしまなみ海道を走ったときに5番目の島にあたります。
このように、まだ行ったことのない島や次の日にサイクリングで訪れる島に思いを馳せられるのも魅力ですね。
夜景がすばらしすぎる卓球場
館内の西端にあるこの卓球場は宿主曰く「(たぶん)日本で一番夜景の美しい卓球場」。
卓球をしてもよし、窓際でゆっくりお酒を飲んでもよし。
宿泊者は自由に出入りできるので、ぜひここからの夜景も堪能してください。
尾道の街並みや渡船を眺めながらの夕食&朝食
食堂は館内の東端。2面の窓から尾道水道と市街地をぜいたくに眺めることができます。
夕食は海鮮料理や地元食材がメイン
取材した日の夕食です。
献立
- お刺身(太刀魚、スズキ、コブダイ)
- オニオンドレッシングのサーモンサラダ
- 温玉
- やずの煮魚
- メンチカツ
- せいろ蒸し(白菜、カボチャ、里芋、ワケギの豚バラ巻)
- 水菓子(みかん、柿)
「やず」はブリの若魚。
向島にある地魚専門居酒屋「せいちゃんち」から仕入れた魚を、同じく向島にある「Rondine -ロンディネ-」のシェフが腕によりをかけて調理。
実は「Rondine -ロンディネ-」は、「しーそー」の食堂でランチ営業している生パスタが特徴のカフェレストランです。
「Rondine -ロンディネ-」のメインはランチ営業ですが、2021年からは月1回限定でディナーも始まりました。
海鮮だけでなく肉料理があるのもうれしいポイント。こんもり大根おろしがかわいい。
ワケギの豚バラ巻はせいろ蒸しでほくほくです。
向島のワケギは日本でもトップクラスの生産量で、2020年には「尾道ブランド農産物」にも認定されているほど。
甘みや旨味の強い2月〜3月になると、近隣のレストランや居酒屋で「わけぎ祭り」が開催されています。
飲み物は別料金です。
朝食は焼き魚を中心に和食でほっこり
朝食は焼き魚を中心とした和食でした。
鮭は皮までおいしかったです。
ごはんのおいしさの秘訣はこだわりのおひつ
お米がおいしい!と思ったら、立派なおひつが使われていました。
こちらは長崎県・五島列島の職人が作る「桶光」のおひつ。
江戸時代から家庭で使われている道具のひとつで、炊いたお米の水分を木が吸ったり戻したりするため、べちゃっとせずにおいしい状態で保存できるのだそうです。
粒がしっかりふかふかで、お米の甘みがとてもおいしい。
筆者宅、炊飯器が壊れて以来ずっと無水鍋でごはんを炊いていて保存方法に悩んでいたので、我が家にもほしい!と思いました。
きつい坂を登った先に見える景色をお楽しみに
「しーそー」は兼好の丘の上にあります。
急な坂を登るのは結構きついのですが、途中途中には宿主からのメッセージやベンチが。
▼「ちぃと後ろを振り返ってみんさいや」
▼坂の途中にもこんな景色が見えますよ。
坂はしんどいのですが、途中の景色を楽しみながらがんばりましょう!
「尾道やすらぎの宿 しーそー(SeeSo)」宿主の森田 剣(もりた けん)さんにお話を聞きました。
「尾道やすらぎの宿 しーそー(SeeSo)」の森田 剣さんにインタビュー
「また来んさいね!」という願いをこめて名付けた宿名
──まず宿の名前について教えてください。「しーそー」という名前にはどんな意味が込められているのでしょうか。
森田(敬称略)──
宿の名前は、オープンのときにスタッフみんなで考えて決めました。
“See You!”(また来んさいね!)という想いを込めてその言葉をもじっているんですが、しまなみの“S”と尾道の“O”は入れたくて。
また、お客さんのオンオフの切り替えのお手伝いがしたいという気持ちもありました。
皆さんどうしても日々ストレスを抱えながら生活していますよね。
尾道に来て、うちの宿に泊まって、公園にある遊具のシーソーみたいにギッコンバッタンとオンオフをうまく切り替えて、気分を変えてリフレッシュして過ごしてもらいたいなと思って「しーそー(SeeSo)」という名前になりました。
──「しーそー」は2017年オープンということですが、森田さんは前職から宿の仕事をされていたんですか?
森田──
いえ、前職は保険代理店でした。
保険代理店時代のある日、たまたま忘年会で不動産会社の社長と飲んでいたときに「宿屋やらんか?」って言われて。
何を言われたかわからなくて「え?何屋ですって?」って聞き返しましたね。
──寝耳に水ですよね。
森田──
本当ですよね。そのときすでに50代でしたし、余計に「えっ?」って。
でもその社長に「天職やと思う」って言われて。とりあえずまずは物件を見てみることにしたんです。
ここはもともと日立造船の保養所でした。
閉館する間際には一般のかたも泊まれるようにしたようですが、ほとんど日立造船の関係者が泊まるような旅館です。
──物件を見てみていかがでしたか?
森田──
「この景色をお客さんに見てもらいたい」
すぐにそう思いましたね。
森田──
その当時、私は52歳。
もしかしたら新しいことを始めるのはこれが最後のチャンスかもしれない、という想いもありました。
──しーそーさんから見える尾道の眺めは本当に唯一無二ですよね。でも奥さんはビックリされたんじゃないでしょうか…?
森田──
そりゃビックリしたでしょうね(笑)
「宿屋やってみる?」「え?何屋?」って。
──あれ?その会話さっきもどこかで…。いえ、でも普通そういう反応になりますよね。
森田──
ですよね。
ただね、保険代理店の仕事が割とストレスフルでしんどそうに働いていたのを側で心配してくれていたので、結局は宿屋を始めることに賛成してくれて、起ち上げから今までずっと女将として一緒に切り盛りしてくれています。
この景色を喜んでもらえることが宿主としても喜び
──この場所からすばらしい景色が臨めることは、前々からご存知だったんですか?
森田──
知らなかったです。
私は因島(いんのしま)の生まれで、大学から東京に住み、広島市内を経て尾道のほうへ戻ってきたんですが、ここからの眺めがこんなにすばらしいなんて。
地元の人も、あんまり知る機会がないんじゃないかな。
──「しーそー」さんはコンセプト通りアットホームであたたかくて、リピーターのお客さんもかなり多い印象です。
森田──
おかげさまで、うちに泊まるのを楽しみにしてくれる常連さんにも恵まれていますね。
起ち上げてからすぐのお客さんとも、いまだSNSなどで交流があったりします。
新しく来られたかたにももちろんこの景色を見て喜んでもらえるとありがたいですし、そんなとき「宿主をやっていて良かった」とやりがいを感じます。
森田──
でも、宿の運営というのは試行錯誤の連続です。
時にやることなすことうまくいかなかったりして、しんどくなるときもしょっちゅうです。
そんなときは「魔物が巣食っとるわ〜」なんて笑い飛ばしたりしながら前へ前へ進むしかないですね。
──大変だったエピソードを教えてください。
森田──
もちろん今も大変なことはあるんですが、なによりもオープン前の苦労が山ほどあります。
市との調整がスムーズにいかなくて旅館業の許可がなかなか下りず、それもあって銀行からの融資も受けられず、あのときはもうどうしようかと思いました。
森田──
以前ここが保養所だったころに登記した検査済証がないから図面を新たに起こして計算し直す必要があるとか、非常灯を全部取り替えないといけないとか…。
何をどうしたらいいか、どこにどうお願いしたらいいか、そんなことも最初はまったくわからない状態でしたし、市役所のかたからもだんだん意地悪をされているような気持ちになってしまい。
「私のことが憎いんだろうか」なんて思うくらいうまくいかなくて、しんどい日々でした。
森田──
ある日、現・副市長とのご縁もあってようやく物事が進み出しましたが、銀行さんとの面談含めてあのときはもう、いろいろなことがハードルでしたね。
でもね、もちろん助けてくれた人もたくさんいます。
消防法手続きで大変お世話になった市の消防は今でも頼りにさせてもらっていますし、大家になってくれた“尾道の情熱大工”である吉原建設さんにも感謝しています。
自転車大好き!森田少年の四国一周エピソード
──森田さんといえば、かなり自転車がお好きですよね。「しーそー」でもレンタサイクルのサービスがあったりして、サイクリストにも優しい宿というイメージがあります。森田さんと自転車との出会いを教えてください。
森田──
「自転車いいな」と思ったのは小学校低学年のころ。
きっかけは漫画『サイクル野郎』(作・荘司としお)で、自転車で日本一周するストーリーにものすごく憧れました。
当時は新聞配達のアルバイトをしてから学校に行っていたんですが、そのお手当はすべて自転車につぎ込んでいました。
森田──
因島にサイクルショップなんてなかったので、『サイクルスポーツ』という自転車雑誌の「売りたし買いたしコーナー」に投稿された部品を少しずつ買っていましたね。
小学生がだよ。変態でしょ(笑)
──(そうですねとは言いがたい…)部品を買っていたんですか?自転車ではなく?
森田──
フレームを買ってイチから組み立てるんですよ。
今や誰が組んでもうまく動くように改良されていますけど、昔の自転車ってうまく組まないとすぐ壊れてしまうんです。
失敗もたくさんしてきて、次はこうしてみよう、ああしてみようなんて考えて組んだり練習したりして、自転車に夢中でしたね。
そうしたら今度は、その自転車で旅行に行ってみたくなったの。
それで中1の夏休み、一人で四国一周してきました。
──えっ、四国一周…?一体どれくらいの距離あるんですか!?
森田──
因島から今治を経由して時計回り、およそ1,000キロメートルを7泊8日で。
その間、新聞配達の仕事を親父に代わってもらわないといけないから、予算や工程を事細かに計画してきちんとプレゼン資料を作って「お話しがあります」って言って説得しました(笑)
親父は「そこまで決めたならやってみなさい」と言ってくれましたね。
──寛大なお父様…。第一関門突破ですね!
森田──
でも2日目の夜、徳島のユースホテルでお金を財布ごと盗られちゃってね。
──えーーーーー!
森田──
幸いポケットに少しだけよけていた小銭があったけれど、2日目にしてほぼ文無しに。
でも親父にバレたら大変だ!と子どもながらに思って、そのまま旅は続行しました。
今はもうできないけれど、当時は国鉄の駅で野宿するサイクリストもたくさんいたので高知の中村駅で一晩過ごしたりもしました。
ほかにはお寺の住職にお願いして泊めてもらったり、たまたま先払いしていたユースホテルに泊まったりとなんとか7泊8日の旅を完走できた!と思ったら。
──思ったら?
森田──
最後の最後で詰めが甘くて、帰りのフェリー代がありませんでした(笑)
結局泣く泣く親父に連絡することになりましたね。
でも因島に帰ってきたときはまるで凱旋パレードのような気分で、達成感はものすごかったです。
──大きなご経験ですね…。ちなみに私のように体力が全然ない人にオススメのサイクリングコースなんてありますか?
森田──
まずは瀬戸田港まで船で行き、そこから多々羅大橋を渡って大三島へ行くコースがオススメですよ。
このコースは、だいたい10キロメートルほど。
多々羅大橋は広島と愛媛の県境なので走ると達成感があると思いますし、多々羅しまなみ公園はサイクリストの聖地なので思い出にもなります。
物足りなかったら帰りは船を使わずに自転車で帰って来るとか、伯方島まで足を伸ばすのもアリかもしれません。
その人のニーズに合わせて、コースはさまざまご提案できると思います。
自転車のことはもちろん、周辺までのコースでわからないことがあったらなんでも聞いてください。
「ただいま」と言ってもらえる場所を目指して
──最後に、これから先「しーそー」をどんな宿にしていきたいですか?
森田──
尾道に来たらここからの景色はぜひ見て帰ってほしいですし、「尾道といえばここ!」と思ってもらえるような宿になれたらうれしいです。
また宿主に会いに来てくださるお客さんがいるように、各スタッフともぜひ交流を深めて、施設ごと、人ごと好きになってもらえるようになれたら最高ですね。
おわりに
筆者は尾道での家探しの際、「尾道やすらぎの宿 しーそー(SeeSo)」に宿泊しました。
毎回ぜえぜえと苦しくなりながら丘の上の宿まで帰るんですが、宿主や女将、スタッフのかたが優しく迎えてくれ、「ただいま」という言いたくなるようなあたたかさがあったことを今でも思い出します。
部屋から尾道の夜景をぼーっと眺めるのも幸せな時間でした。
近場の人だとなかなか泊まりに行く機会が少ないかもしれませんが、ぜひ一度、この丘からの景色を見に来てください。