中東や南西アジアを中心に、千年以上続く伝統の「細密画」。本の挿絵として発達し、遠近法や陰影法を使わない平面的な描画と、鮮やかな色使いが特徴だ。国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産で、トルコではオスマン帝国時代に花開いた。ムラット・パルタさん(31)は、そんな古典画の世界に新風を吹き込むトルコのアーティスト。伝統にポップカルチャーを織り交ぜたかわいいデザインが若者に人気で、米アップル社も注目している。日本の浮世絵や漫画の影響も受け、人気アニメの「美少女戦士セーラームーン」も描いた。時代や東西文化の枠を超え、細密画の魅力を発信している。(共同通信=安尾亜紀)
▽衰退していく伝統芸能
パルタさんは「細密画は忘れ去られつつある伝統芸能」と感じていた。オスマン帝国の宮廷芸術として隆盛を誇ったのは過去の話。細密画の職人は今もいるが高齢者ばかりで、時代とともに衰退してきた。伝統を守るのは大切だが、限界がある。
「細密画がもっと広い層に支持されるよう、これまでとは異なる形での表現が必要だった。だからポップカルチャーをテーマに描き始めた」と振り返る。
グラフィックデザイナー出身で、作品制作には主にタブレット端末を使う。細かい手作業を積み重ねる伝統的な技法とは一線を画すため、異論も少なくないが、デジタル技術の利用も表現方法の一つだと考えている。新型コロナウイルスの流行で人々の生活スタイルが変化し、オンラインを通じたコミュニケーションが浸透したことも追い風に感じた。「大切なのは表現される内容そのものだ」
▽コロナ禍で、思わぬ効果が
これまでに小説「星の王子さま」やSF映画「スター・ウォーズ」のワンシーンを細密画で描いた。さまざまな社会問題を取り上げ、シリア難民を題材にしたこともある。
2020年はコロナ禍で展示会が開けなかった。ただ、代わりに実施したオンラインイベントに思わぬ効果があった。「ファンと一対一でやりとりする機会が増え、距離が縮まった。ソーシャルメディアで作品をシェアするごとに、フォロワーが増えていった」と話す。今年10月の展示会は大盛況となり、アートに対する人々の関心が、コロナ前より高まったと感じる。
▽アップルが外壁一面に展示
ネットを日常的に活用する若者世代は、異色の細密画アーティストとしてパルタさんの作品に注目した。人気の秘密は、伝統の画法で現在を描くというギャップだ。
米アップル社は、イスタンブールの目抜き通りに面した新規直営店の建設工事期間中、外壁一面にパルタさんの作品を飾った。通りを歩く人々を個性豊かに描いた意欲作だった。アップル社のオンラインイベントに講師として参加し、デジタル技術で描く細密画講座も開いた。
▽北斎の荒波に魅せられ
日本の伝統文化にも関心が深い。江戸時代の浮世絵師、葛飾北斎の描く荒波に魅せられ、細密画の題材にしてきた。「北斎が描く凹凸のある波、あふれる海水…。オスマン帝国の細密画であれば、もっと静的に描かれるだろう。だからこそあえてモチーフに使っている」と明かす。
日本の漫画もよく読み、好きな作品として伊藤潤二さんの「うずまき」や、今年急逝した三浦建太郎さんの「ベルセルク」を挙げた。パルタさんの細密画には日本のポップカルチャーをテーマにしたものも多い。趣味は日本語の勉強だという。
「細密画は、いわばオスマン帝国時代のイラストだ。1枚の作品に多くの情報がつまっている。これに少しユーモアを加えながら、今後も多様な表現方法を試していきたい」と話している。
パルタさんの作品はインスタグラムでも見られる。https://www.instagram.com/mr.muratpalta/?utm_medium=copy_link