地域スポーツクラブが部活を補完できるか 中学硬式野球チームが探る未来の形

新たな取り組みに挑む茅ヶ崎ブラックキャップス1期生の子どもたち【写真提供:茅ヶ崎ブラックキャップス】

経済産業省の実証事業に採択された茅ヶ崎ブラックキャップスとは

突然だが、経済産業省(以下、経産省)が教育事業を手掛けていることをご存じだろうか。文部科学省ではなく、経産省が、だ。

経産省では、教育改革をするにはまず、今の日本の実力を直視すべきだと指摘。国として過去の成功体験に囚われない、時代の変化に合わせた新しい教育の形を構築する必要があるとして、2018年度から「未来の教室」と題した実証事業を全国の学校でスタートさせた。

取り組みを支える3つの柱となるのが「学びのSTEAM(※)化」「学びの自律化・個別最適化」「新しい学習基盤づくり」。それぞれについては「未来の教室」公式サイトで詳しく解説されているが、「新しい学習基盤づくり」の中で言及されているのが「学校BPR(業務構造の抜本的改革)の試行・普及、部活動に縛られない放課後の充実」だ。(※STEAMとは、Science・科学、Technology・技術、Engineering・工学、Arts・人文社会・芸術、Mathematic・数学の頭文字)

少子化が進む中、人数が足りずに成立しない部活動が増えているほか、部活動の顧問を務める教員の負担もたびたび問題となっている。そこで地域のスポーツクラブや音楽教室など民間団体、大学、地域社会と連携しながら新たな部活の在り方を見つけていこうというものだ。

そして今年9月、地域に根差した地域スポーツクラブの最適な形を探るため、経産省の実証事業として採択されたのが、日本ポニーベースボール協会に所属する茅ヶ崎ブラックキャップスの取り組みだ。今春に産声を上げた茅ヶ崎ブラックキャップスは、東京・西麻布にあるパーソナルトレーニングジム「デポルターレクラブ」の代表・竹下雄真さんが立ち上げた、野球の枠に囚われない多様性を採り入れた硬式野球チーム。一般社団法人ブラックキャップスとして総合型地域スポーツクラブを目指す上での第一歩として踏み出した。

一般社団法人ブラックキャップスは茅ヶ崎市、文教大学湘南総合研究所、地元企業の株式会社ハヤシの協力を得ながら、「茅ヶ崎市健康文化スポーツクラブコンソーシアム」という組織を設立。産官学民で協働し、学校部活動の役割を地域スポーツクラブに移しながら、地域貢献・収益確保をモデル化する道を探っている。

フィジカルの専門家たちが集結し、茅ヶ崎ブラックキャップスの運営に当たる【写真提供:茅ヶ崎ブラックキャップス】

迎えた部活動の転換期「日本スポーツ界の根幹が変わる」

だが、チーム発足当初から経産省の取り組みを意識したわけではなかった。

「チームとして活動を始めた後、たまたま『未来の教室』に関わる方々の前で、パーソナルトレーニングジム代表として講演する機会がありました。そこで教育のパーソナルの勧めやパーソナルの優位性について話をしたところ、野球チームの活動に興味を持っていただきました」

そもそも、チーム誕生のきっかけの一つは、地元中学では野球部の人数が少なくチームとして成り立たないことにあった。竹下さんは「部活動が転換する時期にある。部活動の在り方が変わるということは、日本スポーツ界の根幹が変わるということ。これは大きなチャレンジです」と話す。

「子どもが少ないこともあるし、働き方改革との板挟みで顧問の先生が疲弊している。昔は部活の顧問がしたくて教員を目指した方も多いようですが、今では進んで顧問を引き受ける先生は減ってきたそうです。こうなると、一番大きな被害を受けるのは子どもたちになってしまいます。例えば、野球部に入っても部員が3人で、顧問の先生が野球ではなくバドミントン経験者だったら、どうでしょうか。子どもたちにやる気はあっても、環境が整っていないために失われている才能は多いと思います。これでは日本のスポーツは衰退していきますよね」

子どもたちが秘める可能性が開花するか否かは、置かれた環境により左右されることが多い。そこで竹下さんはデポルターレクラブ経営の実績を生かし、チームの運営に野球、トレーニング、栄養など各方面の専門家を配し、子どもたちが学び、成長する環境を整えた。

チーム運営に保護者はほとんど関わらない。お茶くみ当番も父兄コーチもなし。練習の見学は大歓迎だ。「僕らは育成を含めたプロとして、ベストな布陣で取り組んでいる。親御さんに忖度することはありません。チームに子どもを預けた以上は、僕らのスタイルに任せてほしいと思います」と自信を見せる。

練習場所は、文教大学湘南キャンパスがグラウンドを提供してくれた。大都市でチームを立ち上げても活動場所がないという壁にぶち当たる。だが、学校施設の中にはあまり利用されていないグラウンドや施設が眠っていることもある。「米国では公園のように大学の敷地に誰でも入れます。日本でも地域の住民に開放し、根付いていく必要があるんじゃないかと思います」と竹下さんは言う。

子どもたちにとって最適とは何か、大切なのは「多様な選択肢」

解決するべき課題もある。例えば、月謝の問題だ。現在、茅ヶ崎ブラックキャップスでは1万円の月謝を集めているが、学校の部活動であれば月謝は不要。部活動は家庭の経済状況にかかわらず、全ての子どもたちに平等に開かれた入口でもある。

「経済的な理由でクラブチームに入れない子どもたちもいます。ここでも大切な才能を失っている可能性はある。助成金制度が活用できないか、あるいはスポンサーになれば地元企業の税制を優遇することはできないか、今後いろいろな可能性を探っていきたいと思います」

もちろん、月謝だけではチーム運営費には大きく足りない。収益事業として成り立たせるための一歩として、オリジナルのベースボールキャップを制作。通常販売価格に募金を加えた特別価格のドネーションキャップとして販売しながら活動資金にあてるなど、試行錯誤は続く。

経産省と進める取り組みでも野球界に一石を投じているが、「僕は野球が継承してきた伝統を否定するものでも、革新を肯定するものでもありません」と竹下さんは言う。

「僕も高校まで真剣に野球に取り組んでいました。だから、甲子園常連校に代表されるストイックなスタイルのチームがあってもいいと思うし、反対に練習時間が短かったり規則がゆるかったりするチームがあってもいい。そこは色々なチームがあるから面白いじゃないですか。みんなが同じだったらドラマや漫画にはならない。ストイックな方針が好きだったらそこを選べばいいし、長髪のチームがよければそこを選べばいい。大切なのは多様な選択肢が用意されることだと思います」

つまりは、茅ヶ崎ブラックキャップスの運営を通じて、日本の部活動の在り方、そしてスポーツの在り方として新たな選択肢を構築しようというわけだ。また、総合型地域スポーツクラブの活動として、文教大学の協力を得ながら、デポルターレクラブでプロアスリートを指導するトレーナーを講師とし、茅ヶ崎市の小中学生を対象にスポーツイベントなどを開いてみたい想いもあるという。

まだまだ始まったばかりのプロジェクト。やりたい、やれるのでは、と思ったことは躊躇なく挑戦し、試行錯誤を繰り返しながら最適な形を探っていくつもりだ。「スポーツ界を変えられるような価値を創造して、茅ヶ崎から発信していきたいと思います」。子どもたちにとって最適な部活動やクラブチームの在り方は何か。その答えを探る旅は続いていく。(佐藤直子 / Naoko Sato)

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