「昼飯はカレーかラーメンか」。周期的に訪れる迷いの日。欲求を満たすには両方食べるしかない。そんな日は「天さん」(熊本市南区近見)だ。
倉庫を改装した店舗の引き戸をくぐると“金髪”の店主、寺本隆幸さん(66)が出迎えた。壁には手書きのメニューが無数に張られ、その多さと筆跡にカオスを感じる。ラーメンにミニカレーが付くか、何かが載っているカレーラーメンというメニューが多い。
豚カツカレーラーメン(750円)を頼む。すかさず「麺だけ先に食べて」と忠告される。そんなことは分かっている。こちらも「追いメシ」までが目的で来ているのだから。
スパイスの香りが立つ黒褐色のスープ。丼中央には存在感のある豚カツが横たわる。「カレーライス」用に豚カツを注意深く残しながら麺を完食。優しい味の卵麺にバナナなどの甘みとスパイスの辛みがよく絡む。カレーの塩味は塩を使わずしょうゆだけ。甘みには砂糖も使うといい、一般的なのか尋ねると、「独学だから分からない」という。
東京で会社員をしていたが、熊本でラーメン店を始めようと40歳を前に脱サラ。友人がいたオーストラリアで2年間飲食店を経験し、1995年に開店した。
「本当はカレー屋をしたかったけど、ラーメンも出していればつぶれないと思った」。ただ、ラーメンは早々に味を確立したが、カレーは試行錯誤。豚骨スープと動物油脂のベストミックスにたどり着き、コクのある味に仕上がった。
1回に作るカレーの量は何と800食分。「少なく作るとちょっとの加減で味がぶれる。大量に作ると誤差が小さいから」。寺本さんの言葉にいちいちうなずいていると「“数学”が好きとタイ」とはにかんだ。
作ったカレーはすぐにマイナス20度で冷凍。提供する際は朝5時から4~5時間、湯煎で温める。手間がかかるが、解凍後に数分で提供できる直火[じかび]だと、味に深みが出なかったという。「長時間かけて温度差を100度近く上げることで、相当煮込んだ味になる」
麺を平らげた丼を渡すと追いメシがよそわれる。さっきまでラーメンだったのが、完全なカレーライスだ。ラーメンの汁を飲み干すのは罪悪感があるのに、カレーライスになると抑制を失い、スープとともに米を次々さらう。寺本さんはしてやったりの表情だ。
「金髪にしたのはいつですか」。気になっていたことを尋ねると、寺本さんはげらげら笑いだした。店の前に育つハッサクで育毛剤を手作りし、毎日霧吹きで吹き付けたところ、徐々に「ハッサク色」に変わったという。「俺は染むる金を持っとらん」と言いながら、良心的な値段で客の食欲に応え続ける。(福井一基)