「鉄道技術展2021」に見た鉄道の未来(中編) 「なぜ鉄道は、人を惹きつけるのか」 デザイナーズ・イブニングで考える【コラム】

RDEではスピーチ、ディスカッション、プレゼンに続いて情報交流会が開かれ、参加者がフリーに情報交換しました(筆者撮影)

2021年11月24~26日に千葉市の幕張メッセで開かれた、「鉄道技術展2021」の連載コラム2回目です。今回は、鉄道ファンの皆さんにも興味を持っていただけそうな話題として、なぜわれわれは鉄道に惹(ひ)かれるのかを考えてみました。

ビジネス志向の展示会とは趣向を変え、会期2日目に開かれたのが、7回目の「レイルウェイ・デザイナーズ・イブニング(RDE)」です。キーノートスピーチ(基調講演)とパネルディスカッション、それに鉄道車両デザイナーによるプレゼンテーションが行われたRDE、テーマは「どうして鉄道は、人を惹きつけるのか~技術だけでは語れない、鉄道の魅力を探る」。会場では、「人間が本能的に持つ、早く遠くへ行きたいという深層心理の文化と、鉄道技術の間を取り持ち、人々を空想の世界にいざなうのが鉄道デザインだ」といった、深遠な話も飛び出しました。

鉄道デザイン界のレジェンドがスピーチ

まずはRDEを簡単にご案内。最近の鉄道は、列車や駅などデザインの重要性が増しています。鉄道技術展の一環として、メーカーや鉄道事業者に加え、デザイン事務所、フリーで活動するデザイナーが情報交換する場として設けられたのがRDEです。

自動車業界では、デザイナーの懇親の場として「オートモーティブ・デザイナーズナイト」が、東京モーターショーにあわせて開催されます。RDEは、その鉄道版という位置づけ。多くの講演やセミナーがあった鉄道技術展ですが、趣味的な視点を持つのはRDEが唯一といえるでしょう。

キーノートスピーチを担当したのは、月影デザインコンサルティングの山田晃三代表。多くの鉄道車両デザインを手がけたことで知られるGKデザイングループ(GKデザイン機構)の社長や相談役を務め、日本デザイン振興会(Gマーク)審査員フェロー、日本サインデザイン協会副会長などのキャリアも持つ、鉄道デザイン界のレジェンドと呼ぶにふさわしい方です。

山田代表は、「空想から科学へ。そしてふたたび空想のレイルを走る。」と題して講演。「より早く、より遠くに」という人間の空想を現実化する中で誕生し、進化を遂げてきた鉄道の歩みをおおむね次の通り語りました(以下の2章はスピーチを要約して、発言のまま紹介します)。

古代のコロが鉄道の原点!?

“鉄道は産業革命で発明された、蒸気機関を動力源とする工業製品の一つとして、偶然に生まれたわけではない(もちろんそうした一面もあるだろうが)。レールを敷いて車輪を走らせれば、遠くに行けることを人類は古代から経験的に知っており、そうした空想を現実化する形で鉄道は生まれたのだ。

さらに話を巻き戻せば、人類には本能的に早く遠くへ行きたいという欲求があった。早く遠くは自動車や飛行機も同じだが、鉄道が違うのはレールがある点。「線路は続くよどこまでも」ではないが、目の前のレールをたどれば遠くに行ける。そうした点も、鉄道が多くの共感を呼んだ理由の一つだ。”(大意)

再び〝空想の海〟へ

“現代では、「敷かれたレールの上を走る」は必ずしも肯定的な表現ではないが、レールは確実に、その先を想像させる。鉄道を語る時、しばしばロマンやノスタルジーといった、抽象的な表現が使われる。それは空想から生まれた、鉄道の生い立ちを言い表しているように思える。

空想から生まれた鉄道は、科学の力で早く遠くへを実現してきた。そして現代の鉄道がさらなる未来に進むには、新しい空想が必要ともいえる。鉄道を進化させる〝空想の海〟にいざなう原動力。鉄道デザインは、そうした役目も託されている。

表現を変えれば少々抽象的になるが、「人間が本能的に鉄道に抱くロマン、それを実際の形にして利用客や社会に提示するのが、鉄道デザインの力」ともいえるだろう。”(大意)

鉄道趣味市場は年間400~500億円!?

RDEのパネルディスカッションに登壇した久野さん(前列左)とモデレーターを務めた近畿車輛の南井さん(前列右)(筆者撮影)

パネルディスカッションには、機芸出版社取締役で雑誌「鉄道模型趣味」の名取紀之編集長、元名古屋鉄道代表取締役副社長で鉄道友の会の柚原誠副会長、女子鉄アナウンサーの久野知美さんの3人がバネリストとして登壇。近畿車輛の南井健治上席執行役員・営業統括責任者が、モデレーターを務めました。

名取編集長が明かしたのは、鉄道趣味の市場規模。あくまで推計ですが、年間消費額は400~500億円程度。鉄道旅行などを除いた数字で、「空前の鉄道ブーム」とされる中でも、それほど巨大な市場が存在するわけではありません。

名取さんは、「乗り鉄、撮り鉄、鉄道模型、鉄道の種類でも新幹線、在来線、JR、私鉄からナローゲージまで、さまざまな楽しみ方ができるのが鉄道趣味。インターネットで何でも分かる現代、鉄道趣味誌は新しい鉄道の見方や楽しみ方を提示する必要がある」と役割を説きました。

鉄道趣味界のベテランとしてデザイナーズイブニングに臨んだ機芸出版社の名取さん(左)と鉄道友の会の柚原さん(右)(筆者撮影)

下降式の窓を下ろしてホーム、そして街を見る

柚原副会長のタイトルは、「下降窓を下ろして外を見る、そのとき。」。ヨーロッパの鉄道にも造けいの深い、柚原さんの印象に残るのはドイツやスイスの鉄道だそう。両国の車両は、フレームレスの下降式一枚窓が主流です。駅に到着して窓を下ろし、ホームや街の様子を見る。「それこそが鉄道ファンのだいご味」と話しました。

さらに、鉄道デザインに話を広げて「鉄道に関心のない人にも、列車や車両に興味を持ってもらう。そのために必要なのがデザインだ」と述べました。

「おけいはん」が鉄道趣味の原点

女子鉄アナウンサーとしてテレビなどで活躍する久野さんの、鉄道好きの原点は京阪電気鉄道。京阪が採用する、つなげて一曲になる駅メロ(駅の発車メロディー)や、女性イメージキャラクターの「おけいはん」から関心を持ったそうで、女性ファンを増やすには、切り口を変えたPRも必要と提案しました。

ディスカッションでは、「日本の鉄道の魅力を高めているのは、鉄道事業者の社員や職員。まじめに勤務して、安全で正確な列車運行を支える。こうした〝人が支える鉄道〟の一面を実感できるのは、世界でも日本の鉄道だけだ」(柚原さん)の発言もありました。(ちなみに柚原さんは、「鉄道員」の呼び名が大好きだそうです。)

鉄道デザイナーのプレゼンでは、台湾鉄道関係者からのメッセージも放映されました(筆者撮影)

新交通システムで〝島〟に帰る

六甲ライナーの新鋭・3000形車両。港町神戸にふさわしい「船」をイメージさせる前面傾斜のシルエットは、住吉川や六甲の景観にマッチしたデザインとのことです(写真:のりえもん / PIXTA)

RDEを締めくくったのは、鉄道デザイナーのプレゼン。日本鉄道車輌工業会(鉄車工)によるプログラムとして、3人のデザイナーがそれぞれのこだわりを披露しました。ここでは代表して、川崎車両(川崎重工業車両カンパニーから改組)の小菅大地さんがデザインして2018年にデビューした、神戸新交通の3000形車両を取り上げます。

JR神戸線住吉と六甲アイランドを結ぶ六甲ライナーの車両デザインは、六甲山ろくと神戸港を結ぶ路線の特性を踏まえ、「海の手(海の方)と六甲の山並みをつなぐ新交通」の全体コンセプトを立てました。

六甲ライナーの乗客の多くは、六甲アイランドの住人。小菅さんは、島(六甲アイランド)に暮らす家族を想定し、一日の仕事を終えて「島(自宅)に帰るお父さん(お母さんも)」のくつろぎや安らぎ、そしてお父さんの帰りを待ちわびる子どもたちの思いを、3000形のデザインに込めたそうです。

私自身、六甲ライナーへの乗車経験はないのですが、小菅さんの話を聞くうち、「次回の関西紀行では神戸に行ってみよう」と思いました。これこそが、「鉄道デザインの力」かもしれませんね。

次週は、鉄道技術展2021会場で気づいたこと、考えたことなどをアトランダムに記して連載を締めくくりたいと思います。引き続き、ぜひご覧ください。

鉄車工のプレゼンで、ある車両デザイナーはこんな笑い話もしていました。「つり革の写真を見て普通の人は『つり革だ』思うだけだが、デザイナーは『○○鉄道の××形』と考えてしまう。これも一種の職業病かも」(イメージ画像:コマワリ / PIXTA)

記事:上里夏生

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