官製ワーキングプアの真実【上】「公務職場は非正規女性の“善意”でぎりぎり維持されている」 「はむねっと」代表・渡辺百合子さん (シリーズ・令和に生きる No.4)

「官製ワーキングプア」という言葉が初めてマスコミに登場したのは2007年のことだった。14年後の今、地方自治体に勤務する公務員の4割近くが、任期最長1年の非正規職員となった。その約8割は女性たちであり、非正規ゆえの低賃金や雇止めなどに苦しんでいる。今年3月に発足した「公務非正規女性全国ネットワーク(通称・はむねっと)」代表の渡辺百合子さんは「今の低水準の雇用環境のままでは非正規の離職者が増え、いずれ公共サービスは成り立たなくなる」と警鐘を鳴らす。

■官製ワーキングプアの本当の姿とは?

◆公務現場の非正規職員、1300件の声

「はむねっと」を立ち上げてすぐの4月、非正規で働く公務現場の当事者たちから待遇面の生の声を聞くため、ネットでアンケートを実施しました。発足間もない団体で認知度もないので300集まればと始めたんですが、びっくりするくらい反響が大きくて。『本当にありがたい。こうした活動が広がっていくのはうれしい』といった声が寄せられて。最終的に1305件の回答があったんです。

300を超えたときには本当にびっくりしました。皆さんに背中を押されているんだなっていうのがよく分かり励みなりました。普通のアンケートなら『自由記述欄』に書いてくれる人なんて少ないじゃないですか? それが9割以上の方が切実な声を寄せてくださって。今の状態を誰かに伝えたい、何とかしてほしいと思っている人がこんなにも多かったんだって実感させられました。

そのアンケート結果は7月に公表された。1305件のうち有効回答は1252件で、内訳は女性1161人、男性84人、その他7人。結果を見ると、公共サービスを支える非正規職員の52.9%が年収200万円未満で、将来不安を感じている人は93.5%に上っている。

また、回答者の35.2%は「主たる生計維持者」(単身者を含む)だった。女性が主たる生計維持者の場合、その年収が250万円未満は実に70.6%。200万円未満に限定しても43.1%もの高い割合になる。

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◆役所側「女は扶養の範囲内で働けばいいのに」

アンケートに加えて9月には追加のインタビューを行いました。その中で印象に残っているのは、お子さんが1人いるシングルマザーの方がおっしゃった言葉です。役所から『女性は扶養の範囲内で働ければいいのに』と言われているようですごく嫌だ、と。自分は家計を維持してるにもかかわらず、「旦那さんがいるんでしょ」とか、「低賃金でもいいんだよね」とか。役所がよく非常勤の方に使う言い訳は「みなさんに希望を聞いてみたら、扶養の範囲内で働ければいい、と言ってるから時間数は少なくていいんだ」みたいなことです。役所の担当者がよく言うんですよ。それって本当に非正規の全員に聞いたのかって。

確かに扶養の範囲内でそこそこに働ければいい、という方もいます。だけど、『主たる生計維持者』っていう層は確実にいるし、はむねっとの調査でも『自己の就労なしでは家計維持は難しい』と言う回答は5割以上です。その層に対して同じように扱っていいのか、と。正規と比べたら給料は3分の1、4分の1ですから。

だから、さっきのシングルマザーの方は自分の着る物はほぼ買わないで、月13 万円で子供と暮らして、残ったお金は全部貯蓄してるって。そうしないと将来が不安で心配だ、と。結局、賃金が低いから年金額もたいしたことないじゃないですか。一生、貧困状態から抜け出せないって。役所の窓口に生活相談などをしに来る住民から『公務員はいいよな。安定してて』って言われると悲しくなるそうです。相談を受けながら、他人事ではないと思うときもあるって言ってました。

渡辺百合子さん/1973年に東京都墨田区役所に就職。主に図書館業務に従事する。2000年に非正規図書館員の研修・交流組織の立ち上げに参加。港区役所退職後、NPO法人「げんきな図書館」のメンバーとして11年間、図書館の非正規職員を務める。2021年、はむねっと代表(撮影:本間誠也)

■保育士、給食調理、図書館、介護…女性を狙い撃ちで非正規に

◆児相はほとんど非正規 悲しい事故の遠因

総務省の調べでは2020年現在、国家公務員の正規職員は58万人で非正規職員は15万人。地方公務員の場合、正規が276万人、非正規は112万人。地方公務員の正規職員数はピークだった1994年から2割近い55万人も減少し、それを補う形で非正規職員が急増した。小泉純一郎政権が掲げた構造改革の一環として、2005年以降、政府の骨太方針が地方公務員の定数減を求めたことなどが影響しているという。5年前のデータではあるが、地方自治総合研究所の調べでは、2016年4月現在、職員の半数以上が非正規という自治体は全国で92を数えた。5年を経て三桁に達している可能性もある。

正規の定数が削減される一方で、非正規の職員が目立って増えてきたのは2000年代前半からの行財政改革によってです。保育士とか、給食調理、図書館、介護など女性がメーンだった職場がどんどん非正規や民間委託に置き換わっていきましたね。役所にしてみれば、人員削減の最もしやすいところだったんでしょう。『どうせ女性は扶養なんだから』っていう感じで。

児童相談所とか、そういうところも相談業務にあたる正規の職員はほとんどいません。専門業務を担う非正規職員に決定権がなかったりする体制が、ああした悲しい事件、事故を生むと思っています。

◆女性の“善意”でかろうじて支えられている行政

私たちが今言ってるのは、正規の数を削って非正規化したり民間委託にかじを切っていくと、いずれ公共サービスが提供できなくなりますよ、ということです。今かろうじて踏ん張っているのは、10年、20年、こんな低待遇で頑張ってきた非正規の職員がいるからです。「私たちが辞めたらどうなるの?」って、みんな思ってる。

女性たちの善意、そういうのだけで(公共サービスは)持ってるんであって、今の待遇のままじゃ若い人はバカバカしくて入ってこないんですよ。コロナで業務量は増えているのに残業代が出ないところもあります。何年かしたら、公共サービスが崩壊する恐れだって……。『女性活躍社会』と言ったって実態はこれですから。

「はむねっと」のHP

◆同じ職場で正規と非正規の深い溝 パワハラの温床にも

非正規の職員が増え過ぎた結果、職場の人間関係にもマイナスの影響を与えるという。

正規職員の削減が進む一方だから、民間と同じように余裕のない職場が多いみたいです。だから、正規の職員も今、(精神的に)病んでいる人が多いですよね。余裕がないから職場がギクシャク、ぎすぎすして。

そういう中で非正規の方がパワハラに遭う事例も多いです。アンケートでは1割超の方がパワハラ被害を訴えていました。10年、20年くらい相談員をしている非正規の専門職の方は、一般職の正規の職員より仕事を知ってますからね。そういうギャップも、パワハラの元みたいなところはありますよね。

実態として非正規の方が日本の公務サービスを支えているのにそんな環境なんです。我慢させて安く使って、それで使い捨てです。本当によく辞めないでやってくださってると思います。婦人相談員の方なんか、よくおっしゃいます。

「だって人が相手ですから、私が辞めたら相談に来てるこの人たちがどうなるかと思うと辞められない」って。生活保護やDV被害など深刻な事例が多いですから。使命感ですよね。アンケートに書かれていた『女性たちの善意を利用してる』って言葉も印象深いです。

【はむねっと(公務非正規女性全国ネットワーク)】
継続して公務非正規労働の問題に取り組む団体。今年3月、有志の実行委員で立ち上げ、現在、個人約100人、50以上の団体が活動に参加している。

(フロントラインプレス・本間誠也

【下】に続く

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