ジェンダーの問題では、とかく女性に対する不平等や女性の生きづらさに焦点が当てられがちだが「男だって大変なんだよ…」と言葉を飲み込んだ男性も多いのではないだろうか。「男性学」が専門で「性別による役割や期待に縛られ、やりたいことやありたい自分を阻まれているのは男性も同じ。男女の生きづらさはコインの表裏」と説く、大正大准教授の田中俊之さん(心理社会学)に話を聞いた。(共同通信=宮川さおり)
▽男性の自立とは?
「『できない男』から『できる男』へ」(伊藤公雄著)という本に、「男性自立度チェック表」なるものがあります。今から20年前に出版された本です。主に40代から50代を対象にしていると思われますが、項目は以下の通りです。
(1)電気掃除機を使うことができる
(2)ご飯を炊くことができる
(3)ボタン付けができる
(4)仕事以外の親しい(現在も付き合う)友人が複数いる
(5)役所への諸届けはひととおりできる
(6)自分の飲むお茶は基本的に自分でいれる
(7)一人で夕食の材料をそろえることができる
(8)よく一人でスーパーに買い物に行く
(9)収集日にはよくゴミを捨てに行く
(10)自分の背広・ネクタイ・靴下・下着がどこにあるかわかる
若い人は、これが男性の自立のチェック項目として成立していることにびっくりするでしょうが、当時“男性の自立”の何がネックだったのかよく分かると思います。
20年掛けて進歩し、今は「そんなことできるよ!」という男性は大勢いると思います。ですが、米をといで炊飯器のスイッチを入れるだけでなく、米のストックを見て、いつごろ買い足せばいいか確認したり、単にスーパーで買い物をするだけでなく、日々の献立を考えて買い物リストを作ってたりしているのは誰でしょうか。夫婦の場合、多くは奥さんがしているのではないでしょうか。
進歩はしているけれど、やっぱり面倒なことを女性に任せているという問題は自覚する必要があります。頭ごなしに「昭和のおじさんは…」とは言えない。
▽働いてさえいれば
こうやって面倒なことを女性に任せていても、男性は現役のときは「働いてさえいれば」後ろ指は指されない。逆に言うと、働くことに手を緩めたり、辞めたりすると厳しい目にさらされます。「男はフルタイムで働いているのが当然」という無意識の偏見が多くの人にあります。
ジェンダー平等の問題は、男性の仕事一辺倒の生活を変えないと、実現は難しい。日本の企業で横行している長時間労働の問題ですが、夫の長時間労働を解消しないと、その分子育てや家事を負わされる妻が、仕事で活躍することは見込めない。
約10対7という男女の賃金格差も問題です。先進諸国の中でも日本の格差は大きい。政府は男性育休取得向上を掲げていますが、この格差をなくさないと難しいと思います。夫が育休を取りたい、育児にしっかり関わりたいと考えたとしても、多くの家庭で「収入が高い夫が働き、妻が育休を取ったほうがいい」となっているのが現状でしょう。
▽人生100年
今の日本社会は、男性の方が競争に有利な仕組みになっています。男性は会社などでの競争に勝って、高収入や肩書を得、大黒柱として家族を支えていくのが「男の幸せ」とされてきました。戦って勝ち進んでいくのも一つの選択かもしれませんが「人生100年」と言われる時代ですよ。ずっと勝ち続けるのは至難の業です。本人も周りも生きづらいことこの上ない。日本でジェンダー平等がなかなか進まない理由の一つには、男性側が「女性が活躍できるようにしてあげている」と、ひとごとのように思っていることがあるのではないでしょうか。男性と女性の生きづらさはそれぞれコインの裏表で、相反するものではありません。女性に対する差別構造や不利益を解消し、フェアな環境をつくることが、結局はお互いの生きづらさをなくしていくことにつながるのだと思います。
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たなか・としゆき 大正大心理社会学部准教授。著書に「男性学の新展開」「男子が10代のうちに考えておきたいこと」など。
【一口メモ】
女性活躍支援団体「Lean In Tokyo」が2019年に、10代から60代の男性309人を対象にした調査では「職場や学校、家庭で男だからという理由で生きづらさを感じるか」との質問に対し、17%が「頻繁に感じる」、34%は「たまに感じる」と回答。
多く挙げられた理由(複数回答)としては、「一家の大黒柱であるべきというプレッシャー」「弱音や悩みを打ち明けるのは恥ずかしい」「力仕事や危険な仕事は男の仕事という考え」などが入った。
同団体が毎年国際男性デーに合わせ開催するイベントでは参加者らから「職場で男性の子育てへの理解が低く両立しにくい」「専業主夫をしているが、男性から『もったいない』と言われる」などの声が上がるという。