増える認知症受刑者 長崎で効果的な処遇探る 第1部 老いと懲役・1

鉄格子に囲まれた「第14工場」。年老いた受刑者たちがひもを結ぶなどしていた=諫早市、長崎刑務所

 厳重に施錠された扉を解除してもらい、中に入ると白髪頭が目立つ作業着姿の男性受刑者約20人が黙々と紙袋を作っていた。「民間企業から受託した製品です」。案内役の刑務官が説明した。
 長崎県諫早市小川町の高台にある長崎刑務所。四方を高い塀に囲まれた広大な敷地には、受刑者が懲役作業に従事する「工場」を備えた職業訓練棟や居室棟が点在する。
 紙袋を作っていたのは、60~80代が集められた「第14工場」。かつて「養護工場」とも呼ばれた。老いの波は塀の中にも及び、全国で新たに入所した65歳以上の高齢受刑者は30年前に比べ年間約7.1倍に急増している。罪を繰り返すなど犯罪傾向が進んだ男性受刑者400人超を収容する長崎刑務所でも全体の2割強を占める。
 全国に先駆けて昨年2月、認知症傾向の高齢受刑者を受け入れ、社会復帰に向けた効果的な処遇を探るため、九州内の刑務所から「出所時おおむね65歳以上」の受刑者を第14工場に集め始めた。今年8月末までに20人超が移送された。
 多くの刑務所は、高齢または障害のある受刑者の処遇・社会復帰支援に苦慮している。法務省は「長崎は地元に重点的な支援をしている社会福祉法人があり、恵まれた環境にある」と意義を説明する。
 懲役作業は平日午前7時50分から午後4時半まで。老眼鏡を掛けた受刑者らが椅子に腰掛け、作業台の上で紙を折ったり、袋の底を両面テープで留めたりしている。「能力に応じて作業を分けています」と刑務官。ひもを片結びする単純な作業を繰り返す受刑者もいる。
 1人だけ別の作業をする受刑者がいた。細長く切られた新聞紙を約2センチ四方に細かくちぎっている。マスクで口元は見えないが、目の周りにしわが深く刻まれている。足元のごみ袋大のビニール袋は新聞紙でいっぱいになっていた。
 不思議に思って刑務官に尋ねると「製品を入れる緩衝材用。ひもを結ぶ作業より簡単なので」。男性は病気のリハビリに加え、認知症の疑いがあると所内の検査で診断された。新聞紙を細かくちぎる作業は刑罰で、注意力の改善や指先をうまく使うトレーニングの一環でもある。
 チャイムが鳴り、休憩時間を迎えた。「トイレ行こうか」。世話役の受刑者が男性に声を掛ける。工場内のトイレの入り口まで付き添われ、1人で用を足して戻ってきた男性だが、上着がはだけている。世話役が男性の着衣の乱れをそっと直した。

■服役18回 74歳の宿題

 長崎刑務所(諫早市)の居室棟。施錠されたドアの小窓から中をのぞくと、3畳ほどの単独室で山田正雄(仮名、74)が☆を5個ずつ囲む問題をしているのが見える。山田は金を持たずに酒を飲む無銭飲食を繰り返し、計18回服役。右目に白内障を患い、所内の検査で軽度の認知症疑いと診断された。
 正座して机に向かう。山田は「文字がかすんで見えん」とぼやいた。刑務所はこの日、月2回の矯正指導日。懲役作業はなく、受刑者は居室で自主学習などをして過ごしている。
 山田が所属する「第14工場」は高齢受刑者を集めているため、生活する居室は階段の上り下りをしなくてすむよう4階建ての1階にある。居室内のトイレはつまずかないよう段差をなくし、和式を簡易の洋式に変えた。就寝時などの尿漏れを防ぐため、おむつをはく受刑者もいるが、はき替えるのを忘れる人もいて、刑務官が朝夕に声を掛けている。
 「隣の居室に迷惑が掛からないよう運動しましょう」。女性の声で館内アナウンスがあり、軽快な音楽が流れ始めた。年老いた受刑者たちは足踏み運動をしたり、飛び跳ねたり。山田は屈伸運動をしていた。
 国は4年後、全国の65歳以上の高齢者の5人に1人が認知症になると推計している。「社会の縮図」とも評される刑務所では、重度の認知症と診断された受刑者を病棟などに収容しているが限界がある。身体・認知機能をいかに低下させずに社会復帰に向かわせるかが課題となっている。
 そこで2年前に長崎刑務所に設けられたのが社会復帰支援部門。全国に先駆けて、認知症傾向の高齢受刑者の処遇を専門に扱い、第14工場を運営している。九州内の刑務所から受刑者を集めており、山田は鹿児島から来た。
 足し算や掛け算といった計算や漢字の読み書きなどの宿題も認知機能を落とさないようにするプログラムの一環。達成感や自己肯定感を高めることを目指し、受刑者ごとに難易度を変えている。面談室で話を聞くと山田は「もう70歳。(勉強は)追いつかんやろ」と自嘲気味に言ったが、「(難易度が)あれくらいやったらいける」とその表情は明るい。
 昼食の時間を迎えた。食事は1日3回。栄養バランスもきちんと管理されている。昼の献立は「豚肉や豆のスープ」「マカロニサラダ」。別の居室で、物をかむ力が落ちた受刑者は具材が細かく刻まれた「刻み食」をスプーンでゆっくり口元に運んでいた。(敬称略)

単独室で宿題をする山田。「文字がかすんで見えん」とぼやいた=諫早市小川町、長崎刑務所

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