「変わり目」の最前線 罰だけでは更生できない 第1部 老いと懲役・2

認知機能検査を受ける山田。見本を写そうとしたが、何度も描き直した=諫早市小川町、長崎刑務所

 「100から7引いたら」「93」「それから7引いたら」「86か」「それから7引いたら」「7じゅう…」。
 「100から7を順に引く」問題に、受刑者の山田正雄(仮名、74)は何度か答えに詰まった。長崎刑務所(諫早市)の「教室」。透明のパーティション越しに男性刑務官と向かい合っていた。
 2年前、独自に始めた身体・認知機能の検査。「出所時おおむね65歳以上」の受刑者を対象に半年に1回実施する。作業療法士の古川沙織(仮名、46)に尋ねると、冒頭の質問は計算力を調べる問題。「5回引き算をしてもらうが、数字を頭の中にとどめておくのがポイント。計算力はお金の管理に影響するので、日ごろから計算問題に取り組んでいる」と狙いを語る。
 山田はこの日、握力測定など身体機能を評価する6項目の検査や、図形を正確に描き写すといった認知機能の検査をした。片道50メートルの廊下を往復する「6分間歩行」ではマスク姿で少し息苦しそうだったが、基準を上回る505メートルを歩いた。古川は結果に目を通し「経過観察が必要だが、最初に比べると向上している。プログラムの成果は出ていると思う」と顔をほころばせた。
 「認知症傾向のある受刑者はどれくらいいるのか」
 全国で受刑者の高齢化が進む中、認知症の受刑者が増えているとの指摘は以前からあった。国が初めて調査に乗り出したのは5年ほど前のことだ。
 法務省は全国の刑務所にいた60歳以上の受刑者の中から400人余りを無作為に抽出。記憶力や計算能力をチェックすると、1割強の受刑者に認知症の傾向が見られた。そこで同省は全国の受刑者で約1300人に認知症の傾向があるとの推計を発表した。
 キャリア20年以上という長崎刑務所の男性刑務官も高齢受刑者が「増えてきたな」と肌で感じている。「罰を与えるだけでは更生につながらないような受刑者もいて、刑の執行だけでは立ちゆかなくなる面はあるのでは」と率直に口にする。
 平成の刑務所改革で、明治以来続いた旧監獄法が廃止され、新たな法律ができた。懲役作業ばかりの時間から、社会復帰に向けた教育的処遇を充実させる流れにある。「刑期を全うさせるのが仕事」(男性刑務官)だったが、出所後の生活設計についても把握することが求められるようになってきている。
 社会復帰支援に特化した全国初の専門部署を2年前に設けた長崎刑務所。まさに「変わり目」の最前線にいる。


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