守護神の活躍で勝ち取った決勝進出 6年間の「片野サッカー」の集大成

サッカー天皇杯準決勝 川崎―大分 PK戦で川崎の7人目、山根のキックを止める大分のGK高木=等々力

 チームの最後方に位置するゴールの門番は、時に「神」に例えられ、守護神と呼ばれる。12月12日に行われた天皇杯準決勝。川崎フロンターレの前に立ちはだかった大分トリニータのキャプテン、高木駿のゴールキーピングは、味方から見ればまさに「神」だった。

 今季のJ1を圧倒的な強さで制し、リーグ連覇を果たした王者川崎。一方の大分は18位に終わり、来季はJ2で戦うことになった。客観視すれば、明らかに川崎の方が格上。大方の人は川崎の2年連続の決勝進出を信じていただろう。

 ただ、勝ち点を積み重ねる作業を続けるリーグ戦と、一発勝負のトーナメントは違う。その1試合の勝利に向けた奇策を練る。それが可能なカップ戦では、いわゆるジャイアントキリングがときに起こる。そして大分は、それを成し遂げた。

 片野坂知宏監督は、リーグ戦で3バックを基本としていたフォーメーションを4バックにして臨んだ。圧倒的な攻撃力とポゼッションを誇る川崎を相手に割り切った。ワンチャンスの攻撃機会を待ち、とにかく失点しないように耐える。弱者が強者を倒すためのセオリーだ。

 守り切って勝機を見いだすには必要な条件がある。意思統一のされた組織的な守備網と、最後にシュートストップしてくれる優れたGKだ。MFのペレイラのポジションを下げてエンリケトレビザンとコンビを組ませ、リーグMVPのレアンドロダミアンを巧みな受け渡しで抑え切った。さすがに4本のシュートを放たれたが、枠内のシュートはGKの高木が防いでくれた。

 それにしても川崎が主導権を握り続ける一方的な展開。ところが、大分が失点する予感もしない不思議な内容の試合だった。その興味深いドラマを演出したのは大分のGKだ。前半26分に脇坂泰斗のミドルシュートを左手一本ではじき出すと、直後の27分に大島僚太の左足シュートも見事なダイブから左手一本ではじき飛ばす。前半アディショナルタイムには、左サイドから旗手怜央がポスト際を強襲したシュートも右手ではじき出した。

 身長は181センチとプロのGKとしては小柄な部類だ。身長差を俊敏な動きと判断で補う。何よりも素晴らしかったのが、DFラインと連係したポジショニングの正確性。正しい位置にポジショニングしているからこそ、シュートに対しするセーブができる。190センチの身長があるGKでも10センチのズレのある位置に立っていたら、身長差のアドバンテージは意味を成さないのだ。

 前半、シュート数は川崎の方が圧倒的に多い。それでも大分に焦りは見えない。予想通りの展開だったからだろう。逆に圧倒的に攻め込みながらも1点も奪えない川崎には、徐々にプレッシャーが芽生えたのではないだろうか。

 後半34分、家長昭博のパスを受けたマルシーニョのシュートに対し、抜群の出足を見せた高木がブロック。川崎はこの決定機もいかせなかった。0―0で延長に入った延長前半6分、大分はこの試合で最大のチャンス。ペナルティーエリア手前から渡辺新太が左足ボレーを狙う。しかし、川崎のGK鄭成龍(チョン・ソンリョン)が見事なセーブではじき出す。両チームのGKの好プレーが試合を緊張感あるものとする。

 その後、川崎がさらに攻勢を強める中、延長前半10分には脇坂のシュート、延長後半の序盤にはマルシーニョのシュートをセーブする。しかし、ついに高木もゴールを割られる瞬間がきた。延長後半8分、山根視来の縦パスで右サイドを抜け出した小塚和季のマイナスの折り返し。これを合わせたのが交代出場の小林悠だった。踏み出した軸足の左足より後方にきた難しいボール。それを確実に右足でゴールに送り込んだ。ラストパスに合わせるシュート範囲の広さは、さすが名ストライカーと呼べる柔軟さだった。

 これで終わった、と思われた。ところが、延長後半のアディショナルタイムに奇跡が起こった。パワープレーのため前線にいたエンリケトレビザンが起死回生のヘディングシュートをゴール右隅に突き刺したのだ。アシストしたのは元川崎のレフティー、下田北斗。川崎のキャプテン、谷口彰悟は「一番気をつけるべき(下田)北斗の左足をフリーにしてしまった」とその場面を悔いた。

 PK戦は対等な立場にある。ただ、試合の流れというのは少なからず影響する。精神的優位に立ったのは、土壇場で追い付いた大分だった。お互い1人の選手がPKをポストに当てた。そしてストップしたのはチョン・ソンリョンが1本、高木が2本。120分間を通して、28本のシュートを受けながらも素晴らしいプレーを見せた高木に勝利の女神はほほ笑んだ。1―1からのPK戦5―4。勝利の立役者となった高木もまた元川崎の選手だ。

 「今日はちょっと自分でもびっくりするぐらい良いプレーができた」。頼れる守護神に、片野坂監督も「高木駿のビッグセーブがなければ勝ち上がることができなかったゲームだと思う」と称賛した。まさに守護神の活躍で勝った試合。その典型だった。

 天皇杯初制覇まで、もう一つ。J3時代から6年間、大分でつくりあげた片野坂監督のサッカー。いわゆる大分の「片野サッカー」は12月19日に最終章を迎える。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材は2018年ロシア大会で7大会目。

© 一般社団法人共同通信社