変わる矯正のプロ、刑務官 強い指導より特性の理解 第1部 老いと懲役・3

考え込む受刑者にアドバイスする刑務官。特性を理解し、分かりやすい言葉遣いを心掛けている=諫早市小川町、長崎刑務所

 鉄格子越しに朝の光が差し込む。長崎刑務所(長崎県諫早市)で高齢受刑者が懲役作業に当たる第14工場の一室。正面のスクリーンに「☆を4個ずつかこんでいきましょう」と文字が映し出された。指導役の女性刑務官、田端由美(仮名、33)がパソコンを操作しながら進める。長机を前に受刑者は2人ずつ座っている。
 受刑者の山田正雄(仮名、74)の手元にあるプリントには20個ほど「☆」が印刷され、囲む丸がいくつできたか尋ねている。山田は指を折って数え、鉛筆で4個ずつ丸で囲った。問題を十分に理解していないのか、考え込む受刑者がいる。田端は「ここに丸の数を書いて」などと助け舟を出す。
 さながら小学校の教室のような光景は第14工場で毎朝、懲役作業の前に取り組む始業前プログラムの脳トレ。☆を囲む問題は、注意力や情報処理能力を養う狙いがある。第14工場には入れ替わりを含めて20人前後が所属しており、毎朝、脳トレと筋トレに分かれてプログラムを用意している。
 長崎刑務所が高齢受刑者の身体能力や理解力、判断力などの低下を防ぐプロジェクトチームを設けたのは3年前の年の暮れ。現場からは3人の刑務官が選ばれた。その1人が石川雅人(仮名、49)。福祉の知識はなかった。
 「言葉は悪いが『ぼけたじいちゃんやな』と思うくらいでした」。作業手順の誤りを正しても、しばらくたつと前の誤った手順に戻っている受刑者をこれまで見てきた。だが知的障害によるものか、認知症によるものかは分からなかった。そこまで意識もしていなかった。
 2年前の春に「社会復帰支援」の名を冠した部門ができ、石川は民間病院の認知症予防のプログラムや脳トレなどを見学し研修を受けた。受刑者に教えるため陶芸教室にも通った。今では石川を含め職員16人が第14工場の運営や処遇プログラムの指導に当たっている。
 福祉との出合いは矯正のプロである刑務官にとって小さな変化ではない。
 脳トレを担当する田端も「ギャップは感じる」と戸惑いを率直に語る。以前いた女子刑務所では多くの受刑者を監督する立場で厳しく指導していた。だが今は受刑者の認知機能が落ちないよう携わっている。
 「下よ」と指示しても高齢のため、うまく理解できずに上を向く受刑者もいる。「がんがん強く指導するだけでは駄目だと分かった」。特性を理解し、分かりやすい言葉遣いを心掛けるようになった。
 認知機能の低下で考えることが面倒になり、そのまま流されて犯罪につながることを案じている。


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