「鉄道技術展2021」に見た鉄道の未来(後編) 脱親会社のJRグループ企業 大手車両メーカーの戦略は ドイツ生まれのスマート分岐器に注目【コラム】

盛況だった「鉄道技術展2021」会場全景。入場時の検温、展示ブースでのソーシャルディスタンスなど十分な感染拡大防止策が取られました

2021年11月24~26日に千葉市の幕張メッセで開かれた、「鉄道技術展2021」の連載コラム最終回です。今回は、私が会場内を回って出展企業や団体を取材する中で思い付いたことを、雑感風にまとめました。

振り返れば2020年初からのコロナ禍で、鉄道業界は大きく揺れ動いたわけですが、苦境からの脱出口を探るのが今回の技術展の隠れた目的だったのかもしれません。ここでは、「親会社依存を抜け出すJRグループ企業」、「主要鉄道車両メーカーの戦略は」、「ドイツのスタートアップ(ベンチャー)企業がスマート分岐器をプレゼン」の3つのテーマを設定。何がどう変わりつつあるのか、ポイントをかみ砕いて紹介できればと思います。

JRや私鉄の鉄道事業者はバイヤー

最初に鉄道技術展の立ち位置を再確認します。新しい鉄道技術は、多くがJRグループや私鉄、公営鉄道といった鉄道事業者から発表されます。しかし、技術展の出展者に事業者はほぼ見当たりません。

鉄道は機械(車両、運転)、電気(電化、信号通信)、施設(建設、保線)といった個別技術の組み合わせで成り立ちます。そうした個別技術、パーツとしての技術を提供するメーカーが出展するのが技術展。JRや私鉄は出展者の技術を組み合わせて、新しい車両やサービスを生み出します。事業者は、基本的にバイヤー(買い手)の立場で技術展に参加します。

JR西日本グループとJR九州グループがそれぞれ共同ブース出展

優れた鉄道システムが本体とグループ一丸になった技術で成り立つことをアピールしたJR西日本グループのブース

ここまで書いたことと若干矛盾しますが、今回はJR西日本とJR九州が出展しました。といっても本体の参加はなく、JR西日本グループのJR西日本テクノス、広成建設、JR西日本テクシアなど、JR九州グループのJR九州システムソリューションズ、JR九州エンジニアリング、JR九州コンサルタンツなどがそれぞれ共同ブースを構えました。

社名にJR○○と付く会社は通常、JRが外注化した仕事を請け負います。JR西日本テクノスならJR西日本の車両検修(鉄道以外であまり使わない業界用語ですが、読んで字のごとく検査と修繕です)、JR九州システムソリューションズならJR九州のシステム開発や保守が主な役目です。

JR九州グループブースは出展企業の展示物を横一列に並べ、お目当ての技術を見つけやすくする工夫が凝らされました

受注先がJRなので、一定量の仕事はあるわけですが、コロナで親会社の売り上げは減っている。そこで子会社も親以外の受注先を見つけて、自分たちで稼がねばならない。「コロナで厳しくなった親を助けようと、子どもが新しい仕事先を探すことにした」といえば、多少なりご理解いただけるでしょうか。

もう一つの目的はリクルート。少子化の波は、鉄道業界にもしのび寄ります。保線や車両検修は、きつい、汚い、危険の〝3K作業〟という誤解を受けがち(そういえば最近、このフレーズをあまり耳にしませんね)。会場には、鉄道業界を志望する学生を意識したリクルートコーナーも設けられました。

J-TRECは3Dメガネでサスティナを魅せる

3Dメガネでセミナーを聞く総合車両製作所のブース来場者。ブースは黒を基調にまとめられました

鉄道技術展には主要鉄道車両メーカーがそろってブースを構えました。駆け足ですが、各社の展示内容を報告しましょう。

JR東日本グループの総合車両製作所(J-TREC)は、次世代ステンレス車両「sustina(サスティナ)」の開発コンセプトなどを、立体映像の3Dメガネを使って披露しました。JR東日本のE235系電車やE131系電車、相模鉄道の12000系電車、京浜急行電鉄の1000形電車(20次車)、地方鉄道でも静岡鉄道のA3000形電車やしなの鉄道のSR1系電車でおなじみになったサスティナは、海外でもタイ・バンコク都市鉄道のパープルラインに続き、フィリピンの南北通勤鉄道で採用されるなど世界を駆けめぐります。

J-TRECはサスティナの特徴として、基本仕様共通化によるコストダウンとともに、障がい者や高齢者を含むすべての人が利用しやすいユニバーサルデザイン(UD)採用などを挙げます。会場では、共通基盤を簡素化して、従来以上のコスト削減に踏み込んだサスティナ新シリーズの発表もありました。

近車はデザインを重視

近車ブースではプラスチックケースに収めた車両模型が展示されていました

続いては、技術展では前回コラムでご紹介した「レイルウェイ・デザイナーズ・イブニング(RDE)」常連の近畿車輛(近車)。大阪府東大阪市に本社を置く関西の車両メーカーで、JR西日本の北陸新幹線・W7系車両、同社の87系寝台気動車(周遊型寝台列車のクルーズトレイン「瑞風」としておなじみですね)といった関西をベースとする鉄道事業者の車両を製作。関東でも東京都交通局の6500形電車、東武鉄道の70000系電車などが近車製です。

近車は特に車両デザインに力を入れ、新幹線でも観光列車でも普通電車でも、どこかスタイリッシュです。通勤電車のデザイン面のこだわりの一つが、ドア部とシートを区切る袖仕切り。一部を強化ガラスにして、車内の見通しがきくように工夫します。透明な袖仕切りの車内は、開放感を演出します。

日車は状態監視技術や新台車をお披露目

技術展には、鉄道車両界の名門・日本車輌製造(日車)も出展しました。日車の新ブランドは「N-QUALIS」(エヌクオリス)。次世代の新機軸を搭載した車両で、目玉は状態監視技術とNS台車です。

状態(常態)監視は本サイトでも何回も紹介させていただきましたが、車両にセンサーを取り付けて、車体や線路の状態を常時チェックします。構造を簡素化したNS台車は、車両保守を省力化します。

海外勢やスタートアップ企業の出展内容は

スタートアップ企業らしくシンプルな展示内容ながら、多くの来場者が訪れたKONUX Japanブース

ラストは海外勢、さらにスタートアップ企業。昨今の鉄道業界は国内、海外を問わず新興企業との協業が盛んで、私も会場で話を聞こうと思ったのですが、出展者は思ったほど多くありませんでした。

海外勢の参加見合わせは、やはりコロナの影響。スタートアップにとっては、名門企業の多い鉄道業界は若干ハードルが高いのかもしれません。

その中で私が目を留めたのは、海外企業で、おまけにスタートアップという2つの条件を満たす「KONUX(コヌックス)」というドイツ企業。昨年末の外電では、ドイツ鉄道(DB)が総額1500万ユーロ(約18億円)を投資して、分岐器(ポイント)をデジタル化するニュースが伝えられました。デジタル分岐器の半数は、コヌックスの「スマート分岐器」とのことです。

実際のスマート分岐器は、「IIoT装置」、「クラウドサーバー」。「AI(人工知能)コア」などで構成。IIoTは若干固めの日本語訳で恐縮ですが、「製造業に特化したモノのインターネット」のこと。ボイント部に振動計やインターネット通信システムを取り付けて、列車通過時の分岐器の揺れを常時監視します。

前章で日車の状態監視技術を取り上げましたが、スマート分岐器も基本の考え方は共通です。本国ドイツのコヌックスは2014年に設立されたスタートアップ。2017年には、世界経済フォーラムで「最も将来性の高いテクノロジーパイオニア30社」の一つに選ばれています。

日本法人の「KONUX Japan(コヌックス・ジャパン)」は2020年に設立。鉄道業界には鉄道技術展2021が初お披露目となりましたが、大手事業者もスマート分岐器に注目しているようです。

2022年5月には大阪で初開催

以上で、3回にわたった鉄道技術展2021の連載コラムはおしまい。技術展会場で話を聞きながら、コラムで紹介できなかった多くの出展者の皆様にお詫び申し上げます。

本来ならここで「次は2年後の鉄道技術展」と書くところですが、2022年5月25~27日には大阪市住之江区のインテックス大阪で「鉄道技術展・大阪2022」が開かれます。JR西日本、大阪メトロ、近鉄、南海電鉄、京阪電鉄、阪急電鉄、阪神電鉄と関西の鉄道主要7社が特別協力する、関西エリア初開催の技術展に乞うご期待。

経路検索大手のジョルダンは、今回の鉄道技術展2021に初出展。力を入れる「乗換案内」、「マルチモーダル」、「モバイルチケット」といった、鉄道のICT(情報通信技術)化を加速させる新サービスを情報発信しました
ビジュアル的に注目度ナンバーワンなのはずばりこれ。ニコン発のスタートアップのニコン・トリンプルは、四足歩行ロボットの「Spot(スポット)」を公開しました。アメリカのメーカーが開発した自律型ロボットの日本バージョンで、見た目は警備用と思えますが、実際はトンネルなど鉄道施設の検査が目的とか(背中に乗っているのが測定機です)

記事:上里夏生(写真は全て筆者撮影)

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