受刑者に付き添う作業療法士 出所後の生活 見据えて 第1部 老いと懲役・4

ウオーキングを終え、運動場を後にする第14工場の受刑者たち。身体・認知機能の維持向上を図る=諫早市小川町、長崎刑務所

 梅雨の晴れ間が広がった今年5月下旬。四方を高い塀に囲まれた長崎刑務所(長崎県諫早市)の運動場に白髪頭が目立つ男性の集団が現れた。第14工場の受刑者たち。1人がアキレス腱(けん)を伸ばす運動で姿勢を崩し、思わず手を付いた。刑務官が「無理すんなよ」「できる範囲で」と声を掛けた。ラジカセから軽快な行進曲が流れ、山田正雄(仮名、74)ら受刑者たちは万歩計を手に取りウオーキングを始めた。
 近くのベンチで受刑者4人が血圧を測っている。「具合悪い人はいませんか」。作業療法士の古川沙織(仮名、46)に付き添われながら、つえをついた男性が1周約50メートルをゆっくりと歩いていく。ウオーキングが難しい受刑者向けのプログラム。「ちょっとした段差でも気を使います」。刑務官は目が離せない。
 古川は「有酸素運動に加え、認知機能の維持にも効果がある」とウオーキングの狙いを説明する。身体能力や記憶力、判断力などの維持向上のため、昔のことを思い出してもらうなどといった八つのプログラムを用意している。
 2年前の社会復帰支援部門の新設に向けて初めて作業療法士を募集した際、民間施設で働いていた古川は法務技官として採用された。古川は外部の作業療法士や理学療法士の協力も得ながら、刑務官が中心となって練り上げたプログラムづくりを支えた。
 なぜ身体・認知機能の維持向上が重要なのか。古川は「問題を解決する力が落ちると安直な考えに陥り、犯罪につながりやすくなる」、さらには「社交性やコミュニケーション能力が大事」と語る。
 その一例が、受刑者の山田。古川は「人との付き合い方が苦手な人だと思う。『話し掛けないで』というオーラがあるが話し掛けないと内心寂しい」と言う。
 九州出身の山田は中学を出てから全国で職を転々とした。結婚もしたがすぐに離婚。周りに友人もおらず、寂しさから1人で飲み歩くようになった。金がなくても「どうにかなるやろ」と無銭飲食を繰り返すようになり、社会と塀の中を行ったり来たりする人生を送ってきた。
 長崎刑務所に移送された当初はプライドからか、解けない問題を隠していた。だが今はアドバイスを受け入れるようになったと古川は「変化」の兆しを語る。
 古川は日常的に関わる刑務官の存在が大きいと考える。受刑者が出所後の生活を見据え新しいことに意欲的に挑戦するかは、日ごろの声掛け一つで変わる。古川は言う。「専門職に目が行きがちだが、ベースは刑務官なんです」(敬称略)


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