江戸、明治、昭和を巡る風景画の旅に、片桐仁「なんとも贅沢」と大喜び

TOKYO MX(地上波9ch)のアート番組「わたしの芸術劇場」(毎週土曜日 11:30~)。この番組は多摩美術大学卒で芸術家としても活躍する俳優・片桐仁が、美術館を“アートを体験できる劇場”と捉え、独自の視点から作品の楽しみ方を紹介します。9月25日(土)の放送では、「町田市立国際版画美術館」で江戸、明治、昭和の風景画を巡りました。

◆江戸の大絵師・歌川広重 ~大胆な線~

今回の舞台は、東京都・町田市にある「町田市立国際版画美術館」。ここは世界でも数少ない版画中心の美術館として1987年に開館し、国内外の優れた版画作品を収集・保存。現在は3万点以上の作品を所蔵しています。

片桐は、そんな同館でこの夏に開催されていた企画展「浮世絵風景画 広重・清親・巴水 三世代の眼」へ。会場内には江戸時代を代表する絵師・歌川広重、"明治の広重”と言われた小林清親、"昭和の広重”と呼ばれた川瀬巴水、3人の大絵師の作品が一堂に展示され、江戸~昭和、約100年に渡る風景画の変遷が楽しめます。

同館の学芸員、村瀬可奈さんの案内のもと、まずは歌川広重から。代表作「東海道五拾三次之内 日本橋 朝之景」(1833~1834年頃)を鑑賞した片桐は、「活気がある感じがしますね」とその印象を語ります。

今作は"ベロ藍”(別名:プルシアンブルー)と呼ばれる、海外から入ってきた染料を用いた鮮やかな青が見られ、ポイントは画面の一番上に摺られた青色のぼかし。これは横に一文字のように入っているため「一文字ぼかし」と呼ばれ、これが朝の澄み切った空気を見事に表現。広重はこうした技法を用いて天気や季節を表しており、「確かに季節感が出ていますね。版画なので色数も限られているなかで、ぼかしたりして見せるというのは見事」と感心する片桐。

一方、「鉛筆で描いたような細い線、これも版。すごいですよね、この職人技」と片桐が脱帽した「東海道五拾三次之内 大磯 虎ヶ雨」(1833~1834年頃)では、一文字ぼかしによって梅雨時の様子を表現。本来、空の色ではありえない黒の1本線によって梅雨時の変わりやすい空を描いています。

◆明治の広重・小林清親 ~繊細な光~

明治に入ると、天気をより繊細かつ写実的に表した絵師・小林清親が登場。彼の「本町通夜雪」(1880年)を見た片桐は、開口一番「これはもう時代が違いますね」と思わず声が。

清親は風景画を得意とし、繊細な光と影の表現に秀でていました。この「本町通夜雪」でも外灯の周りにだけ雪があり、片桐は「夜だと雪が見えないはずなのに、明るいところだけ雪が見える。芸が細かい」と驚きます。清親の作品は、とにかく光と影の表現が素晴らしいことから「光線画」と呼ばれています。

さらに、画面奥には傘をすぼめている人がいますが、このモチーフは「東海道五拾三次之内 蒲原 夜之雪」など広重の作品にも散見。清親はそれを知った上で描いていたとか。

また、「五本松雨月」(1880年)で舞台となった江東区の小名木川にはかつて立派な松があり、月夜の風景のモチーフに選ばれることがしばしば。清親はそうしたルーツを受け継ぎつつも、自分らしい作品へと昇華しています。

「これは月ですかね……」と片桐が着目したのは雲の隙間から覗く繊細な月。さらに、画面左下にはこれまた傘をさしている人物が描かれており「提灯が反射して濡れた地面がわかる、これも細かい」と語り、雪や雨粒を直接的に描かず、ライトに光る雪や反射する光で繊細かつ間接的に天気を表現する清親の手腕に感嘆。

さらに、画面上に流れる川には江戸時代にはなかった蒸気船も描かれ、「アップデートされていますね」と片桐。そして、「これはすごく写真的。それこそ絵葉書みたいな、それぐらいのリアリティがありますよね」と目を見張っていました。

◆昭和の広重・川瀬巴水 ~豊かな色彩~

続いては、川瀬巴水。彼の「東京十二題 五月雨ふる山王」(1919年)を前に、「こちらもまた雨ですけど、表現が違いますね……」と片桐。この作品のモチーフとなっているのは、今も赤坂にある日枝神社。赤い楼門の前に緑色の青葉が茂り、初夏の爽やかな緑色がよく表現されています。

片桐は「手書きっぽいんですけど、これも版なんですよね」と驚きつつ、「最後に白で摺っているのか、すごくリアリティがある」と絶賛。実際、巴水は短い白い線を画面上に真っ直ぐに何本も引くことで雨を表現しており、「"しとしと”という音がしてきますよね」と語ります。

巴水の大きな特徴の1つは、"豊かな色彩”。江戸時代の浮世絵の多くは10色以内で摺られていましたが、巴水は平均して30回も重ねて摺り、微妙な色彩の変化で天気や空気を表しました。

「これまた雨の表現がキレイですね」と話すのは、「旅みやげ第三集 但馬城崎」(1924年)。激しい雨の様子が描かれるなかで、地面の濡れた感じが清親の作品を彷彿とさせますが、巴水は"昭和の広重”と言われていたものの、実は清親のほうが好きで、とても勉強していたそう。

また、広重、清親の作品と同じく、ここにも傘をさしている人物が。なぜこうも3人が描いているかといえば、傘をさして顔が見えない人物を描くことで、その場所の空気や温度、匂いなどを想像させる効果があるから。片桐も「実際にそこにいるような気持ちになりますよね」と賛同しつつ、「広重、清親、巴水と脈々と受け継がれているものを、その時代ごとにアップデートしていることがわかりますね」と感慨深そうに語ります。

◆広重、清親、巴水、継承しながらも進化

最後は、広重、清親、巴水の3人が同じモチーフ、雪の舞う増上寺を描いた作品を鑑賞。どれも増上寺の山門、鮮やかな朱塗りの門に雪を重ね、白と赤の対比を効果的に描いていますが、並べてみると前の時代の絵師を参考に、オマージュを捧げながら描き継いでいったことがよくわかります。

まずは、広重の「東都名所 芝増上寺雪中ノ図」(1830~1844年)について「すごく俯瞰的な感じで人も小さく、遠くから見ている感じ。でも、木の生え方などはやはり江戸時代って感じですよね」と語ります。

一方で、清親の「武蔵百景之内 芝 増上寺雪中」(1884年)になると「手前に木の枝があるのとかは日本的なんだけど、構図は西洋的なんですよね」と片桐はその進化の過程を指摘。さらには、松の枝からは雪が落ちる様子を上手に捉えた描写に「決定的瞬間という感じで、粋ですね」とも。

広重、清親、どちらの作品にもやはり傘をさした人物が描かれていましたが、巴水の「東京二十景 芝増上寺」(1925年)でも、吹雪いているなかに人物が。この作品は巴水の代表作の1つで、最もたくさん摺られた作品と言われ、その数3,000枚。ただ、巴水がここに至るには広重、清親の存在があり、片桐もそれを感じながら「この3人の流れ、その感じがいいですよね」と3人の大絵師に思いを馳せます。

江戸から昭和までの風景画の世界を旅した片桐は、「江戸時代の歌川広重に始まり、明治の小林清親、昭和の川瀬巴水、3人の作品を順番に見ていくというなんとも贅沢な感じですよね」と大満足。「作品がアップデートされていきつつも、過去に対するリスペクト、そして技術の継承があって、それを並びで見られるのはよかったですね。やっぱり版画はいいですね! 広重、清親、巴水を比較して楽しませてくれた町田市立国際版画美術館、素晴らしい!」と絶賛しつつ、時代を超えて響き合う、偉大なる芸術家たちに拍手を贈っていました。

◆今日のアンコールはワクワク心躍る一枚

今回の企画展に展示されている作品のなかで、ストーリーに入らなかったものからどうしても見てもらいたい作品をアンコールで紹介する「今日のアンコール」。今回、片桐が選んだのは、小林清親の「内国勧業博覧会瓦斯館 イルミネーション」(1877年)。

「いいでしょ、文明開花感」と作品から醸し出されるエネルギーに感動しつつ、「みんなが洋服着て、ガスの灯りがつくのを見ている、この一瞬を版画にしているというのがいいですよね」と目を細め、「見ていてワクワクする」と片桐はこの作品を選んだ理由を語ります。

最後はミュージアムショップへ。中村芳中の犬をモチーフにした人気のトートバッグを手にし、そのかわいいデザインに「江戸時代だろうが、明治時代だろうが、女子にウケたんでしょうね。猫、犬は絶対にかわいいんだろうな」と片桐。その他にも「浮世絵しおりセット」や地元の名産品「まちだおかき」などを見て楽しむ一方で、驚いていたのは町田市立国際版画美術館のオリジナルのパンの缶詰。ミュージアムショップもしっかり堪能する片桐でした。

※開館状況は、町田市立国際版画美術館の公式サイトでご確認ください。

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<番組概要>
番組名:わたしの芸術劇場
放送日時:毎週土曜 11:30~11:55<TOKYO MX1>、毎週日曜 8:00~8:25<TOKYO MX2>
「エムキャス」でも同時配信
出演者:片桐仁
番組Webサイト:https://s.mxtv.jp/variety/geijutsu_gekijou/

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