参議院議員1人の勝利は衆議院議員4人分の価値がある~自民党は候補の入れ替えを(歴史家・評論家 八幡和郎)

 林芳正外相が非常な無理をして参議院山口地方区から衆議院山口三区に鞍替えした。このことでもわかる通り、衆議院議員の方が参議院議員より格上というのが永田町の常識のようになっている。また、衆議院選挙に比べて参議院選挙は、重要性が小さいようにも受け取られている。

 しかし、これは、間違った常識のように見えるし、その間違った常識に流されて、各政党、とくに自民党はだいぶ損をしていると思うのである。

  たしかに、あとで詳しく書くように、衆議院が参議院に実質的に優越している点はいくつかあるのだが、参議院のほうが優位にある点もいくつもある。

 まず、参議院の任期は六年であるに対して衆議院は四年だが、解散があるのでだいたい平均は三年である。それから、衆議院の定数は参議院議員の二倍に近いから、一人一人の議員の当落の価値は参議院議員のほうがはるかに重要なのである。

 かりに数値化すると、衆議院の定員は465、参議院は245であり、1996年の小選挙区制導入で現在の制度になってから今回の衆議院選挙の前までを見ると、25年と11日のあいだに8回の衆議院選挙が行われているから、ほぼ3年と一ヶ月が平均在任期間である。

 それで任期の日数を議員数で割ると、衆議院議員の当選一回は、2.38日分であり、参議院は8.94日分であるから、参議院議員のほうが3.76倍の値打ちがあるということだ。

 それならば、その数字にふさわしい対応を政党はすべきだと思うのだ。自民党に話を絞れば、参議院議員の地方区で自民党が取りこぼしをするのは、野党が浮動票を取りやすい候補者を立て、自民党候補者が地味な人の場合が多い。

 また、比例区は有力団体が支援する組織候補が断然強く、タレントも含めた有名人で自民党全体の得票アップが期待できるというほどの迫力がある候補は少ない。

 では、どういう候補が参議院議員になるかといえば、衆議院議員のように、日常活動を通じて、地道に地盤を作り上げて行くケースは少ない。というか、全県が選挙区だと、そのようなやり方では、費用も人員も手当てすることが難しいのである。

  そこで、地方議員などの地方組織にとって受け入れやすい候補か、知名度が高いとか、イメージがよいとかいうことで空中戦に強い候補が好都合である。

 最強の候補は、元知事である。知名度は抜群、地方議員にとっても協力しやすいからで、北海道の高橋はるみ、大阪の太田房江、岡山の石井正弘、長崎の金子原治郞などがそうだ。あるいは、滋賀の小鑓隆史のように、知事選で健闘して負けた候補者もいる。野党でも埼玉の上田清司や滋賀の嘉田由紀子がいる。

  また、女性候補は、衆議院のような草の根選挙をしなくてもいいし、浮動票もとれるので、好都合だ。

  地方組織を動かしやすいということでは、県会議員(場合によっては指定都市の市会議委員)のなかの実力者が多いのだが、彼らは浮動票をとるのは苦手である。そこで自民党が圧倒的に優位な県ではいいが、そうでないと浮動票がとれる野党候補が出てくると弱い。

 そこで、私の提案は、自民党は衆議院議員のほうが上だという風潮をなくすために、まず、閣僚の数を議席数に応じた数に増員すべきだ。現在は参議院議員の閣僚は、21名中3人だが、議員数は集議院議員284名に対して113なのだから、6名を充てる必要がある。もちろん、一度にそういうわけにはいかないが、方針を決めて何年かかけてそうすればいい。

  そうすれば、質の良い新人を参議院選挙に投入できる。いま知事が参議院議員になっても二期の任期の最後の方で閣僚になれれば幸運だが、衆議院議員並みの確率で大臣になれるなら知事の転出も増える。著名な学識経験者、文化人、芸能人にとっても魅力が大きい。

 次に県会のボスといった浮動票より地元密着の政治家は、衆議院議員にまわすべきだ。といっても、選挙区が現職で埋まってることも多いが、その現職が全県的知名度があるなら、そちらを参議院議員にまわせばいい。

 衆議院議員を参議院議員にまわすというのは、コスタリカ方式解消の場合とか、定数是正で選挙区が減った場合にも使える。たとえば、いま議論されている10増10減が実行されると、余った現職を参議院議員にというケースも多いだろう。

 そのときに、普通には比較的弱い候補者が参議院議員にまわされることが多いだろうが、逆であるべきだ。たとえば、ある県も一人減なのだが、四年後の参議院議員選挙で(次期総選挙と同日選挙ないし、近い時期になる可能性が高い)、そのうちいちばん当選回数が多く知事選挙にも出たことがあって全県的知名度が高い候補者を参議院議員選挙に出したら、まず間違いなく当選だ。

 もしかすると、閣僚にすることを約束でもいないと厳しいかもしれないが、その価値はある。ともかく、自民党が参議院議員選挙で取りこぼしを減らすためには、弱い候補者を出さないことが何より近道なのだ。

 来年の参議院議員選挙だけでなく、その次の参議院選挙も念頭に衆参両院の再調整を総合的にすることを提案する。

衆議院の優越とねじれ国会についての考察

 この問題と関連する問題として、衆議院の優越とその限界、そして、「衆参ねじれ国会」の歴史について、その内容を整理しておいたい。

 衆議院の指名が優先されるのは、内閣総理大臣の指名と予算採択である。また、法律審議では衆議院で三分の二の賛成で参議院の反対を覆すことができる。だが、それ以外については、対等である。

 そこで、ねじれ国会で、衆参の多数が違った場合には、国政が麻痺してしまうことになるが、平成になってから「ねじれ国会」になったのは、三回ある。

①1998年参院選後

小渕恵三首相は、政府が提出した金融再生法案が衆議院で可決されるも、自民党が野党修正案をほぼ丸呑みする形で成立した。自民党は自由党(1999年1月)や公明党(1999年10月)との連立でねじれを解消した。

②2007年参院選後

第一次安倍内閣のもとの参院選で自民党は参議院過半数を失った。小沢一郎の民主党は、

国会同意人事に不同意を繰り返し、日銀総裁の空席という事態になった。このときに、与党は衆議院で三分の二を超していたから、再議決で法案を通すことは可能だったが、公明党が最初に後ろ向きだったので、伝家の宝刀としてしか使えなかった。

 そこで、いわゆる大連立構想が小沢一郎氏から提案され、福田康夫首相は同意したが、民主党内がまとまらず白紙となり、その後も、民主党は政権への嫌がらせを続け、結果、国政は麻痺し、それが2009年総選挙での民主党勝利につながった。

③2010年参院選後

菅直人の2010年参院選の結果、連立与党である国民新党を加えても参議院における過半数を下回ったことで、ねじれ状態となった。2007年の場合と違って、連立与党の議席は衆議院での再可決が可能な2/3に足らず、重要法案を通せなかった。そこで、2012年には自民党・公明党との三党合意により、消費税引き上げを含む社会保障と税の一体改革関連法案(消費税増税法案)を可決させたが、このとき「近いうちに衆議院解散」の言質を取られた。

 衆議院の再議決については、2007年のねじれ国会で、安直な衆議院での再議決の行使に慎重な態度を与党が表明したことが、その後の、政治の混乱につながった。これは憲法に明記された権限であり、とくに慎重であるべき理由はないと思う。

 一方、制度論としていえば、憲法が衆参両院の機能や選出方法について定めていないのは現行憲法の欠陥だと思う。そして、その結果、ほぼ、同じような選出方法で選出され、政党の構成も良く似たものになっていて、存在理由が曖昧になっている。。

 憲法改正をするなら、例えば、衆議院は小選挙区制とし定数はもう少し絞る(ただし、フランスのような二回投票制もありか)、参議院議員は比例代表に少し近い形とし、定数は非常に多くするが、地方自治体の首長や議員との兼職を認め、待遇も衆議院議員と同じ水準にはしない。権限も憲法改正では過半数の賛成でいいことにするとか、衆議院の再議決の要件も二度の通常国会で連続して再議決したらよいとか、縮小するのがいいのではないかと思っている。

 いずれにせよ、上下両院がほぼ同じ政治勢力で、同じような権限を行使しているのは、主要国では日本とイタリアだけであって、両国の改革が進まない原因となっていると思う。

© 選挙ドットコム株式会社