命守る力育てる 被災体験、教壇で伝え 愛川中・添田教諭

 あの日までは、社会科の一教師である自分があえて生徒に命を守る大切さを説くなど、考えてもみなかった。福島県須賀川市出身で、愛川町立愛川中学校で教諭を務める添田勇司さん(37)。「生徒の『命を守る力』を伸ばしたいと思わない教師はいない。自分は経験を基にその力をつける方法を伝えられる」。東日本大震災について話すことにためらいも抱えつつ、授業を通じて生徒に訴え続ける。

 5年前、内陸に位置する中学で常勤講師をしていた。3月11日は卒業式の日だった。式を終え、部活をする生徒たちの声を聞きながら職員室にいた時、「横に3メートルくらい飛ばされるような揺れ」に襲われた。校舎が崩れることも覚悟したが、職員も生徒も全員無事だった。

 添田さんの家族も無事だった。だが海沿いでは…。「命って一瞬で消えてしまうものなんだと思い知りました」。そこで、ある考えに至る。以前から生徒に「中学で勉強することは後で必ず役に立つ」と話していたが、命の大切さを学び、自分の命を守るためにどうするかを教えることこそ、まさに「必ず役立つこと」なのだ。教師として時間の許す限り、出会った生徒に体験を話そう。命を守る重要さを伝えよう、と。

 その後、生徒が激減したため講師の職を失った。福島県の教員採用試験は実施されず、奈良県での試験に合格したため地元を離れた。教諭となったものの、環境の変化が家族に与えた負担は大きかった。自身も「少しでも福島に近いところにいたい」という思いが湧き、神奈川県の教員採用試験を受験。昨年4月から愛川町で教えている。

 奈良にいた時に続き、愛川でも体験を基に災害に備える大切さを訴えている。

 ためらいもある。「だって、もっとつらい経験をした人はたくさんいるんですよ。なのに自分くらいがこんな大変な目に遭ったんだと人前で言ったら、その人たちに失礼でしょう」 そこで心掛けるのは、起きた震災の悲惨さを伝えるのではなく、いずれ来る震災に備える大切さを相手の心に刻む、ということだ。

 12月、愛川中の全生徒に向けた道徳の授業。震災直後の福島の地割れした道路や校庭、家具がめちゃめちゃに散乱した添田さんの実家の写真を上映し、震災を印象に残す工夫をした。そしてその後には、「こういう被害があったからこそ、みんなもいずれ来る首都直下地震に備えなきゃいけないんだよ。いざというときには自分で正しい判断をするしかないんだ」と強調した。

 添田さんは願う。たとえば生徒たちが大人になり家族を持ち、守るべき存在ができたとする。その時にふと「そういえば中学の時、福島から来た先生が『緊急時に集まる場所を家族で決めておきなさい。それが、被災してけがをしたとき、痛くてもそこまでたどり着いて家族に会いたいという、生きる意欲につながるから』と言ってたな」と思い出してほしい−。「そうなったら、自分の経験も少しは役に立てるから」 いずれは、生徒が地域を歩いてハザードマップを作るなど、社会や総合的な学習の時間でも災害への備えを学べないかと考えている。

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