消える懲役 「新たな刑」で柔軟な処遇 第1部 老いと懲役・5

国は「懲役」と「禁錮」を一本化し、新たな刑罰を創設する準備を進めている。刑務所はどう対応するのか=諫早市小川町、長崎刑務所(写真はイメージ)

 「もし刑法が変わり刑が変われば柔軟な対応ができるのでは。新しい刑の下では改善更生とか社会復帰、そういったところに注力した矯正処遇ができるのではないか」
 7月に長崎市内であったシンポジウム。検察トップの検事総長、林眞琴(64)は刑法改正を巡る国の動きについて、その意義を解説した。
 日本の刑罰制度には、刑務所で作業に従事するのが義務の「懲役」と、義務ではなく希望すれば作業ができる「禁錮」がある。法務省はその二つを一本化し、新たな刑罰を創設する準備を進めている。
 もともと犯罪に関する規定や刑罰を定めた刑法と、刑の執行方法や受刑者の処遇方法を定めた監獄法という二つの法律が存在していた。刑法が制定されたのは1907(明治40)年、監獄法は08(同41)年。林いわく「年違いの兄弟」の関係は変わらないまま大正、昭和をへて平成を迎えた。
 平成半ばからの刑務所改革で監獄法が約100年ぶりに改められ、教育的処遇の充実に重点を置いた新たな法律に生まれ変わった。一方、明治に定められた刑法の懲役には、そもそも教育的処遇という概念は入っていないため、食い違いが生じている。
 法務省在籍時に監獄法改正に取り組んだ林は「この食い違いをなくすために刑法の改正が行われようとしている」と説いた。
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 同じ夏、長崎刑務所(諫早市)では刑務官の石川雅人(仮名、49)が3人の高齢受刑者と向かい合っていた。
 「健康で快適に過ごすために必要な3要素は何だった?」。出所後の暮らしに役立つ知識を伝える生活スキルプログラム。「覚えてないか。テキスト開こうか。一つ目。食生活、大事ですよね」。答えに詰まるのを見て石川はフォローした。「個人差もあると思うので」。一人一人の様子を見ながら、少人数の「講義」は続いた。
 刑務所はこれまで集団での処遇を基本としてきた。受刑者の特性に応じ、林の言う「柔軟な処遇」に取り組むとすれば個別処遇の領域が広がることが予想される。認知症傾向の高齢受刑者に特化した処遇を始めた長崎刑務所はまさに先取りした取り組みと言える。
 石川は「個別処遇ができれば一番良いが、もっと職員が必要。かたや作業、かたや指導を受けるだけとなったら、不公平と感じる受刑者も出てくるかもしれないですね」と語る。
 刑法改正案の国会提出は来年以降の見通し。明治から続く懲役が消えるとすれば、刑務所だけでなく社会の姿を変えるかもしれない。(敬称略)


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