議員14人ものドミノ辞職はなぜ起きたか?/保守王国・富山で地元メディアが対峙した地方権力 チューリップテレビ、北日本新聞(2018年〜) [調査報道アーカイブス No.69 ]

富山市議会(チューリップテレビ制作のドキュメンタリー映画『はりぼて』の予告編動画から)

◆地方議会“ドン”の不正 地元局が夕方のニュースでスクープ

地方メディアが地方権力と真正面から向き合うのは、なかなか難しい。地方は大都市圏とは異なり、エリアは狭く、人間関係は濃密だ。対峙する者同士が夜の街でばったり出会うことも珍しくない。そうした環境にもかかわらず、県庁所在地の議員14人を“ドミノ辞職”に追い込んだ調査報道があった。「富山市議会 政務活動費不正」に関する報道である。

2016年8月19日夕方6時15分。富山県の民放・チューリップテレビの『ニュース6』の冒頭、画面に「自民会派の富山市議 政活費 事実と異なる報告」というテロップが出た。政務活動費(政活費)とは、地方議会議員に支給される費用で、調査・政策研究活動などに充てられる。キャスターの五百旗頭幸男氏と西美香氏がスタジオで口火を切った。

五百旗頭 こんばんは。議員報酬の引き上げをめぐって批判を浴びた富山市議会に、疑惑が浮上しました。

西  最大会派・自民党の市議会議員が、実際とは異なる報告をして、政務活動費の交付を受けていたことがわかりました。チューリップテレビの取材に対し、交付を受けた議員本人も認めています。

第一報を伝えるチューリップテレビの『ニュース6』(同局制作のドキュメンタリー映画『はりぼて』の予告編動画から)

ニュースの言う「自民党の市議会議員」とは、市議会のドンと言われた中川勇氏だ。実際には市政報告会を開いていないにもかかわらず、その資料印刷経費(21万7000円)などの請求を行い、政務活動費を不正に受け取っていた。中川氏は書類上、1年間に8回の報告会を開き、計100万円超の政活費を受け取っている。中川氏は報道からまもなく不正の事実を認め、「知り合いの印刷会社にもらった白紙領収書を使って政活費を不正に受け取っていた」「(不正に得た政活費は)飲食代に使っていた」と明らかにした。

◆きっかけは議員報酬引き上げ 密室協議で全国最高水準に

さらにチューリップテレビは、立て続けに市議の政活費不正をスクープしていく。9月の1日、9日、12日…。自民党会派の市議が1人ずつ不正を報じられたのだ。その後も報道と辞職が繰り返され、中川氏を含め2016年11月までに13人が辞職する異常事態になった。翌年3月にもう1人が辞職し、結局、定数40の議会で計14人が政活費不正を理由に辞職してしまった。

一連の報道には前段がある。チューリップテレビ取材班の『富山市議はなぜ14人も辞めたのか』(岩波書店)によると、2016年4月、富山市議会議長が市長を突然訪問し、議員報酬を月額60万円から70万円に引き上げるよう要請した。その後、市長は非公開の審議会に諮問し、審議会はわずか2回の会議で「10万円アップ」を答申した。報酬増額後の月額70万円は全国47の中核市の中で金沢市、東大阪市と並ぶ最高額。市民感覚とかけ離れた決定が秘密裏に行われたことに対し、五百旗頭氏や報道部の砂沢智史記者らは「こんなに物事を隠したまま政治が進んでいいのか。市議会の闇を調査しなければ」との思いを強めたという。

富山市議会(チューリップテレビ制作のドキュメンタリー映画『はりぼて』の予告編動画から)

◆地道な資料読みが続く 「なんだよ、みんな早く帰っちまって」

チューリップテレビの砂沢記者らは、情報公開によって市議40人の政務活動費の支出伝票を請求し、1枚ずつ紙をめくって「公費である政務活動費を一体何に使っているのか」を洗いだすことにした。その数は約4300枚。それをたった2人でチェックしていくのである。通常勤務を終えた夜8時以降、ほぼ毎日、誰もいない報道フロアで伝票の山と向き合う。恐ろしく地味で地道な作業の中で、2人はつい、愚痴も口にする。

「このところ家族ともほとんど話していない」
「趣味の時間もとってない」
「録りだめたテレビ番組も放置状態」

「なんだよ、みんな早く帰っちまって」
「『手伝おう』の一言ぐらいあってもいいじゃないか」

こうした深夜の地道な調査が一連のスクープの源だったのである。取材の中核だった砂沢氏は2020年8月、フロントラインプレスの取材に対し、次のように語っている。

調査報道自体は特別な取材ではない。疑問に思ったことを、しつこく、諦めずに取材し続けることであり、ごく普通の取材です。問題は取材の途中で、先が見えないことでした。

◆「どこまで取材できるかの壁は外部の圧力ではない」

『ニュース6』のキャスターだった五百旗頭氏はフロントラインプレスにこう話した。

調査報道に限らずほかも同じですが、どこまで取材するかの壁は、外部からの圧力ではなく記者の心理的な障壁が大きいと思ってきました。取材の出発点は、普段から純粋に思っていることだったり、些細な疑問だったりですよね? そこからスタートし、いかに根気よくやっていけるか。

「こんな取材をやっていたら取材先や権力側が怒るんじゃないか」とか「社内の上層部が好ましく思わないんじゃないか」とか、そういうことを考える人は少なくないと思うのですが、それでは取材が進まなくなる。

フロントラインプレスの取材に応じる五百旗頭幸男氏(左)、砂沢智史氏=2020年8月(撮影:フロントラインプレス)

富山市議14人の辞職をめぐる報道では、他メディアの存在も大きかった。とくに地元紙・北日本新聞の報道は見逃せない。同紙は富山市議問題の少し前、富山県議の政活費不正を調査報道でスクープし、目の前の地元権力であっても敢然と向き合う姿勢を示している。さらに富山市議の報酬の引き上げに関しては、市議を取材中の同紙女性記者が相手から怒鳴りつけられ、押し倒され、取材メモを奪い取られる事件も起きた。そうした出来事にも全くひるまず、チューリップテレビとの間で“議員ドミノ辞職”に関する報道合戦を続けていくのである。

◆北日本新聞「地元紙はしつこく見ている」が重要

一連の報道で、チューリップテレビは日本記者クラブ特別賞、日本ジャーナリスト会議(JCJ)賞、民間放送連盟優秀賞(テレビ番組報道部門)、菊池寛賞などを、北日本新聞は新聞協会賞、JCJ賞を受賞した。北日本新聞の取材班代表だった片桐秀夫氏は日本新聞協会への寄稿「読者に代わって調べ、伝える」でこう記している。

政務活動費不正の背景の一つに、議員たちの「見られていない」という意識がありました。問題が発覚した16年以降、富山県内の各メディアが競うように議会を取り上げ続けてきましたが、5年後の今はどうでしょうか。21年4月の富山市議選では、政務活動費にほとんど触れないメディアもありました。やはり、問題の「風化」は著しいと感じます。

北日本新聞は富山市議選に際し、有権者の判断材料にしてもらおうと「富山市議会のいまドミノ辞職から4年」という連載を掲載し、政務活動費や基本条例、議員提出の政策条例などをテーマに深掘りしました。

そういうこともあって「民意と歩む」のワッペンを使い続け、政務活動費をはじめ議会改革に関するニュースは小さなことでも記事にするようにしています。

地元紙の北日本新聞はしつこく見ているぞ、という雰囲気を出すこと。それが大切なのではないかと片桐氏は言っているのだ。そして、次のようにも言っている。

一連のキャンペーンをはじめとする調査報道は時間もお金も手間も人手もかかります。ノウハウも必要です。個人が議会を傍聴したり、政務活動費の使途を調べたりして情報発信するのは簡単ではなく、限界もあります。そこに、新聞の役割を見いだせると思います。

政務活動費について協議する富山市議会=「富山市議会だより・2019年2月」から

(フロントラインプレス・本間誠也)

■参考URL
単行本『富山市議はなぜ14人も辞めたのか 政務活動費の闇を追う』(チューリップテレビ取材班)
単行本『民意と歩む 議会再生』(北日本新聞社編集局著)
ドキュメンタリー映画「はりぼて」(チューリップテレビ制作)

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