<書評>『沖縄観光産業の近現代史』 可能性予言した先人たち

 沖縄の観光産業は、突然、この世に現れたのではなく、先人たちの努力と汗の上に築かれていく過程が学べる書である。
 論者は、沖縄経済において観光産業がリーディング産業でありながら、政治史や経済史の分野では戦前の1930年代から70年代の研究が空白である点を問題視し、このブランクを丹念な資料研究で紡ぐとともに、技術、特に海・空路と沖縄観光産業のマーケティング領域との関連性を述べている。
 本著の研究の位置づけや重要性を産業の発展段階から眺めてみよう。ある産業が確立し、地域や国の経済を牽(けん)引するまでに成長する過程を大まかに3段階に分類する。始めに、産業の源となる発明である。観光という言葉も発明に相当する。次に、発明を支える他の汎用(はんよう)技術との結合期である。観光産業においては、海空港、道路、ホテルなどのハードウエアに加え、ガイド、ランドリー、配膳サービス、印刷や観光土産などのソフトウエアである。そして、観光関連法案の制定や整備、観光という用語の人々への普及と意識変化、観光支出を捻出できる所得の上昇や余暇時間の取得である。
 先行研究として現OCVB会長の下地芳郎氏の『沖縄観光進化論』が、第2段階研究であり、本著は第1段階から第2段階の研究である。本書では、資料を用い、課題や背景を調査、研究を行っている。例として、1923年、首里市は老朽化した首里城解体の決議が行われたが、鎌倉芳太郎などの尽力で解体を免れた。「沖縄振興計画」が閣議決定された32年には、島袋源一郎などが沖縄の観光案内書を発行された事実と意義を述べている。
 記載はされていないがバカンスで有名なフランスで有給休暇法の制定が1936年である。法律と観光案内書の違いはあるが先見性に驚嘆する。他には、沖縄戦で失われる前の観光地や観光コース、沖縄戦後の観光行政の変遷や体制なども記載されいる。これらも産業連関表などの分析理論が不十分な時代でありながら沖縄の観光産業の可能性を予言した先人らの見識には敬服するばかりである。
 (宮平栄治・沖縄経済学会長・名桜大教授)
 さくらざわ・まこと 1978年新潟県生まれ、大阪教育大准教授。著書に「沖縄の復帰運動と保革対立 沖縄地域社会の変容」「沖縄現代史 米国統治、本土復帰から『オール沖縄』まで」など。
 

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