松たか子 50年超同じ役を演じ続けてきた父・松本白鸚に「尊敬しかない」

松本白鸚が主演・演出を務めるミュージカル「ラ・マンチャの男」が2022年2月に上演される。先日、その製作発表記者会見が行われ、白鸚とヒロイン・アルドンザ役の松たか子が登壇した。

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「ラ・マンチャの男」は、スペインの国民的小説「ドン・キホーテ」を原作としたミュージカルで、ブロードウェイ初演は1965年。日本では、1969年に当時26歳だった白鸚(当時は市川染五郎名)主演で初演され、以降、半世紀にわたる白鸚の単独主演で今日に至る。

日本初演50周年を迎えた2019年には、総上演回数が1307回に到達。2年ぶりとなる今回の上演は、白鸚主演による「ラ・マンチャの男」のファイナル公演となる。松が約10年ぶりに本作に参加し、実現する親子共演にも注目が集まっている。

白鸚は、会見の冒頭で、初演から50年以上も作品が愛され続けていることへの深い感謝を述べ、「本当に自分は俳優として、人間として幸せ者でございます」と挨拶。

2012年の公演以来、約10年ぶりに出演する松は、「また出演するチャンスをいただける日がくるとは、本当に思っていなかった」と驚きを伝え、「自分の全部を注ぎ、捧げて、ベストを尽くしたい」と決意のほどを語った。

1時間を予定した会見で、記者からの質疑応答に時間の許す限り答えた白鸚と松。終盤では親子らしいやりとりも見せた2人の言葉を、詳細にリポートする。

白鸚 松たか子に対抗心?「若さに負けないように、頑張りたい」

──今公演は、ドン・キホーテが“麗しの姫”と崇めるアルドンザを松さんが演じます。久しぶりの親子共演への思いをお聞かせいただけますか。

白鸚:初演の当時は、たか子はまだ生まれておりませんでした。たか子は最初(1995年)、アントニア(ドン・キホーテの姪)役で参加し、アルドンザ役を演じたのは2002年から。それまでのアルドンザは、年齢を重ねた姉御肌のような女性でしたが、たか子が演じるにあたり、野良猫のような、眼ばかりギラギラ光っている下働きの娘というふうな演出にいたしました。(自身は)12月10日から稽古に入っております。(のちに稽古が始まる松の)若さに負けないように、頑張りたいと思います。

──松さんがアントニア役で本作に初参加されたのは1995年、18歳のときです。それからアントニア役を3度、2002年からはアルドンザ役を5度にわたって演じてこられました。長いおつきあいとなる「ラ・マンチャの男」は、ご自身にとってどのような作品ですか。

松:小さいときはとにかく「怖い」作品でした。舞台も暗いし、そこに汚れた服を着た髭もじゃの荒くれ男たちがいて、舞台を見ても怖いし、楽屋に行っても怖い人しかいなくて。楽屋の角を曲がるたびに、(その人たちに出くわすんじゃないかと)もうドキドキしていました。

当たり前ですが、その髭もじゃの荒くれ男たちが、楽屋で会うとすごくニコニコ微笑みかけてくれるのが、また怖くて(笑)。とにかく怖い、暗い…でも、登場人物たちの心が動いている様を見て、キレイだと感じる瞬間もあり、なぜか惹きつけられる舞台でした。

そして、舞台上には必要な人と、必要なものしかなく、その中でお話が進んでいく感じや、そのスピード感など、ミュージカルでこういう表現もできるんだ、ということを、たくさん教えてもらった作品です。

──1人の俳優が同じ役を50年以上も演じ続けるのは異例のことです。なぜ、ここまでセルバンテス/ドン・キホーテを演じることができたのでしょうか。

白鸚:それは、チケットを買って劇場に見に来てくださったお客様がいたからこそ、「ラ・マンチャの男」は続いているのだと思います。お客様のお力です。

それと、普通、「思えば夢が叶う」という(つくりの)お芝居が多い中、この「ラ・マンチャの男」は牢獄で展開する劇中劇ですので、囚人たちは夢がかなわない、負けると分かっているわけです。でも、彼らは夢を、あるべき姿のために闘う心を失わない。それを喚起させてくれるのが、牢獄に放り込まれたセルバンテスだからではないでしょうか。

──そんな、長年に渡り一つの役に挑み続けるお父様の姿を見て、どんなことを感じていますか。

松:私のようなまだまだな人間から見ると、やり続ける役に出会うというのは恐怖でしかなくて。やり続けるということは、いつかやらなくなるわけで。いつまで続けるんだ、という声もあれば、自分の状態も変化する中、ただただその日その時の舞台に向かう強い気持ちを持ち続けているというのは、尊敬しかないです。

私はまだまだそうはなれないし、できればそういう役に出会いたくないとぐずぐず思っていて。役があり、舞台があって、見てくれる方がいるからやるというとてもシンプルな姿を、父を通して見せられているような気がします。

初演時のアルドンザ役はトリプルキャスト!稽古も3倍で「得をした(笑)」

──これまでの上演では、どんな思い出がおありですか。

白鸚:思い出はいっぱいあります。初演の当時、「ラ・マンチャの男」は、演りたい方がたくさんいらっしゃって、もう大変だったんです。そのとき、(上演権を獲得し、白鸚をキャスティングした)東宝の菊田一夫さんが、「染五郎、日本にミュージカルを根付かせようよ。(それまで)続けてくれよ。続けようよ」ということを同時におっしゃいましたね。

初演は、アルドンザも(トリプルキャストで)3人いらっしゃって、草笛光子さん、浜木綿子さん、西尾恵美子さんが演じられました。お稽古も、3人それぞれと同じ場面を稽古しますから、サンチョ(キホーテの従僕)役の小鹿番さんと僕は3倍やるわけです。でもよく考えると、3倍稽古ができたわけですから、得をしたなと思います(笑)。家政婦役で、黒柳徹子さんも出ていらっしゃいました。思い出深いエピソードはもう、数知れません。

──改めて、作品の魅力と、それを表現なさるご自身の思いをうかがえますか。

白鸚:このミュージカルは、夢が叶わない、負けるとわかっている闘いでも、男はときに闘わなきゃならない、というのをテーマにしていますけども、50年以上やるうちに、「ラ・マンチャの男」という作品のテーマと、俳優・白鸚の生き方が一緒になっちゃったんです(笑)。あるべき姿のために闘う心というものを、失わないように、失わないように、今までやってまいりました。

先ほど、たか子が、この作品には「怖い、暗い」、そういう雰囲気があると申しましたけど、それが人生だと思います。我々役者は、そうした人生を生きるお客様の悲しみを希望に、苦しみを勇気に変えてさしあげるのが務めだと思っております。私も傘寿に近く、体も動かなくなってきましたが、「ラ・マンチャ」を通して、あるべき姿のために闘う心というものを、メッセージだけでも伝えたいと思っております。

──そのような作品である本作を、今公演でファイナルにしようと思われた経緯をうかがえますか。

白鸚:2019年の公演のときに、自分はもうこれで最後だと思っておりました。けれど、(コロナ禍で)世情の混乱した状況の中、東宝さんがちゃんと「ラ・マンチャの男」の2月の公演を維持してくださり、私に出演のお話をくださった。びっくりいたしました。これを実現できるのは、自分はともかく、なんとしても実現するという東宝さんの熱意と、歌舞伎俳優としての白鸚を歌舞伎座から出し、応援してくれる松竹さんの演劇人としての良心ゆえではないかと思います。

振り返れば、1970年のブロードウェイ公演も、先方からインビテーションが来て行ってまいりましたし、まさか、初演の時は生まれてもいなかった松たか子と共演できる日がくるとも考えておりませんでした。それらも含めて、「ラ・マンチャ」はもう、自分の意思でどうこうするという次元ではなく、この作品にまつわるすべては、本当に「運命」という言葉で表現するほかありません。そうして今は、必死でお稽古をしております。

白鸚ファイナル公演を終えたら「もぬけの殻でしょう」

──今回、コロナ禍での上演となり、前回とは勝手が違う部分も多いと思います。演じ手としての心構えをお聞かせ願えますか。

白鸚:まだ感染がおさまっていませんし、こういう(芸能の)世界で私たち俳優も苦労しております。その中であっても、芝居をするのが自分の決められた道だと思っていますから、大変な思いをされている方々のことを考えながら、自分は悲しいことや苦しいことがあってもなるべく平常心で、なおいっそう努力をするというつもりでやっております。

──松さんは、つい先日まで別の舞台に立っておいででした。

松:いろいろな制約の中で、変わらずお芝居の稽古や本番をするのは、大変なこともあります。でも、コロナがあろうとなかろうと、劇場の扉が開いている以上は、やることはあまり変わらないというか。お芝居をやっていいですよ、と言ってもらえてるだけ幸せだと思って、日々、稽古と本番を行うという状況が続いています。

それに、本番が終わって、メイクを落としたり、バタバタ着替えたりしながら、場内を映すモニターを見ていると、皆さん、けっこう時間をかけて規制退場にご協力くださってるんですよね。通常であれば、お芝居を見て、高揚した気分のまますぐ帰りたいところを、冷静に規制退場の指示に従い、ゆっくりゆっくり退場してくださっている。そんな皆さんには本当に感謝ですし、「お見送りしたいなぁ!」という気持ちに何度もなりました。

──「見果てぬ夢を追い、あるべき姿のために闘う」というのが本作品のテーマですが、ファイナル公演を終えた後の歌舞伎役者・松本白鸚の見果てぬ夢は何になりますか?

白鸚:これを無事に終えたら、もう…もぬけの殻でしょうね、きっと。しばらくは、歌舞伎俳優としての見果てぬ夢とか、いろいろなことを考える気持ちも起こらないかもしれません。でも、2022年4月の歌舞伎座公演は決まっておりますので、それについて考えなければならないと思います(笑)。

毎日毎日が、日々の課題をやりこなすことで精いっぱいです。それが自分にとっては、「ラ・マンチャの男」が描くところの「見果てぬ夢」なんでしょうね。

──夢というのはあくまで、今ある自分の延長線上にあり、自分でつくっていくものだということでしょうか。

白鸚:ただ夢見るだけのものでなく、ただ語り合うものではなく、夢とは、夢を実現しようとするその心意気だと思います。

(コロナ禍だった)この2年以上、毎日歌舞伎座に立って演技をしてまいりました。いつも「今日こそはいい舞台を…」と思いつつ、なかなか…。でも、それを申しますと、大先輩、先輩たちは、「まだお前は芸のうまい下手を言う段階ではない。お前は芸のとば口に立ったんだから、うまいとか下手とか、拍手をもらうことにかまけてちゃダメだぞ」とおっしゃいます。私にとって夢とは、大変シビアなものでございます。

この年になると、体も思うようには動かなくなりますし、叶わないことがいろいろあります。でもそれに負けないで、夢という言葉を口先だけで語っているんじゃなく、夢に向かってなんとかやり続ける。「あきらめないで、続ける」ということも、夢を追うことの一つだと思います。

そしてまずは、来年2月6日から28日のひと月間、「ラ・マンチャの男」日生劇場公演を、初日から千秋楽まで無事に務めたいと今は思っております。劇場でお待ちしておりますので、ぜひお越しください。

会見のラストに見せたお互いへの“思いやり”

会見では松が、「ファイナル公演終了後、父に挑戦してほしいことはあるか」との質問に、「(しいて言うなら)『ラ・マンチャの男』を続けてほしい(笑)」と冗談っぽく発し、笑いを誘う場面も。続けて、「(これ以上頑張ってほしいことは)ないです」と偉大なる俳優としての父を敬うと同時に、老親を思いやる娘の顔をのぞかせた。

今公演が、松本白鸚による「ラ・マンチャの男」のファイナル公演ということで、どことなく緊張感が漂う場内を、自ら茶目っ気たっぷりのトークで和ませた白鸚。

終盤で白鸚が、「たか子もお稽古に入ったら、厳しく、一生懸命やりましょう。一つよろしくお願いいたします」と頭を下げると、質疑応答の間、父と目を合わせることの少なかった松も、緊張がほどけた様子で微笑。会見後の写真撮影では、父と腕を組み、満面の笑みを見せた。

「ラ・マンチャの男」の上演の歴史は、昭和、平成、令和を駆け抜けた白鸚自身の遍歴の旅路そのもの。唯一無二の名優が、人生をかけて挑み続けた“見果てぬ夢”のフィナーレを、まずはしかと見届けたい。

ミュージカル「ラ・マンチャの男」は、2022年2月6日(日)より日生劇場にて上演。

最新情報は、ミュージカル「ラ・マンチャの男」公式サイトまで。

取材・文/浜野雪江

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