殴る蹴る、体毛を燃やす…凄惨な暴力・いじめ/防衛大学校の“伝統”はなぜ連鎖したのか? 日本テレビ(2019年) [ 調査報道アーカイブス No.70 ]

◆「殴られ、蹴られは当たり前。ゴミみたいな生活」

幹部自衛官を養成する防衛大学校(神奈川県横須賀市)で、上級生らが激しい暴行やいじめを繰り返していたー。その事実を余すことなく示したドキュメンタリー番組が日本テレビ制作の『防衛大学校の闇 連鎖した暴力…なぜ』である。番組は2019年4月、日本テレビ放送網の「NNNドキュメント’19」で放映された。主人公は福岡県出身のNさんだ。彼は「人を助ける仕事がしたい」と防大に進んだが、激しい暴力やいじめを受け、2年生の途中で退学。その後、自分に暴力を振るうなどした上級生ら8人、および、防大を設置した国の責任を問い、裁判を起こした。

番組はその裁判を軸にしながら、防衛大学校OBらへの取材も織り込み、暴力を温存してきた自衛隊の深部に迫っていく。それにしても、Nさんの受けた暴力といじめはすさまじい。言葉に尽くせぬほど凄惨だ。殴る蹴る、「死ね」「ゴミ」などの暴言、虫けら扱い……。そんなものは当たり前だった。番組の中で、防大OBは口々に言う。

「殴られ、蹴られは当たり前です。ゴミみたいな生活を強いられる」
「怒号がすごい。ガンガン言われて。異常な環境だと思います」

番組の1シーン(NNNドキュメントの公式Twitterから)

◆Nさんを襲った理不尽の数々

防衛大には約2千人の学生が在籍。卒業後は幹部として陸海空合わせて22万人余りの自衛隊組織を率いる。Nさんも4年間、寮で共同生活を送り、卒業後は幹部自衛官になるはずだった。それなのに、なぜ、中途退学してしまったのか。番組はNさんへの暴行やいじめの事実を余すことなく示していく。

(ナレーション) 入校直後、Nさんたち1年生は、同じ部屋の4年生Aからこんな命令を受けたという。
「全裸になって写真を撮れ」
「裸で腕立て伏せをしろ」
「知らない人と写真を100枚取ってこい」
4年生には逆らえず、従うしかなかったという。
さらに「粗相ポイント」という習わしが存在した。声が小さい、ホコリが落ちていたなど「粗相」とされる下級生のミスにポイントが加算されていく。ある程度貯まると、カップ麺を固いまま何個も食べる、ラー油をイッキ飲みするなど様々な司令が下されたという。その中でもAがよく出していた司令はー。
(Nさん)「20ポイントを超えたら風俗店に行くように言われました。風俗店で『性行為を撮影してこい』という司令を受けました」

他の1年生は従ったが、Nさんは司令を拒んだ。すると、Nさんは上級生に陰毛を燃やされる。アルコールをかけられ、火をつけられたのだ。燃え残った部分はカミソリで剃らされ、血が出たという。それによって3〜4ポイント減らされた。

番組の1シーン(NNNドキュメントの公式Twitterから)

◆掃除機で陰部を吸引、LINEの嫌がらせスタンプは10分間に724個

理不尽はそれだけではない。ささいなことで平手打ちされ、みぞおちを殴られ、蹴られる。ボクシング部の主将には、棒立ちの状態で殴られた。陰部を掃除機で吸引されたこともある。寮の部屋で私物をぐちゃぐちゃにされる「飛ばし」も受けた。暴力に耐えかねて学生相談室のカウンセラーを訪ねると、「湿布を塗ってがまんしとけ」で済まされてしまった。

休学して実家に戻ると、同期のLINE上でいやがらせのメッセージが届く。わら人形や嘔吐する図柄のスタンプが約10分間に724個。病院で「重度ストレス反応」と診断されたのも当然だった。抑うつ、対人不安、聴覚過敏、フラッシュバック、希死念慮……。自死を思いとどまったのが、不思議なほどだった。

◆1874人中33人が「体毛を燃やした」、144人が「やられた」

番組は後半、Nさんの弁護団が入手した防大の内部資料を元に展開していく。

Nさんの問題発覚後、実は防大は内部で学生1874人を対象にしたアンケートを実施していた。それによると、体毛を燃やすなどのいじめを行ったことがあると答えた学生が33人、やられたという学生が144人もいた。「見た」ことがあるは518人、「聞いた」ことがあるは670人。殴る蹴るに至っては、「見た」「聞いた」がそれぞれ700人余りもいた。Nさんのケースは特別な事例でも何でもなかったのである。

しかも、こうした暴力やいじめは「学生間指導」だとして長年、防大の内部で温存されていた。Nさんに訴えられた上級生らは法廷で「指導だった」と異口同音に語り、自分たちも下級生のときは同様に指導されたと明かしている。

裁判で国側(防大)は、Nさんに対する行為は学生の私的行為であり、予測不可能だったと主張した。しかし、学校側は暴力の実態を本当に知らなかったのか。実は2017年までの11年間、防大では「私的制裁」「暴力」を理由として164人もの学生が処分されている。被処分者の25%にも上り、その期間にはNさんの事件発覚後の数年間も含まれているのだ。この事実を見せられた視聴者は、自衛隊内に染み込んだ暴力の深い闇を知り、暗然とすることだろう。

防衛大学校の様子(防大のHPから)

◆脈々と受け継がれた暴力の連鎖 それを明らかにした番組

番組は大きな反響を呼び、放送後からネット上やSNSで「深夜ではなく、もっと早い時間帯に放送してほしかった」「多くの国民が知るべき実態」といった投稿が相次いだ。さらに、2019年度のギャラクシー賞(NPO法人・放送批評懇談会)の「選奨」を受賞。選評では次のように評された。

防衛大学校での暴力を訴えたひとりの元学生を追うと、そこには脈々と受け継がれてきた暴力の連鎖がありました。先輩たちもやってきたことと繰り返す学生たち。指導教官らは、暴力はないことになっているから、予測不可能だったと声を揃えます。これまで膿が出なかったのは、恐怖で支配され黙殺されていたから。事実を追うことに大いなる意義がありました。

番組の1シーン(NNNドキュメントの公式Twitterから)

番組制作に関わったディレクターの大島千佳氏はYouTubeチャンネル「防衛大学校の《暴力・いじめ》をなくすために」の中で、次のように記している。Nさんの裁判で一審判決が出た後の一文である。裁判所は加害者8人のうち7人に賠償命令を出したものの、国の責任は認めなかった。

私は、2015年にこの事件を知り、取材を続けて来ました。すると見えてきたのは、「学生間指導」という教育システムの欠陥。幹部自衛官を育成する防衛大学校では、リーダーシップを身につける目的で、<上級生が下級生を指導する>ことが認められています。

全寮制で共同生活を送る学生たち。

上意下達の精神に支配され、「学生間指導」という名の暴力・いじめが横行していたのです。裁判で証言した加害者は、それを「防衛大の伝統」と言いました。また、取材した複数名の防衛大OBや中退者は、その伝統は「波のように繰り返される」と言いました。

防衛大学校の組織の責任が問われないなんて、おかしいです。「自衛隊だからそれぐらいは当たり前」。そんな古い考え方、おかしいです。この連鎖を断ち切るために。防衛大が、自衛隊がより良い組織になるように。

裁判はその後、高裁へ進み、国が逆転敗訴した。国側は上告を断念し、判決は確定した。では、実態は改善されたのか。実は、先に紹介した防大生対象のアンケートでは、「暴力は許されない」と回答したのは1874人中、わずか12人しかいなかったのだが……。

番組は現在、動画配信サービス「Hulu」で視聴できる。

(フロントラインプレス・高田昌幸

■参考URL
Hulu『防衛大学校の闇 連鎖した暴力…なぜ』
日本テレビの公式HP 同番組
単行本『自衛隊の闇: 護衛艦「たちかぜ」いじめ自殺事件の真実を追って』(大島千佳著、NNNドキュメント取材班著)

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