ホンダ、30年ぶりの戴冠はうれしい。だが…

レース運営の問題があらわに

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レース後に健闘をたたえ合うフェルスタッペン(右)とハミルトン(C)Red Bull Content Pool

 プロテニスの一部試合で採用されている「チャレンジ制度」をご存じだろうか?

 ライン際に打たれたボールの判定を不服とする選手がビデオ判定を要求できるものだ。チャレンジが行われると、撮影された3D映像で確認することになる。試合を中継するテレビ番組でこのような場面に出くわしたことのある人も少なくないだろう。3D画像では球の落下点に加えて軌跡も分かるようになっている。ちなみに、選手は1セットにつき3回(タイブレーク突入すると1回追加)まで申し込むことが可能だ。

 このチャレンジ制度を技術面で支えているのが、現在はソニーの傘下にあるホークアイ・イノベーションズ社が開発したリアルタイム解析技術「ホークアイ」。試合会場に設置した10台以上のハイスピードカメラで撮影した映像からボールの軌跡を解析する。

 テニスの主要大会で初めて実施されたのは、2006年春のナスダック100オープン(現マイアミ・オープン)だった。同じ年の夏には四大大会の全米オープンで採用。その後、全豪オープンとウィンブルドン選手権も導入した。

 ビデオ判定の仕組みはサッカーやアイスホッケー、卓球など他競技にも拡大している。

 このような装置の導入を通じて判定の公正さは増した。加えて、競技運営面でも大きく進歩したことは間違いない。しかし、こうした審判補助システムには向き不向きがある。プレーを一度中断できる競技では圧倒的に優れているが、プレーを止められない競技においては、競技終了後にペナルティーを科すなどして結果を変更するよりほかない。そんな競技の代表格がモータースポーツだ。

 今シーズンのF1は近年にない盛り上がりを見せた。レッドブル・ホンダのマックス・フェルスタッペンとメルセデスのルイス・ハミルトンが、年間王者争いで大接戦を演じたからだ。

 最終戦となる第22戦アブダビ・グランプリ(GP)開幕前の時点で、両者が獲得したポイントはともに「369.5」。何と同点だった。勝利数ではフェルスタッペンが「9」に対しハミルトンは「8」なので、同点のまま終了すれば勝利数で上回るフェルスタッペンの初王者が決まる。

 そして、迎えた最終戦アブダビGP。緊迫した両者の関係はさまざまな臆測を呼び。「接触による決着の可能性」がまことしやかにささやかれていた。

 それもそうだろう。過去にさかのぼると、後味の悪い決着が何度も起きているからだ。1989年と90年の日本GPにおけるアイルトン・セナとアラン・プロスト。94年の最終戦オーストラリアGPではミハエル・シューマッハーとデイモン・ヒルが、97年にも最終戦ヨーロッパGPでシューマッハーとジャック・ヴィルヌーヴが接触して年間王者が決まっている。

 中でも97年はレース前に、危険な走行はしないようにと通達を出していた中での接触だった。これを受け、国際自動車連盟(FIA)はシューマッハーの全ポイントを☆(刈のメが緑の旧字体のツクリ)奪しドライバーズチャンピオンシップから除外(個人の記録や製造者部門のポイントは有効)する厳しい処分を行った。

 今回のアブダビGPでも、運営側は危険な走行したドライバーについてポイント☆(刈のメが緑の旧字体のツクリ)奪も有り得るとの警告を出した。そこには、何度も繰り返されてきた接触による決着を再現させてはならないという強い意志が感じられた。

 報道でご存じのように、結果は最期の1周でフェルスタッペンが劇的な逆転トップに立ち、初の年間王者に輝いた。そして、ホンダはF1最後のシーズンを91年のセナ以来30年ぶりとなる年間王者のタイトル獲得という有終の美で飾ってみせた。

 ところが、レース後にメルセデス側が抗議の声を上げる。レースでは、残り6周(53周目)の時点でウィリアムズのニコラス・ラティフィがクラッシュ。コース上のマシンを片付けるためにセーフティーカーが入った。結果、トップ独走状態にあったハミルトンはそれまでのリードを失ってしまった。一方のフェルスタッペンはソフトタイヤに交換するチャンスを得た。これが歴史に残る逆転劇を生んだ。

 メルセデスは、レース再開に際して運営側が見せた手順を問題視した。通常ならば(1)コースがクリーンになった段階で、周回遅れのマシンたちに追い越し指示が飛ぶ(2)追い抜いたマシンはコースを1周して再びセーフティーカーの後ろに付く(3)事故前の順位と同じ車列になる(4)次の周にセーフティーカーはピットに入り再スタート―となる。

 だが、アブダビGPでレースディレクターを務めたマイケル・マシは当初、周回遅れの全マシンに、そのままの車列で再スタートする指示を出した。残り周回数が少ないため、車列を整える余裕がないと判断したのだ。しかし、レッドブル側から抗議を受け、トップのハミルトンと2位のフェルスタッペンの間にいた周回遅れの5台にだけセーフティーカーを追い越す指示を出した。さらにセーフティーカーを次の周まで待たずにピットインさせた。このようなやり方はレギュレーションに記載がない。メルセデスはこのことを不当として抗議しているのだ。

 周回遅れのマシンは速やかに走行ラインを譲るルールがある。それゆえ、ハミルトンとフェルスタッペンの間に5台いたとしても、ハミルトンが勝利できたかは分からない。だからだろう。「その周でピットに入らず、セーフティーカー先導のまま終わるべきだった」、「赤旗中断にして残り数周のスプリントレースにすべきだった」…と、さまざまな意見が関係者から出ている。

 F1でもいわゆる“見える化”を進めている。例えば「F1インサイト」。これは人工知能(AI)によるデータ処理などを行う「アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)」と協力して、レース中のさまざまなデータを画像化する試みだ。今回のような場合は時間的にマシン排除が間に合わないから赤旗中断を推奨するなど、今後はホークアイのように審判補助システムとしての機能が高まることもあり得るだろう。

 とはいえ、次のことは忘れていけない。

 どんな競技であれ、やはり最期は人が決断を下す―だ。

 人が主体となるからこそ、ドラマが生まれる。2021年のF1シーズンは最高のドラマで締めくくられた。22年も多くのドラマを楽しめることを期待したい。(モータースポーツジャーナリスト・田口浩次)