コロナ禍の助成・給付金があぶりだした「モラル崩壊」 競馬界の不正疑惑、政治家と根底は同じ?

税理士からJRAの調教助手らに送付された案内文

 政党支部や政治団体が、新型コロナウイルス対策の助成金を受け取っていたことが12月に相次いで発覚した。いずれも返還を表明したが、「国民の誤解を招いたから」という政治家の説明には大きな違和感を抱いた。休業や時短営業の店など、本当に困っている人を助ける制度の対象に、政党支部が含まれるとは到底思えない。それなのに「悪いことはしていない」とでも言いたげな姿を見て、春先に取材した日本中央競馬会(JRA)の厩務員らによる持続化給付金の不正受給問題を思い起こした。共通するのは「モラルの崩壊」。パンデミックの中、制度の趣旨と関係なく公金を手に入れようとする行為がまかり通っている。(共同通信=野澤拓矢)

 ▽相次いだ逮捕者

 持続化給付金の支給が始まったのはコロナの第1波を迎えていた2020年5月。コロナ禍で売り上げが減った中小企業に最大200万円、個人事業主に最大100万円を支給する制度だった。

 手続きは簡略化され、原則オンライン申請に。確定申告書の控えなどの書類も、写真をアップロードするだけで済んだ。ただ、スピード重視で厳密なチェックを省いた結果、不正受給が相次ぎ、学生や主婦らも手を染めた。SNSなどで「誰でも受け取れる」といった勧誘を見かけた人も多いだろう。

 しかし、20年7月に山梨県警が不正受給した疑いで男子大学生を逮捕したことを皮切りに、全国で逮捕者が続出。すると給付金事業の窓口には「誤って受給してしまった」と返還を申し出る人が急増した。立件を恐れたのだろうことは容易に想像がつく。

 中小企業庁によると、支給された約424万件、計約5・5兆円のうち、約1万4千件の計150億円が自主返還された。返還申し出はさらに約6千件寄せられている。

JRA栗東トレーニングセンター

 競馬関係者の間でも不適切な受給が繰り返されていた。取材のきっかけは21年の年明け、競馬と無関係の取材で知り合った人が何げなく口にした一言だった。

 「JRAの厩務員が持続化給付金を受給しているんだけど、これって不正なんじゃないか」

 ▽二つの収入、満額給付のからくり

 競走馬の世話を担当する厩務員は、茨城県美浦村と滋賀県栗東市にあるトレーニングセンターで働いている。栗東市のトレセンに何度も通い、関係者から話を聞くうちに、1枚の案内文にたどり着いた。

 「原則全員が給付対象」「満額の可能性が高い」といった文言が並ぶこの案内文は、持続化給付金の申請を促していた。作成したのはある税理士が代表を務める法人。税理士は馬主でもあり、競馬界では良く知られた存在だった。誘いに乗った人々には次々と100万円が振り込まれ、税理士側は受給額の7~10%を「成功報酬」として受け取っていた。

案内文

 簡単に受給できた背景には、厩務員特有の事情がある。彼らの収入源は、雇用主である調教師からの給料以外にもう一つある。担当する馬がレースに勝つと配分される賞金の一部だ。「進上金」と呼ばれ、厩務員らはこれを個人事業主として得た「事業収入」として確定申告している。

 トレセンの関係者は「大きなレースに勝てば、進上金が数百万円に上ることもあるが、負ければゼロ」と明かす。浮き沈みが激しいため、持続化給付金の支給要件である「前年と比べ50%以上減収した月がある」をクリアできた。

 ▽調教師会、コロナの影響は「ほぼ皆無」

 厩務員がコロナ禍の影響で困っていたのであれば不適切と言い切れないが、20年にJRAが主催する中央競馬は中止されなかった。それどころか、レースの実施回数は過去最多だった。

 別のある税理士は、競馬関係の顧客から受給できるかどうかを尋ねられたという。「制度の趣旨から考えて、適正な受給ではない」。この税理士はそう言い切った。

 厩務員による不正受給のうわさは、やがて業界団体にも届いた。20年11月、日本調教師会は、厩務員の雇用主である調教師に通達を出している。内容は「新型コロナによる経済的な影響はほぼ皆無」として、誤って受給した場合は返還するよう求めるものだ。

 だが、受給状況の実態が調査されることはなかった。結果的にこの対応が傷口を広げたと言えるかもしれない。100万円を手にした人と、不正と考えて踏みとどまった人が混在する状況が続き、ネット上で問題を告発する人物も現れた。

取材に応じるJRAの幹部ら

 ▽「厳正な対応を指示」農相発言で急転

 21年2月、共同通信は「競馬関係者が不正受給か/賞金減とコロナ給付金」と報じた。記事中には「受給者は100人以上」との証言や「総額1億円以上になる可能性もある」と記載した。

 翌日に事態は急転する。衆院予算委員会で、野上浩太郎農相(当時)が「不正受給があれば返還させるなど、(JRAに)厳正な対応を取るよう指示した」と言及。JRAはようやく実態調査に乗り出した。

 3月に公表された調査結果では、厩務員だけでなく調教師や騎手ら160人以上が不適切に受給し、返還額は予定も含めて約1億8700万円分に上った。

 問題は他の公営競技にも飛び火した。ボートレース(競艇)では選手200人以上が受給していた。その一部はフライングなど、競技での違反による出場停止期間の減収を利用して受給していた。日本モーターボート競走会幹部らが出席した記者会見では、報道機関から「不正ではないのか」と質問が飛んだ。幹部は「理解不足が要因の、モラルに反する不適切な受給だった。故意の不正とは考えていない」と強調した。

 記者も競馬関係者を取材中、調教師に同じような質問をした。すると目をそらし、うつむくようにこう答えた。「これは詐欺じゃない。『自分寄りの甘い解釈をしたのはだめだったよ』という話だと考えてほしい」

 ▽「もらえるものなら…」

 持続化給付金の適正な給付かどうか疑問符がつく例はほかにもいろいろあっただろう。たとえば、もともと事業を縮小する予定だった事業者にとって、コロナは直接関係がないように思え、給付金の本来の対象者とは言えない。

 記者が20年夏、和歌山県のある街の小さな喫茶店に入ったときのこと。店主の高齢女性と常連らしい客の会話が聞こえてきた。店主は体力的な問題もあり、近く閉店する予定だったと話した上で「閉める前に100万円を受け取れて良かった」とあっけらかんと話していた。

 

大岡敏孝環境副大臣。代表を務める自民党支部が雇用調整助成金を受給

 この店主や上記の厩務員らと、政党支部や政治団体による助成金受給は、根っこの部分では違いがないように思える。誤解を恐れずに言えば、制度の趣旨に関係なく「もらえるならもらっておこう」と考えているのではないだろうか。

 ▽不適切受給の横行に覚えるうすら寒さ

 12月20日に成立した補正予算では、コロナ禍の影響を受けた中小企業や個人事業主を対象に、最大250万円を支給する「事業復活支援金」が盛り込まれた。給付の原資は私たちの税金であり、制度の趣旨とはずれた受給が横行すれば「税金の無駄遣い」となってしまう。

 こうした給付金や支援金はいうまでもなく、コロナ禍で深刻な影響を受けた人々に迅速に届けることで、なんとかダメージを軽減し、乗り切るのが趣旨だ。税金で集めたお金を一定の対象者に届ける各種の制度の根底には、助け合いの精神がある。その精神を忘れ、モラルが崩壊した社会にうすら寒さを覚えるのは記者だけだろうか。

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