昼はうどん屋…四国最後のストリップ劇場の葛藤 カメラマンは見た「コロナが変えた日常」(2)

「ニュー道後ミュージック」のステージで舞うかすみ玲さん(写真はすべて10月に松山市で撮影)

 共同通信の5人のカメラマンが、新型コロナの流行によって変わってしまった日常生活を描く連載企画の第2回。

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 風俗業に分類されるため、コロナ禍でも政府の持続化給付金が支給されなかったストリップ劇場。温泉街にある四国最後の劇場は、観光客が激減したことで入場者がゼロに。「精神が崩壊しそう」。追い詰められた経営者を支えたのは、「今は仕方ない」と出番を待ち続けた踊り子、「心ひかれる」と通い続ける常連、そしてクラウドファンディングで支援をしたまだ見ぬ客たちだった。(写真と文・共同通信=武隈周防)

 ▽異色の劇場

 怪談をテーマに演目を繰り広げる「怪談ストリップ」に、アーティストが踊り子の体にペイントをほどこす「裸体アート」、バンドとの競演―。

 四国最後のストリップ劇場「ニュー道後ミュージック」の木村晃一朗(きむら・こういちろう)社長(57)は、経営を引き継いだ16年前から、「他と同じものはいらん」と異色の興行を打ち出し、ファン層を広げてきた。

松山市の道後温泉にあるストリップ劇場「ニュー道後ミュージック」(中央)

 国の重要文化財「道後温泉本館」から徒歩約3分の、飲食店などが立ち並ぶ一角。木材で装飾が施された外観は、そこがカフェだと言われても納得しそうだ。年季が入った重い扉を開くと、劇場の中心にある円形のステージと、そこにつながる花道を座席がぐるりと囲む。女性客が増えたのを機にクラウドファンディング(以下CF)を募り、女性用トイレを新設。老朽化した外壁も修理した。

 その矢先、新型コロナウイルスが道後温泉にも影を落とし始めた。2020年2月から観光客はみるみる減り、感染拡大を受けて昨年4月と5月は休館。風俗業に分類されるストリップ劇場に、国の持続化給付金は支給されなかった。

 ▽つぶすわけにはいかん

 「今までもうかっていたならまだしも、ずっと赤字続きのところにコロナが上乗せですから。さすがにしんどいよね」。営業再開からひと月後の20年7月、取材に訪れた記者に木村さんはそう言って大きく息を吐いた。雨が激しく地面を打つ音が、建物の中にも響いていた。夕方の開演時刻が迫っていたが、客の姿はまだなかった。

「ニュー道後ミュージック」のステージ脇に置かれた椅子

 休業期間と重なる時期、CFに再び望みを託した。踊り子のギャラや劇場の維持費を捻出するためだ。SNS(会員制交流サイト)などで輪が広がり、261人から約520万円の寄付と応援の声が届いた。

 コロナが収まったら必ず行きます―。

 怪談ストリップぜひ見たいです―。

 「本当にありがたい。みんなきついはずなのに」。木村さんは感謝の言葉を繰り返すと、一転険しい表情を浮かべ、語気を強めた。「応援してくれる人がいる限り、つぶすわけにはいかんのですよ」

 検温と消毒を済ませた2人の客が席に着くと、予定時刻よりも少し遅れて公演が始まった。

 ▽崖っぷち

 残念なお知らせです。本日創業以来初めての入場者数0人を記録いたしました―。

 年明け間もない1月7日、木村さんはツイッター上で静かに悲鳴を上げた。松山市内の酒類を提供する飲食店に午後8時までの営業時間短縮が要請されると、ツイッターには明かりがともっていない近所の繁華街の写真が、続けざまに投稿されるようになる。

 「劇場の2階にある楽屋にいても、外を歩く人の足音がまったく聞こえなかった」。毎年60日間ほどニュー道後ミュージックに出演してきた、踊り子のかすみ玲さんが当時を振り返る。「普段は、どこの居酒屋が盛り上がってるって音で分かるんですけど、1月は何も音がしなかった。大半のお客さんが観光客だったから、今は仕方ないよね、って考えるようにしてました。続いたら、いやだけど…」

閑散とする温泉街

 観光地の温泉街にある劇場は「お客さんがストリップに興味を持つ入り口」だとかすみさんは言う。「旅先で入ってみたら面白くて、地元の劇場にも行くようになったという人は結構います」。使命感にも似た思いを抱きながら、踊り子たちは化粧をして衣装をまとい、空っぽの劇場の隅で出番を待ち続けた。

 客がまったく入らない日が珍しくなくなり、木村さんは劇場に行くのがつらくなり始めた。寄り道を繰り返してようやくたどり着く日々。同業者が閉館するというニュースも聞こえてきた。辞めよう、逃げようと何度も考えた。でも、「投げ出したら一生後悔する」と意地で踏みとどまった。思いをツイッターにはき出した。

 何とか踏ん張りたいとは思っていますが、正直崖っぷちです―。

 ▽新しいスタートライン

 3月、「ちょっと、しんどなった」と従業員に告げて、木村さんは3日間旅に出た。まとめて休むのは、劇場を引き継いでから初めてだった。高知県内の大自然に囲まれた場所で、海に潜って山に登り、地元の人の畑仕事を手伝った。

 日の出とともに目を覚まし、太陽を浴びながら深呼吸をして、日が暮れたら帰って寝る―。そんな時間の流れの中に身を置くと、長い間夜型の生活をしてきた自分が、浄化されていく気がした。「俺もよう頑張ってる。でも、一人でやってきたわけじゃないやないか」。客、踊り子、従業員、そしてCFで支援をしてくれた人たちのことが次々と頭に浮かんだ。「ここが、新しいスタートラインや」。劇場に戻りたいという思いが湧いてきた。

 10月、記者が道後温泉を再訪すると、劇場の入り口に「うどん 釜爺」と書かれた看板が掛かっていた。

「ニュー道後ミュージック」の外壁に掲げられた、うどん店の看板

 「4月からうどん屋も始めたんですよ」。厨房を兼ねた受付から出てきた木村さんが、声を弾ませる。「ストリップ劇場って、入りづらいと思う人もいるでしょ? だから、中に入るハードルを下げたくて。売り上げはぼちぼちですけど」。公演のない昼間は、うどん店として劇場内を開放しているという。

 実際、昼間にぶらりとうどんを食べに来た数人の若い観光客が、夜にストリップを見に来たこともある。「家族連れで食べに来て、小さい子どもがステージのポールで遊んで帰ったりね」。そう言って笑う木村さんは、つき物が落ちたようにさっぱりとした様子だった。

「ニュー道後ミュージック」の入り口に張り出されたポスターと看板

 ▽こんな場所も必要

 みこしがぶつかりあう勇壮な秋祭りがコロナ禍で2年連続の中止となり、道後の温泉街は閑散としていた。開演時刻、客席には常連客が一人。だが、時間がたつにつれて一人また一人と入場し、午後10時を迎える頃には15人ほどに。宿泊先の旅館の浴衣を着たカップルや、若い男性らが、間隔を空けながら座ってステージに見入っていた。

 「初めて来た人、何人いるかな?」。ステージからかすみさんが呼び掛けると、5人ほど手を挙げた。「わあ!いちげんさんがこんなに入るのは1年ぶり」。かすみさんの笑みがはじけた。

 背後からのライトに包まれながら体を反らす踊り子に、ひときわ大きな拍手を送っていた松山大教授の石川良子(いしかわ・りょうこ)さん(44)は、3年ほど前から通う常連客の一人。「社会の、いわゆるメインストリームではない人たちが活躍するこの劇場に、心ひかれます」。教え子を連れてきたこともあるという。「大学に行って、良い会社に入ることだけが正解じゃない。世の中はもっとカラフルだということを知ってもらいたい」。

 終演後、「また来ます」と手を振る客を、木村さんは笑顔で見送った。

「ニュー道後ミュージック」で提供されるうどん(手前)とステージ

 「ずっと、つぶさんように、つぶさんようにって、そればかり考えてきた。でも今は、どうしたらお客さんや踊り子、従業員が喜ぶかしか考えてないです。ここでは、格好付ける必要も、型にはまる必要もない。心を裸にして楽しめばいい。コロナでがんじがらめの時代に、こんな場所も必要だよね」

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カメラマンは見た「コロナが変えた日常」

第1回 https://nordot.app/845935608295309312?c=39546741839462401

第3回 https://nordot.app/846239116585828352?c=39546741839462401

第4回 https://nordot.app/846723885450706944?c=39546741839462401

第5回 https://nordot.app/846725469970137088?c=39546741839462401

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