“平均年収1500万”を蹴り鷹のアナリストに プロ野球の世界に飛び込む東大生の挑戦

ソフトバンクの球団統括本部GM付データ分析担当に就任する東大・齋藤周学生コーチ【写真:東大野球部提供】

東大野球部の学生コーチが、アナリストとしてソフトバンクと契約

異例の進路を選んだ東大生の視線に、曇りはない。今季まで東大野球部の学生コーチ兼アナリストを務めた齋藤周(さいとう・あまね)さんは、来年1月からソフトバンクのGM付データ分析担当として契約することが決まった。幼い頃から憧れたプロ野球の世界に“アナリスト”として挑戦する。

元々データを使った分析は得意ではなかった。小学5年で野球を始め、東大野球部には選手として入部。「1年生では新人戦でスタメン、2年生でも新人戦でキャプテンをしていたので、選手としてやっていけるかなという感覚はありました」。しかし、その後右肩の怪我もあり、2年夏に学生コーチに転身した。

転機が訪れたのは2年秋。東京六大学にトラックマンが導入され、各大学はリーグ戦でのデータを自由に閲覧できるようになった。

最初はエクセルも使ったことがなく、データに関する知識もほぼなかったが、当時連敗が続いていたチームをなんとか勝たせることができないかと考える中で、「せっかく学生コーチになったんだから、別の角度から野球を見てみよう」とデータ分析を始めた。

これまで計ることができなかった投手のボールの回転数、打球速度や角度、ぼんやりとしか理解できなかったことが可視化されることに面白さを感じ、気づけば分析にのめり込んでいた。書籍を読み漁り、部活動の傍ら、アプリ開発の会社など3社でインターンとして働き、それまで手動で行っていたデータ分析を自動で行うアプリを作ったりもした。

3年の頃から、Twitterや文章を投稿できるnoteを使って発信も始めた。「自分が高校時代にこういうことを知っていたらとか、大学でもこういう知識を知っていたら怪我しなかったんじゃないかな、という思いがあったんです」。最初はSNSは「見るだけ」だったが、東大の野球部員として学んだことを幅広く知ってもらいたいという思いから、データ班の考えや練習方法を積極的に発信。気づけばフォロワーは8000人となった。

学生コーチ兼アナリストとしてチームを支えた齋藤さん【写真:東大野球部提供】

大企業の内定を辞退しプロのアナリストの道へ、きっかけは4年ぶりの「勝利」

東大は5月23日の法大2回戦で、リーグ戦での連敗を「64」でストップさせた。4年間勝てなかったチームが掴んだ「勝利」という事実は、将来を考える上で大きな転機となった。

「もしかしたらこれは仕事にできるかもしれない」

試合を戦うのは選手。それでもアナリストとしてチームを勝たせることができたことに、大きな手応えを感じた。「自分がやってきたことは間違っていなかったと思えたので、それがきっかけとなりました」。

最後の秋季リーグ戦を控えた9月13日。Twitterで、平均年収1500万円以上とも言われる大企業の内定を辞退し、プロ野球のアナリストを目指すことを公表。21歳の決断に、5000を超える「いいね」がついた。「お金は特に気にならなかったです。僕はそんなに物欲が無いというのもあるんですけど……」と苦笑いしながら話す。

「与えるものより、貰うものが多い人生は嫌だったんです。貰ったものよりも、沢山与えていけたらいいなと思っていたので、そういう方向にいけそうな方を選びました」

試合中は井手峻監督(左)の横が定位置。監督とは戦術についてコミュニケーションを交わす【写真:小林靖】

「野球でもそうですけど、チャンスはそんなに多くない」

お金よりも、自分がやりたいことを選んだ。その時点で球団からアナリストとしてのオファーがあったわけではない。卒業を控える4年生が9月に“宙ぶらりん”の状態になったわけだが、不安はなかった。

「野球でもそうですけど、チャンスはそんなに多くない。本気でモノにしたいと思いました。SNSは就職活動のつもりで、これを球団の人の目に届けることが、自分のチャンスになるかなと思って」

なんとか球団関係者の目に留まってくれないかな……。淡い期待を胸に、発信により力を入れようと思っていた矢先だった。秋季リーグ戦期間中、ソフトバンクからアナリストとして働かないかと連絡を受けた。担当者がSNSを見てくれていたことがきっかけだった。

「是非お願いします、という感じでした」

将来的に起業したいという思いもあったことから、1人で会社を立ち上げ、業務委託契約を結ぶ形をとった。社名は下の名前「あまね」をもじって「アマテクノ」と名付けた。来年1月から1年間の契約で、「GM付データ分析担当」として選手のパフォーマンスアップや編成などに携わる予定だ。

東大のアナリストから、NPB球団のアナリストへ。組織は違えど“勝つため”という最終目標は同じ。会社としては、今後野球以外の社会問題にも取り組みたいという夢もあるという。「新庄監督を見ていても思うんですけど、『次どんなことをするんだろう』とワクワクさせる会社、人間でありたいなと思います」。貪欲な21歳の挑戦は、まだ始まったばかりだ。(上野明洸 / Akihiro Ueno)

© 株式会社Creative2