【客論】大和総研主席コンサルタント 林正浩 持続可能な畜産業へ模索を

 養殖サーモンのマーケティング戦略について、ある水産関連会社の役員と意見交換していた時のこと。その役員が興味深い話をしてくれました。「最近まで『養殖』といえば環境に優しい代名詞でした。天然物の乱獲を防げるからね。でも今はそう単純じゃない。ノルウェーでは沿岸が汚染区域にされてしまう。サーモンに付着するシーライスが海を汚すからね」

 いけす内の養殖ではどうしてもシーライス(寄生虫)の繁殖が早く、沿岸海域を汚染するらしいのです。対策を問うと、なかなか考えさせられる答え。「個体に付着したシーライスを温水で洗い流すか、UVを照射するかですが、両方ともサーモンにストレスを与えることになるのであまり望ましくありません」

 「サーモンがストレスを感じるというのも初耳ですが、じゃあどうすれば良いのですか」。前のめりにこう質問してみます。「今後は農作物と同じように『有機』がキーワードになるでしょうね。つまり、シーライスを食べてくれる微生物をいけすの中で飼うのです。でも『有機サーモン』といっても、コストを乗せるのは難しい」

 このノルウェーサーモンのような問題は畜産や養鶏、酪農などの業界で最近よく耳にします。止まり木のない狭いゲージの中での養鶏がグローバルレベルでは決して望ましいとはいえなくなってきていますし、酪農産業における搾乳では効率性よりも、乳牛のストレス軽減が最優先課題です。こうした一連の課題は「アニマルウェルフェア」という概念で理解され、「動物福祉」と訳されます。動物に対して人間が与える痛みや苦痛を抑制することで全ての飼育動物の「生活の質」を高めることを指し、SDGsの目標では12「つくる責任 つかう責任」にひも付けられます。特に欧州の畜産や酪農、養殖などの関連企業の最優先課題はこのアニマルウェルフェアであると言っても過言ではありません。

 「誰一人取り残さない」は何も人間だけの話ではないのです。全ての飼育動物に寄り添い、その健康的な生き方を支えることが私たちには求められているのです。また、「つくる責任 つかう責任」と飼育動物との関係では、牛やヤギなどの反すう動物の発するメタンなどの温室効果ガスも無視できません。地球上にいる約16億頭もの牛が排出するおならやげっぷが地球温暖化を加速させるといわれており、米国の大手酪農企業13社から排出される温室効果ガス(多くは牛由来のメタンガス)の合計は数基の火力発電所から排出される温室効果ガスに匹敵するとされています。

 牛1頭あたり160~320リットル。決して見過ごせるものではありません。世界の畜産や酪農業界では、飼料の中に海藻を混ぜ込んだり、牛用の特殊なマスクを開発したり、排出権取引を活用したりして反すう動物由来のメタンガスの減ガス効果を高める努力をしています。こうした動向に目を配り、畜産や酪農など関連業界のサスティナビリティーについても改めて深く考えてほしいと思います。

 はやし・まさひろ 1969年、新潟市生まれ。「笑顔の連鎖反応をつくる」をモットーに経営人材育成、中小企業支援などに携わる。東京都。

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