首相経験者もずらり 国税庁に不当介入した議員の実名/『徴税権力』が示す政治と国税の関係 元朝日新聞記者・落合博実氏(2006年) [ 調査報道アーカイブス No.73]

◆政界の大物、国税庁長官に「よろしく頼む」

長く国税庁を担当した朝日新聞記者の落合博実氏は、2003年に朝日新聞社を退社すると、翌年から満を持したように国税庁の内幕ものを週刊文春や文藝春秋で公表した。『機密内部資料「重要事案管理対象者名簿」初公開 国税庁徴税権力の内幕 狙われた有名人リスト』(週刊文春2004年2月26日号)、『徴税権力 小泉首相が暴力団関係企業の税務調査に介入!–決定的証拠公開!』(同2004年3月11日号)といった記事の数々。それまでほとんど報じられたことのない国税当局の内側にメスを入れた。

一連の雑誌記事を加筆し、1冊にまとめたのが『徴税権力 国税庁の研究』である。「金丸信摘発の舞台裏」「税の無法地帯」「国税対創価学会」といった章が並ぶ。出色は第2章の「介入する政治家」だろう。出所が分かれば、ネタ元は国家公務員法違反(秘密漏洩)に問われかねない。そんな極秘文書を元に次々と驚愕の事実が暴かれる。

不動産・ホテルなどを経営する「地産」グループの総帥・竹井博友氏のケースが出てくる。43億円もの申告漏れがありながら、国税は検察に脱税罪で告発もせず、竹井氏の修正申告を受け入れて済ませたのである。刑事告発の目安は「手口が悪質で、ごまかした所得額が1億円以上」。竹井氏のケースは、それを大きく超えていた。

これに関し、大物政治家から国税庁長官に電話があった事実を落合氏はつかんだ。電話があったのは、1990年12月11日夕方。長官が専用車に乗って会合に向かっていると、自動車電話が鳴った。相手は、元大蔵大臣(現・財務大臣)の渡辺美智雄代議士。自民党総裁を狙うほどの大物だ。

「竹井の件だが、本人に全部出して素直に申告しろと言っておいた。修正申告を出せたのでよろしく」

渡辺代議士は税理士出身で数字に強い。有力な大蔵族議員。長官が大蔵省の課長だった時は、大臣だった。その電話により、国税庁長官は査察案件にしないことを判断し、修正申告で終わらせたのである。渡辺元蔵相の「口利き」「圧力電話」については、落合氏が朝日新聞の記者時代に記事にしている。

渡辺元蔵相の口利きを報じる朝日新聞=1994年7月14日

◆国税への不当介入 竹下登氏、小泉純一郎氏ら総理経験者ずらり

国税への介入は渡辺代議士に限ったことではなかった。どんな政治家から、どんな内容の“圧力”があったのか。それを克明に記した「整理簿」という名の極秘資料に落合氏は接する。

「整理簿」はA4サイズで分厚い綴じ込みになっていた。タイトルは何の変哲もないが、これこそ政治家の介入を逐一記録した門外不出の内部文書だった。当時の国税庁幹部の話によると、新たな介入があった時の参考にする目的で、どの政治家が、いつ、どんな事案に介入してきたのか、それに対してどう対応したのかを記録しておく「整理簿」を作成するようになったという。

私が目にした「整理簿」には、大物政治家の名前がずらりと並んでいたのが印象的だった。竹下登、金丸信、宮沢喜一、三塚博、山崎拓、渡辺美智雄らのほかに、元首相の小泉純一郎の名も明記されていた。

小泉元首相は大蔵政務次官や衆院大蔵常任委員会委員長なども務め、一時期は大蔵省の有力な族議員として名を馳せていた。その関係からか、ゼネコンや地元・神奈川県の不動産業者などの関係で「口利き」していたのだという。その内容は第2章の「小泉元首相も介入の過去」「ゼネコンにも口利き」に詳しい。

国税庁と財務省。東京・霞が関の同じ建物に入っている

◆小泉氏の介入を記事にできなかった訳

ただ、朝日新聞時代の落合氏は小泉元首相の事案を記事にしていない。なぜだったのか。その理由を落合氏は同書の巻末で明かしている。評論家・立花隆氏との対談「解説にかえて」の中でのことだ。

立花 小泉さんの税務調査に圧力なんて、朝日新聞が書けば当然、一面トップでしょう。

落合 もちろんそうです。他にも、この本で紹介したことはリアルタイムで記事にしていれば一面トップになるネタが一杯あります。しかし、新聞で書くのは大変なんです(略)……ニュースソースを守るという制約の他に、新聞社の情けない内部事情もあります。

立花 日本の新聞は権力をチェックするというより、権力にすり寄って情報を得るという手法に慣れすぎていて、いざという時に何も書けない。

落合 朝日社内でも警察や検察、国税など権力機関の腐敗を追及する記事はまったく歓迎されません。こうしたスクープは社内で面倒を引き起こす雰囲気でしたし、評価は必ずしも高くならないのです。(1994年には渡辺代議士らによる不当介入を朝日新聞でキャンペーン報道できたが)私が出稿プランを出した段階では編集局幹部はいい顔をしませんでした。「国税や大蔵を怒らせないか? 大丈夫か?」の連発です。その昔、「大蔵省にカラ出張の疑い」という記事を出す時も、「大蔵の反応はどうだ」と編集幹部は心配顔でした。相手が警察や検察になるともっと露骨です。(中略)編集局幹部からストップがかかったことがありました。

国税庁はあくまでも徴税機関であり、「世直し機関ではない」と落合氏は言っている。当然、権力機関の一部であり、権力内部の力関係によって、右にも左にも動く。また国税庁は報道機関に対する税務調査の際、飲食の領収書などを徹底的に調査し、報道機関側の情報源を探ることもあるとも言われてきた。マスコミとのそんな攻防も『徴税権力』には描かれている。

この強大な権力とどう向き合えばいいのか。落合氏は新聞記者時代、「●●億円追徴」「脱税で●●を刑事告発へ」といった、国税庁側を正義と位置づけるかのような記事を書かなかったという。では、いまの国税担当記者らは、国税の何をどう報じようとしているのか。落合氏は、その問いも投げかけている。

(フロントラインプレス・高田昌幸)

■参考URL
文庫『徴税権力 国税庁の研究』(落合博実著)

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