対談:アジアの未来と言論NPOの挑戦 ~神保謙(慶應義塾大学教授)×工藤泰志(言論NPO代表)~

米中対立構造が深まる中、市民自身が米中共存や日本の針路のあり方を考えていけるような環境づくりに今後も取り組んでいく

 言論NPOが設立した20年前、まだ駆け出しの研究者だった神保謙氏(慶應義塾大学教授)には、当初から言論NPOの議論やマニフェスト評価に関わり続けていただきました。
 それから20年が経ち、17年間続く「東京-北京フォーラム」や日米中韓4カ国が参加する「アジア平和会議」、さらには政策評価等、言論NPOの活動に欠かせない存在となった神保氏と言論NPO代表の工藤泰志が、アジアの未来と、言論NPOの挑戦について対談を行いました。
 なお、今回の対談の司会は、共同通信編集委員兼論説委員の川北省吾氏が務めました。

川北省吾:本日、司会を務めさせていただきます共同通信の川北です。今日は工藤さん、神保先生よろしくお願いいたします。

 言論NPOが創設20周年を迎えられたということで、おめでとうございます。神保先生が言論NPOのホームページに「主要国との対話によって、言論の力を導き出し、民主主義や平和のために何をすべきかという行動を促した功績は、どのシンクタンクも達成し得なかったことです」という祝福のメッセージを寄せられていますけれども、その対話の具体例が2005年に始まった東京―北京フォーラムであり、その後に始まった日韓未来対話であり、日米対話だと思います。さらにその後、2020年にはアジア平和会議も発足したと。

 神保先生ご自身もこの間色々な活動に関わってこられたわけなんですけれども、その包括的な評価、それから、数あるシンクタンクの中で「このシンクタンクはここがすごい」といった言論NPOの特色について、個人的なエピソードなども交えながらお話しいただければと思います。

「言論」を置き去りにしなかった言論NPO

神保謙:20周年本当におめでとうございます。20年前、私は27歳でしたから駆け出しの研究者の頃で、確かに立ち上げの時に工藤さんとお会いしたんですよね。工藤さんが「若い研究者で使える人はいないか」と色んな人に声かけていた頃だったと思います。私も「興味ないか」と声をかけていただいたので、「言論NPOとは何やるところなのですか」と聞いたら、「新しい言論の場を作りたいんだよ。だから『言論NPO』なんだ」と返ってきました。

 世の中に月刊誌などいろいろな論壇がある中で、「言論」ということをキーワードにされたことに物凄い関心を持ったんですね。

 その後、私も幸いなことに徐々に専門性が確立して、ポジションを得てきた中で、20年間ずっと大事な局面で工藤さんに声をかけていただいて、言論NPOの活動に側面支援ができたということを本当に嬉しく思っているところです。

 それで何が言論NPOの成功の秘訣だったのか、いくつかポイントを挙げたいと思います。一つは、言論を置き去りにしない姿勢があることですね。例えば、マニフェストというのは下手をしたら「あれをやる。これをやる」というただの標語になってしまいます。だけど工藤さんは、マニフェストで何を実現するのか、ということをランク付けて評価する。さらに、それを本当に実現できたのか、事後的に実績評価もする。これは新聞なども時折やっていましたが、言論NPOはそれを継続的にやり続けた。公約や施政方針演説などで発言したことを置き去りにしない。選挙が終わったら有耶無耶にしたり、無責任に放置させたりしないという姿勢を確立したことによって、非常に政治に緊張感を生み出したと思うんですよね。私もよく評価を頼まれましたが、新幹線の中で書いたり本当に大変でした。それでも工藤さんと激論を戦わせながらやりました。「神保君、ちょっと自民党の評価高いんじゃないの」、「高い点を付けたらこれから落とせるんですよ」というようなやり取りを経ながらいろいろな基準ができたわけです。今で言えば、エビデンスベースのアプローチや、総務省がやっている政策評価指標など色々なものができてきましたけれども、民間でその重要性を気づかせたということが一番目の功績じゃないかと思うんですね。

 二つ目の功績は、川北さんがおっしゃられた通りですけれども、対話のメカニズムをいくつか立ち上げたということ、さらにその時に世論調査を大事にしたということだと思うんですね。世論調査というのは新聞あるいは調査機関など専門的な機関じゃないとなかなかできない。ノウハウも人手も必要だし、しかも調査の分析手法も専門スタッフと統計スタッフがいないとできないと思われていた。しかし、言論NPOはその困難を突破して、所謂言論人がどう考えているのか、探るために数百人のリストを各国に作り上げて、毎年毎年調査をしている。しかも、あの少ないスタッフやっているわけです。

 さらに、その結果を英語でも公表するわけですよね。例えば2012年から13年のように日中関係が急速に悪化したり、その逆に2017年から18年で突然中国側が許したかのように関係改善したという時に、その背景を読み解けるような世論調査結果を機動的に出していたのは世界の中でも言論NPOだけだと思うんですね。他のところはやるにしても非常にランダムで、しかも経年変化を見ることができないものばかりです。アメリカは国内でピューリサーチやロイターなどがいろいろやっていますけれども、日中関係でやっていたのは本当に世界の中で言論NPOだけです。これを10年以上続けたあたりから世界の研究者が日中関係について論考を書く時にはもう言論NPOのデータなしには書けない、というくらい確立したアセットになったと思います。例えば、米外交問題評議会のシーラ・スミス氏は日中関係の本を書きましたけれども、やはり調査結果を引用しまくりですよね。他にないからだと思うんですよ。このように日中の国民層、そして言論を司る層が一体何を考えているのかということを知る術を確立したということについても非常に大きな功績があると思います。

 三番目は運営そのものです。お金集めるとか人を集めるとかシンクタンクの運営というのはすごく大変だと思うんですよね。言論NPOも資金は潤沢ではないと思います。

 しかし、言論NPOのフォーラムに参加しているパネリストの中には、企業が講演に呼ぼうと思ったら何十万円も謝礼を支払わなければならないような人たちがたくさんいます。それなのに、その人たちはほとんど手弁当でやってくれている。それはなぜなのかというと、やはり言論NPOが本当の意味で不偏不党の立場から言論に取り組んでいることが大きいと思います。極右極左の運動家みたいな人はさすがにいないんですけれども、右左を問わずいろいろな人がいます。軍人から言論人から市民を大事にする人たちも含めてまさに言論のフォーラムをつくり上げていることがすごく重要だったと思います。

 なぜかと言えば55年体制的な発想の中では「あいつは右派だ、左派だ」と色づける人たちは多く、言論NPOだってそういうリスクはいくらでもあったわけです。普段から保守派のコミュニティにいる方々が言論NPOに参加するというのは、やはり工藤さんの民主主義に対するフェアな姿勢というものに共鳴しているからではないかと思います。こういう様々な立ち位置の参加者を巻き込んでいる点も、他のシンクタンクは達成し得なかった言論NPOならではの特色ではないかと思います。

川北:神保先生、ありがとうございます。言論NPOの長所、メリットを見事に抽出されたのではないかと思いますが、特に一番目のマニフェストなどを「置き去りにしない」というのは非常に重要な点かなと思います。先日、工藤さんとお話させていただいた時に、「何故、東洋経済新報社をお辞めになられたのか」と尋ねたところ「商業メディアは議論を出しっぱなしにしている。そのことによって世の中何も変わっていない。そこに対するもやもやした感じ、何とかしたいという憤り、そういうことで言論NPOを立ち上げた」というお答えでした。やはり、「置き去りにしない」ということに対する強い思いを胸に20年間活動なさってきたのでしょうか。

"置き去りにしない"姿勢は世界でも通用した

工藤泰志:神保さん、見事に言論NPOのことを語っていただいて本当に嬉しいです。20年前の僕は責任を感じていました。社会が変わらないといけないのに、その時々の議論や記事だけ書いて満足してしまう。この状況が続けば日本の将来はない、と。そこで僕は流れを変えないといけないと思い、言論NPOを設立しました。神保さんに初めて会った時のことも思い出しました。

 神保さんは世界を飛び回っていますが、僕たちがやっていることが国際的にどういう評価なのかということがわからない時期がありました。ただ、議論を置き去りにしない、真剣に課題と向き合う姿勢というものが世界に通用したことがありました。それは世界のシンクタンクのトップが集まって、自由や民主主義に関する声明文を出そうとした時のことです。それに署名しようとなった際に、「できない」と言ったトップが何人かいました。「シンクタンクというのは立ち位置を明らかにできないんだ。場合によっては法律でも禁止されている」とのことでした。しかし、僕は「自由とか民主主義を守るというのはシンクタンクの立ち位置として当然じゃないのか。我々の原点は何なのか」ということをすごく主張したわけです。日本には今まさに言論不況があって、市民の中で言論人が責任を果たさないといけないから言論NPOを立ち上げたことを、僕が尊敬する石橋湛山のことを交えながら言いました。そうしたらイタリアやイギリスのシンクタンクが「我々も設立したのはそういう理由だったんじゃないか。我々は一つの知識的なインフラとして、今まさにその存在意義を問われているんじゃないか」と言い出した。僕は促しただけで皆さんも元々気づいていたとは思うんですけど、「よしわかった」と賛同してくれた。各組織上のコンプライアンス上の問題はあるから、僕を議長にして僕のやっていることに署名するという形になりましたが、ともかくそれで「我々は自由と民主主義のために行動をする」という声明文が初めてできたのです。

 僕はその時、本当に嬉しかったんです。これは神保さんたちと昔やったこと、つまり日本の政策についてきちんと向かい合って評価しようという流れができた時と同じくらい嬉しかった。こういう現象が世界でも起こるのだなと思ったんです。ひょっとしたら、僕たちがやっていることはごく普通のことで、時代に対する責任というのは実は多くの言論人たちが薄々感じているのではないか。たまたま僕は20年前にそれを思い出して始めただけなのではないか、という気がしたわけですね。とにかく色んなことを議論することが大事だ、知識層の責任を果たそうという気持ちで始めたという初心を神保さんのお話を聞いて思い出しました。

川北:20年経った今、中国の台頭とそれに伴う地政学的な情勢の大きな変化に世界と日本が直面しています。バイデン政権は「中国を変革するつもりはない。異なる体制と共存していく」と繰り返し、現実的なアプローチに調整しているような感じがありますけれども、一方で新疆や香港などの人権問題、民主主義を巡る溝は全く埋まっていませんし、台湾を巡る緊張も続いている。

 こうした米中対立の中で、シンクタンクの役割、市民の役割、言論の役割とは何なのでしょうか。

米中対立構造が深まる中、国民が自らの運命を選び取るためのベースとなるのは「言論」

神保:直近の話でいうと、コロナの影響で政府間の対話は、大臣クラスであれば特例として対面で行われているんですけれども、その他はオンラインがメインになっています。やはり政策対話としての知識人、言論人同士の認識のすり合わせや、お互い何を考えているのかを確認するための場がここ2年間急速に衰えたと思うんですね。オンラインでの対話は何度もやっているんですけれども、一緒に食事をしたり、コーヒーブレイクをしたり、お互いの家族はどうなのかといった人間同士の話し合いや付き合いを通して相手を知るという場が著しく制限されています。ある程度、すでに関係が確立している人たちの間ではオンラインでも話せることは多いと思うのですけれども、例えば若手を育てるための交流の場では、面と向かって名刺交換をして一緒にテーブルに座ってなんぼ、という面があります。この育成機能みたいな形での対話というのが著しく制約されているということをどうやって乗り越えていくか、それでも頑張って工夫をして対話の松明を絶やさないということを努力していく必要があるだろう、と思います。

 当面は簡単に渡航が再開されるような状況にならない可能性があるとすると、まさに「ここ数年の空白があったが故に、お互いの認識のギャップが深まって、紛争や対立の芽が高まってしまいましたね」という歴史の流れにしないために言論NPOのみならず多くの機関が努力をしていく必要があります。「認識というのはギャップから生まれ得るものなのだ」ということを前提として、表面的な情報で相手のことを理解できたと思わず、お互い話をして、確認して、言い合いましょうという人間同士の認知の交流が、私はすごく大事だと思っています。そうじゃなければ授業なんてする必要ないし、「私の本を読んで私のツイッター見ろ」という話になる。そうじゃなくて「人間である以上、お互いの解釈には常に幅があるんだ。もしかしたら強硬な中国、強硬なアメリカにだって認識の幅があるかもしれない」というような仮説、人間に対する不完全仮説のようなものをもって話し合うという意識をこの時代においても続けなければならないと思います。

 二つ目に、コロナがあるにしろないにしろ、川北さんがおっしゃったように今の世界の最大の課題はアメリカと中国の対立構造の深まりだということです。全ての国がこの構図から逃れられない。米中が熾烈な競争をしながらも、世界が本当に分断するようなことにならないために、あるいは破滅的な戦争が起こったりすることがないようにするためにはどうしたらいいのかということを、シンクタンクや言論の場というのは常に考える必要があると思います。場合によっては国益に身を殉じて最終的にはどちらかにつかないといけないということもあるかもしれない。そのための覚悟も言論から生み出されるものだと思います。一番いけないのは「政府が何となく決めました」とか、「何となくこう決まりましたので従ってください。決まったことですから」みたいな形で国民の運命が委ねられることです。良かれ悪しかれ自分たちが選び取ったものという形での覚悟が何より重要だと思いますので、紛争を回避して協力を求めるにせよ、対立の中に身を委ねて自分の立場を選ぶにせよ、そのベースになるのは言論だということが重要になってきた局面だと思います。

国際協力に向けたアジェンダ設定と、米中対立下の日本の針路設定に向けた議論が必要

工藤:僕が考えるのはいつも二つのことなんですね。まず一つは、世界の問題を解決するためには協力しかないということです。パンデミックにしても気候変動にしても、中国にもアメリカにも脅威が及んでいるわけで、米中どちらかに与すればその脅威から逃れられるわけじゃないですよね。どんなことがあっても協力しかないのですよ。それだけではなく協力を進めるためのアジェンダ設定を誰かがやらないと駄目だということです。

 それから僕がもう一つ気にしていることは、米中の対立は台風のように我慢していればそのうち通り過ぎてくれるようなものではなくて、かなり長期化するのではないかということです。というのも、この対立構造の前提になったような世界の変化があるような気がするんですね。そうなってくると、当然その中で日本の基本的な立ち位置が問われてくる。しかし、米中どちらかについた上で、どうすれば日本がきちんと生き残れるというところまで設計して発言している人の話を僕は聞いたことないです。中国に対して非常に反発している人はいますが。ですから、立ち位置をどうすべきかはっきり議論しながら、日本はどうやって生き残っていくのかということを、もうそろそろ政府も含めた日本社会に提起して、合意を形成する局面に来ているんじゃないかと思います。そのためにはリスクを取ることになる人が出てくるし、初めに言い出した人は「何を言っているんだ」と叩かれるかもしれないから、囚人のジレンマで最後まで何も言わない人の方が圧倒的に多くなるかもしれない。それでも、誰かが勇気を出して、「日本の針路はこれしかないだろう」と問題提起をして、それについて議論をするという言論のプロセスが必要になると思います。そのプランニングは神保先生たちもいるからできると思うんですよ。

 今、言論NPOが目指したいのはこの二つなんですよ。答えは出せないかもしれないけどそのために言論のチャレンジをしてみたいと。その時に多くの人たちが願っていることは何なのか、それは可能なのかということも含めてきちんと検証しながらやっていく。少なくともその議論を開始しないといけない。単なる「どっちがどうだ」という議論ではもう駄目だということですね。その流れを作れるかどうかにかかっているし、少なくとも勇気ある一歩を踏み出そうと思っています。

川北:神保先生、今後の日本の役割についてはいかがでしょうか。

日本は米中の二兎を追い、共存させるための責任を果たすべき

神保:以前、川北さんにインタビューしていただいた際に、競争の中でも米中の共存を促進していくために日本が果たすべき役割はある、という風に申し上げたましたが、私の意見はそこから変わっていないです。

 何故ああいう発言をしたかのかというと、それは競争が激しくなると原則論を言う人が日本の中にたくさん出てくるからです。「そもそも日米同盟があるのだから、日本はもうアメリカを選択している。米中の二兎を追えると考えるのは甘い。それともアメリカと手を切って中国側に付くべきとでも言うのか」というようなことをおっしゃる人はたくさんいるわけですね。ちょっと言葉が汚いですけど、こういう議論は時間の無駄だと思うんですね。何故かと言うと、日本のリアリティはその双方に存在して、米中をどのように共存させていくのかという問いしかないと私は思っているんです。

 「日米同盟があるんだからアメリカ側に付くに決まっているだろう」というのは、それは台湾海峡で戦争になるような局面になれば中国を選ぶ余地はないし、その時はもう本当に生死をかけてアメリカと共に戦う運命にあると思います。それは十分に承知していますけど、そうではない局面における日本の姿というのは、やはりこの米中の共存を支えていくことしかない。だとすると、米中の二兎を追うしかない。そこでは、米中が共存している状態というのは一体どういう状態なのか、それに向けて何をすればいいのか、ということをやはり日本自身が提起していく責任があるのではないかと思っているわけです。

 日本にとっては、ルールに基づく安全保障や経済の秩序というものが必要でしょう。そうであれば例えば、アメリカが国内の事情でTPPみたいな自由貿易協定に参加しない、あるいはWTOのルールに関しても安全保障例外みたいなものを乱発する、アメリカの労働者にとっての公正な貿易交渉中心になってきた、というような時でも、やはり日本はグローバルで開かれた無差別な経済体制というのは戦後の世界のコンセンサスであると主張していく。資源のない日本はこの経済秩序に頼っていくしかない立場ですから、これを多くの国々とともに支えていくことが重要です。TPPをやり続けたり、あるいはRCEPとの接続を位置づけたりといったような外交を展開する基盤が実態としてはもう既にできていると思います。そして、アメリカに対しても中国に対してもものを言っていく。まさに共存の知恵みたいなものを自らの立ち位置から出していくというのはすごく大事になってくると思います。

 二つ目は、安全保障の話になります。私はよく論文にも書いているのですが、中国の台頭の速度というものが、アメリカが見ている速度と日本が見ている速度では少し秒針の速度が違うんじゃないか、と思っています。先程、工藤さんが対立は長期的に続くとおっしゃったように、アメリカはやはり長期的に見ている。まさに長期の覇権戦争、戦略的な競争関係と見ていますが、日本が見ている秒針は滅茶苦茶速い。2010年にGDPで日本は中国に抜かれましたけど、日本が停滞している間にその差は一気に大きくなってしまったし、防衛費も2005年は大体同じだったのに今は4倍ほどになり、さらに2030年には9倍くらいになってしまうわけです。中国の台頭のものすごい速度と、そこから起こる変化について、日本が見ているものとアメリカが見ているものというのは実は常に一緒というわけではないのだと思います。

 だとすると、秒針の変化に基づく秩序の変化というのは、実は日本の周りに存在する。ですから、その周辺の危機のマネージに対する責任も、日本自身が負うべきものは多くなっているわけです。つまり、日本がきちんと身の回りのものをマネージする、例えば日中間の危機管理というのは実は米中全体の秩序構築にとっても最も大事なことをやっているのだ、ということをアメリカも理解できるような形でやっていく。こういう形で秩序のあり方に関与し、努力していく中で米中を共存させるという日本自身の役割を過小評価するべきではないと私は考えています。

川北:今、神保さんから非常に重要な問題提起があったと思うんですけれども、これから平和を作っていく上で日本の役割と、推進していく上での言論NPOの役割というところで工藤さんはどういう決意をされていますか。

有識者層の議論づくりだけでなく、市民が「わからない」で終わらず、自分で考えていくための環境づくりに言論NPOはこれからも取り組んでいく

工藤:二つあって、一つは政府間外交というものに関してある意味で私は疑問があるんですね。さっき言ったように、例えばコロナ禍の中で日本をどうしていくのか、ということを提起できないんじゃないか、二国間的なものもマルチ的なものもない、ということをすごく感じています。。ですから、政府間外交を補強するためのものをもっと厚くしないといけないという問題意識があります。そのためには、有識者層、言論層が日本の将来を描き切るために様々な言説を出し、競争してそれが政府間の関係を支えていく、というような一つの大きな流れを作っていかないと駄目だと思っているんですね。私たち言論NPOはその大きな動きづくりのためにやっていこうと思っています。

 それから二つ目に、これは青臭い議論になるんですけど、いつも気になっているのはopen diplomacy と closed diplomacy の問題です。つまり、開かれた外交なのか閉じた外交なのか。ウッドロウ・ウィルソン大統領の時から始まっているのですが、今も同じですね。政治の中で、例えば選挙の時に「アジア外交の将来をこうしたい」と国民に訴えて真意を問うなんてことはほとんどありません。そもそも、外交のように非常に複雑で難しい問題を一般の中で議論されると何が何だかわからない状況になってしまうという面もあります。だから、外交の専門家にはやはり「自分たちのような専門的な人たちだけが外交をしないといけない」という思いがあると思います。

 これはある意味わからなくはないんだけど、言論NPOが20年間チャレンジしているのは実はそこなんですよ。私はもっとオープンに、つまり市民が自分たちで議論できるような力を身につけないと、日本の外交は本当に強くならないと思っているんですよ。

 ただ、それが本当にできるのか、私たちは今まさに問われています。日本のテレビニュースなどを見るとやはり安全保障の議論ばかりで皆不安を持っています。だけど、じゃあ日本はどうするのかという議論がないために多くの人たちは悩んでいるわけです。私は、市民は馬鹿じゃないと思っています。いろいろな課題について考えたいと思っているけどどう考えたらいいかわからない。だから、そこに関して知識層や言論人の責任がやっぱり20年前も今もあると思うんです。

 世論調査で、日本と中国の国民に「東アジアで目指すべき価値観は何か」と質問すると半数以上が「平和」と「協力発展」と答えています。それから日本人に対して「日中関係はなぜ重要なのか」を尋ねると、「アジアの平和と発展のためには日中の協力が不可欠だ」と回答する人が5割を超えている。つまり、多くの国民は平和を求めています。それからお互いが協力して発展できる関係を求めている。

 確かにそう願っているけれど、それを具体化するために多くの人がチャレンジする、それを国民に示すというサイクルが全くないことが私の中で疑問であるわけです。そういう環境をつくらないといけない。世論調査では、どの設問でも日本では「わからない」という回答が多い。日本人だけなんですよ。韓国人も中国人も「わからない」と回答する人は少ないです。こんな状況は良くないと思います。私はオープンディプロマシーができる環境づくりのために、言論の舞台をもっと活性化していく、それからもっと多くの人たちが考えるような問題提起をしていく、それを政治にぶつけるというサイクルをつくらないと、いずれどこかの局面で政治と一般の人たちが離れてしまい、よくわからないまま不安だけで間違った外交を選んでしまう危険性があると思っています。ですから、言論NPO20年目、政府間だけじゃなくて民間の役割も重要だということと、少なくとも市民が自分で考えるための環境づくりに取り組もうと考えています。

川北:今、お話を伺っていて1977年の福田ドクトリンをちょっと思い出しました。あの中の非常にコアなメッセージの一つに「心と心の関係をつくる」という有名なフレーズがあります。平和や国際協力を構築していく上では、政府間の専門家による外交交渉だけではなくて、やはりそういう熱い思い、心を込めて相手と向き合うということが非常に重要なのではないかと思います。神保先生もおっしゃったように、その「場」をいろいろな方々を巻き込んでつくってこられた言論NPOの20年ですが、今後もそういった活動を発展させ、市民に提供し、そして我々もそこに参加できることを期待しながら今回の対談を終わりにしたいと思います。

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