元技能実習生のベトナム人が経験した1年で3度の転職 カメラマンは見た「コロナが変えた日常」(4)

3度転職した経緯を振り返るグエン・ホアン・アインさん=11月、東京都内

 共同通信の5人のカメラマンが、新型コロナの流行によって変わってしまった日常生活を描く連載企画の第4回。

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 日本の労働力不足を背景に外国人労働者の受け入れが拡大される中、新型コロナ禍で職場を解雇され、転職を余儀なくされる外国人は少なくない。来日3年目のベトナム人元技能実習生グエン・ホアン・アインさん(26)もその1人だ。国の雇用維持制度で何とか働く機会を得たものの、この1年で3度も職場を移り、コロナ患者を受け入れる病院で清掃作業にも従事した。不安定な雇用環境で苦難を強いられるベトナム人の姿から、外国人労働者への支援の在り方を見つめた。(写真と文・共同通信=泊宗之)

 ▽1年ぶりの再会

 「どうしても、日本に残りたい」。11月、東京都内のビルの一角にあるベトナム料理店で、アインさんがぽつりと口にした。約1年ぶりの再会だった。明るく笑顔が印象的だった彼は、どこかおびえているようにも映る。話を聞くとコロナ下で3度、転職を繰り返したという。9月、ようやくたどり着いた先は、日本の企業ではなく都心にあるベトナム料理店。得意な料理を生かして「ずっと働きたい」と笑うが、その表情には陰りが見える。これまでの経緯を聞いてみると、外国人を取り巻く劣悪な雇用環境や、不十分な支援体制が浮かび上がる。

ベトナム料理店で働くアインさん。「ここで長く働きたい」=10月、東京都内

 ▽突然の解雇通告

 2019年7月、技能実習生として来日した。東京近郊のテーマパークの補修工事を手掛ける関東の建設会社で働き始めた。来日に伴い多額の費用がかかったが、母国の親が借金をして送り出してくれた。

 「頑張っているよ」。SNSを通じて毎日家族と会話し、両親もアインさんの仕事を喜んでいた。家計を支えたいと汗水流し、毎月少しずつ送金した。

 だが、コロナの感染拡大で状況は一変。テーマパークの休園決定後の20年4月、経営が悪化した会社から突然、解雇通告された。膨大な借金がまだ残る。「一体、この先どうすれば…」。路頭に迷う中、知人に紹介された在日ベトナム人を支援するNPO法人「日越ともいき支援会」(東京)に駆け込んだ。そこには、同じように職も住まいも失い、助けを求めるベトナム人たちが数十人いた。

 その頃、失業した実習生や帰国できない外国人に向け、国は雇用支援を始めていた。同NPOに寝泊まりしながら、すがる思いで職を探した。

食品加工の会社に出勤するアインさん。毎日夜勤だった=2020年9月、東京都内

 4カ月後の8月、コンビニ食材を作る食品加工会社が見つかった。従業員の7割が外国人で、夜勤を担える「即戦力」を期待していた。月収20万円は母国の約5倍。「少しでも稼ぎたい」と毎日夜勤を続けた。昼夜逆転の生活は決して楽ではなかったが、家族のためには仕方なかった。

 ▽疲労、不安、ストレス

 雇用支援によって技能実習生の立場から、一人の労働者として再出発したアインさん。だが、失職後の1年以内に、19年に創設された在留資格「特定技能」の試験に合格することが在留の条件だ。日本語の試験と技能試験に受からなければ、帰国するしかない。暇を見つけては勉強に励んだ。

夜勤前、日本語の勉強をするアインさん=2020年9月、東京都内

 家に帰るのはいつも朝日がすっかり昇る頃だった。会社へと向かう人波を逆走して家路を急ぎ、帰宅後はシャワーを浴びて昨晩の残り飯をかき込んだ。睡魔と闘いながら、使い込んだ日本語の教科書をめくる。寝落ちして目覚めると、出勤時間を過ぎてしまうこともしばしばだった。

 そんな生活を繰り返していると、体重は日に日に減り、気づいた頃には10キロも落ちていた。心身の疲労もたまり、衛生管理を怠るミスが続いてしまった今年1月、勤務態度を理由に職を失った。「全部、自分が悪い」。反省を口にするも「勉強時間をつくるのは本当に難しい。このまま日本に残れるのか、不安とストレスも大きかった」と心の内を明かす。

夜勤前の身支度をするアインさん。疲労とストレスで日に日に体重が落ちた=2020年9月、東京都内

 ▽コロナ患者が入院する病院で

 今年4月、今度はビル清掃会社に転職した。告げられた現場は、コロナの陽性患者を受け入れる関東の病院だった。変異株の猛威が全国的に広がり「第4波」が押し寄せた頃だ。「怖かった。でも、お金のためには仕方がなかった」

 アインさんによると当時、病院には数名の陽性患者が入院していた。ペンで「コロナ」と書かれた段ボールにゴミを収集。使い終わった点滴袋やティッシュ、注射器の針などを目撃した。感染の恐怖から「逃げ出したかった」が、送金を待つ親の顔が浮かび、踏みとどまった。

 ところが、働いてわずか2週間で、また解雇を言い渡された。「どうして…。また外国人だからか…」。悔しさがこみ上げた。

 なすすべがなくなったアインさんは、再び同NPOを頼った。相談を受けた吉水慈豊代表(52)は「使い捨てのような扱いは許さない」と憤った。外部の労働組合に相談、団体交渉で社の責任を追及した。話し合いはもつれ、都の労働委員会に救済を求めた。9月、ようやく和解し、社は外国人の受け入れ体制が未整備で一方的な解雇だったとして補償に応じた。

 社と交渉した組合担当者(52)は「差別的な対応ばかり目立った」と非難する。

 制度上、雇用支援の外国人が職場でトラブルがあった場合、企業が相談窓口となる。だが、立場の弱い外国人は支援団体や組合を頼るのが実態だ。同NPOには、在日ベトナム人から連日10件以上の相談が寄せられる。住居や食事の提供に加え、日本語学習や就職の支援までと幅広く支える。吉水代表は「問題が次々と起こり、終わりがない。NPOの活動にも限界があり、公的なサポートが必要」と訴える。

 ▽安心して働きたい

 出入国在留管理庁によると、コロナ下の失職などを理由に雇用維持制度を利用した外国人労働者は1万件を超える。約半数がアインさんと同じ技能実習出身だ。人手が欲しい業界からの需要は多く、今も増え続ける。一方、安価な労働力として扱われる懸念は拭えず、支援団体にはきょうもSOSが届く。

 11月、都内のベトナムレストラン。厨房で皿洗いをしながら、アインさんはもう一つの未来を想像していた。コロナがなければ、実習先で貯蓄し、日本語が上達していたかもしれない―。抱える借金は、来日前の2倍に膨れ上がり、故郷を遠くに感じるようになった。「お金がなく、何でもしようと頑張ったが疲れた。今は安心して働きたい。それだけです」

アインさんが使う日本語の学習帳=2020年9月、東京都内

 ▽技能高める支援を

 外国人労働者の雇用が安定しづらい背景を、国士舘大の鈴木江理子教授(移民政策)に聞いた。

 「特例で在留資格が与えられても、重要なのは雇用先の環境だ。外国人頼みの職場では、日本語を教えるなど人材を育てる余裕がないケースがほとんど。一定期間、仕事を休ませ集中して勉強させる、生活保障もセットで行うなどの公的支援が必要だ。市民団体などの民間任せは無責任だ」

 「労働者自身の日本語能力や技能を高めなければ、脆弱な立場は変わらない。『使い勝手のいい労働力』が増えれば、日本社会の安定的雇用を脅かすことにもつながる。本人や受け入れ企業に責任を押しつけても、問題は解決しない」

 「職種や期間が限定される実習生たちだけなく、就労に制限のない日系人であっても、コロナ禍で職を失っている。在留資格が安定していても、雇用と生活が安定するとは限らない。リーマン・ショックの時よりも改善したとはいえ、日系人の間接雇用比率はいまだ極めて高い。外国人に対する就職差別や雇用差別も、根深い問題である」

 「政府は、在留資格『特定技能2号』の対象産業分野を追加し、長期滞在が可能な外国人労働者を拡大する方針を示した。人口減少・労働力不足が深刻化している日本にとって、定住外国人が増えることは、地域社会にとっても、企業にとっても好ましいことだ。都合のいい労働力ではなく、共に社会を支える対等な住民として受け入れる制度づくりと環境整備が求められている」

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カメラマンは見た「コロナが変えた日常」

第1回 https://nordot.app/845935608295309312?c=39546741839462401

第2回 https://nordot.app/845949533199613952?c=39546741839462401

第3回 https://nordot.app/846239116585828352?c=39546741839462401

第5回 https://nordot.app/846725469970137088?c=39546741839462401

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