「脱安倍」鮮明に、「意外と政局巧者」岸田首相の深謀 アベノマスク廃棄指示、「10増10減」見直し否定…

By 内田恭司

臨時国会閉会を受け記者会見する岸田首相=21日午後、首相官邸

 「財政資金効率化の観点から、布製マスクの政府の在庫について、ご希望の方に配布し、有効活用を図った上で、年度内をめどに廃棄するよう指示をいたしました」。岸田文雄首相は21日、臨時国会後の記者会見で、新型コロナウイルス対策として安倍晋三元首相が配布した「アベノマスク」の在庫約8200万枚について、保管を続ければ税金の無駄遣いになるとして、来春までに全て処分する考えを明らかにした。

 会見を聞いて、少なからぬ人が驚きを感じたのではないか。首相が「脱安倍」を進めようとする姿勢を随所に見せたからだ。森友学園を巡る財務省決裁文書改ざんに関しては「私自身も真摯に向き合い、説明責任を果たすべく努力しなければならない」と改めて指摘し、安倍氏を当てこすった。耳目を引いたのは、衆院定数「10増10減」への見解だ。今回の区割り変更に対しては、安倍氏の地元・山口県で選挙区が1減になるなど、全国で影響が出るとして自民党内で異論が噴出している。しかし、首相は「審議会の勧告に基づく区割り改定法案を粛々と国会に提出するというのが現行法に基づく対応だ」と突き放したのだ。(共同通信=内田恭司)

 ▽安倍氏の「負の遺産」を有効利用

 なぜ岸田首相は、ここまで「脱安倍」を鮮明にしているのか。

 9月の自民党総裁選で首相は、決選投票で安倍氏が首相支持に回ったこともあって勝利したのは間違いない。だが、昨年9月の総裁選では、首相は安倍氏の支援を期待していたにもかかわらず、安倍氏が菅義偉前首相を推したことではしごを外され、惨敗を喫した。今年の総裁選でも、安倍氏は高市早苗政調会長を担いで「敵対」した。

山積みになって倉庫に保管されている布製の「アベノマスク」が入った段ボール箱=22日午前、東京近郊

 首相にしてみれば、そもそも配慮する義理などないのだ。だが、首相は安倍氏を不快にさせる必要もないのに、「安倍離れ」を見せつけるような言動を続けている。先の臨時国会で「桜を見る会」の在り方に「大いに反省すべき点があった」とし、自分の内閣では「開催しない」と言い切ったばかりでもある。

 首相の心情と狙いについて、岸田派のベテラン議員は「内閣支持率が上がるからと、ドライにやっている」と解説する。「世論調査を基にしている。森友でも桜でも、ほとんどが安倍氏に批判的だ。首相はその反対をやっているだけ」なのだという。

 来夏の参院選を見据え、世論の声をよく聞いた上で「脱安倍」を実践しているというわけだ。政権浮揚と求心力アップのために「安倍氏の『負の遺産』を有効利用している」とも言える。首相は「意外と政局巧者」という評の通りだ。

 ▽安保、改憲、皇位継承では配慮

 とはいえ首相は安倍氏と対立しているわけではない。安全保障分野では安倍氏の路線を継承し、日米同盟強化を最重要視。2021年度補正予算で防衛費を7700億円も計上し、年度予算の総額で国内総生産(GDP)比1%を超えた。安倍氏が進めようとした「敵基地攻撃能力」の保持については、来年度から具体的議論に入る。

陸上自衛隊の朝霞駐屯地で、戦車に試乗する岸田首相=11月27日午後(代表撮影)

 安倍氏の宿願である憲法改正についても、党の憲法改正推進本部を「実現本部」に改組して本気度を見せつけた。皇位継承問題では、政府の議論は女性・女系天皇には踏み込まずに「旧宮家の男系男子が養子として皇籍復帰する」方向で進んでいきそうだ。

 安保、改憲、皇位継承の3分野では安倍氏に配慮し、その意向に沿っているとも言える。だが、この点についても視点を変えると、違う岸田像が見えてくる。永田町では「自身のレガシーにしようとしている」と見る向きがもっぱらなのだ。

 改憲は国の形を変え、皇室典範改正は天皇制の形を変えることになる。いずれも岸田政権で実現すれば、歴史に名を残すのは間違いない。

 安保でも、単に安倍氏追随ではない姿が浮かんでくる。日米関係では安倍氏の影響力が今でも強い。首相としては、バイデン大統領と強固な信頼関係を築き、日米関係も自身で主導していきたいと考えるだろう。そのためには、米国が求める防衛力増強と抑止力向上を進めることが、在日米国大使館を振り向かせる一番の方策になる。

英グラスゴーでバイデン米大統領(右)と対面し、あいさつを交わす岸田首相=11月2日(内閣広報室提供)

 安倍氏が「台湾有事」を声高に叫び、中国が日本の保守層への警戒を強めるほど、首相にとっては有利な展開になるとも言える。「だからこそ対話が必要だ」と訴えやすくなるからだ。北京五輪開会式への自身の参加はないと明言したが、福田康夫元首相や二階俊博元幹事長が、事実上の特使として訪中することはあり得る。

 首相は、「親中派」とみなされて動きにくい林芳正外相に代わり、岸田派の長老格である金子原二郎農相に11月下旬、中国の孔鉉佑駐日大使と会談させた。元長崎県知事として独自のパイプを持ち、08年には当時の習近平国家副主席と会談している。

 さらに、二階派中堅議員によると、金子氏に続いて「福田、二階両氏もそろって孔氏と会談した」という。

 習国家主席は「新時代にふさわしい中日関係を構築する」との方針を示している。首相は、この方針の下で日本を「新中華秩序」に組み込もうとする中国と対峙すべく、バイデン氏と早急に対中戦略をすり合わせ、信頼関係を醸成したい考えだ。

 そうすれば外交・安保の分野でも安倍氏の出番はなくなってくる。

台湾のシンクタンクの招待を受け、オンラインで講演する安倍元首相=1日、台北(共同)

 ▽岸田首相の真価問われる2022年

 だが、岸田首相は狙い通りに「脱安倍」を図ることができるのか。今は先手のコロナ対策が評価されて高い内閣支持率を維持しているが、18歳以下への10万円給付では方針が二転三転し、国会で野党から追及を受けた。

 首相は得意の「聞く力」で「柔軟に対応した結果」とするが、この先も同じことが繰り返されるようだと、首相への信頼は低下し、政権基盤が揺らがないとも限らない。

 安倍氏も巻き返す。「ポスト岸田」を茂木敏充幹事長と見定め、「岸田・茂木ライン」にくさびを打とうとしているようだ。22日夜には東京都内の日本料理店で麻生太郎副総裁、茂木氏と会談し、3人の結束を確認した。いまや首相の相談相手になり、安倍氏とのすきま風も指摘される麻生氏への「注文」の意味合いもあっただろう。

自民党安倍派のパーティーで乾杯する安倍元首相(右から3人目)=6日午後、東京都内のホテル

 同じ日に別の日本料理店では、菅氏と石破茂元幹事長、二階氏側近の林幹雄前幹事長代理、武田良太前総務相、森山裕総務会長代行が会談し、やはり結束を確認した。5人がこのまま非主流派に甘んじ続けるわけはない。

 首相は来年1月からの通常国会を無事に乗り切り、夏の参院選で勝利することができるのか。首相の力量と真価がまさに問われる2022年となる。

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