小さな命を救え! CDRという壮大なチャレンジ 

不慮の交通事故で、2020年5月に亡くなった山下諄君=滋賀県。兄に抱きつく写真はジグソーパズルになって大切に保存されている(撮影:穐吉洋子)

◆「救えたはずの小さな命」をなぜ救えなかったのか?

フロントラインプレスのCDR取材班は、SlowNewsで『チャイルド・デス・レビュー 救えたはずの小さな命』の連載を2021年10月から続けています。この12月には、第2部の計4回分を公開しました。

チャイルド・デス・レビュー(CDR)は、「予防のための子ども死亡検証」を指し、防ぎ得る子どもの死を大人の知恵と工夫で防いでいこうという取り組みです。1970年代ごろから海外で行われていて、今、日本でも導入に向けたモデル事業が始まっています。

どうしたら防げる子どもの死を防ぐことができるのか。日本でCDR導入の課題になっているのは何か。連載では、CDRの実現を願う遺族や導入に向けて動いてきた関係者らの証言、データを基にその問いに答えようとしています。

第1部では、まず、子どもの死の現実を親の視点から描きました。子どもが突然亡くなってしまう。それだけでも想像に絶する経験ですが、彼らは死を起点として様々な苦悩を抱えます。子どもが亡くなったら、何が起こるのか。何を思うのか。その具体的な事例を踏まえて、取材班では取材を開始しました。

そして、CDRのモデル事業に手を挙げた7府県にも個別に取材し、彼らが直面した想定外の障壁を浮き彫りにしました。

滋賀医科大学・社会医学講座(法医学部門)の一杉正仁教授。CDRの導入に尽力している1人(撮影:穐吉洋子)

◆CDRの実現を阻む壁 「警察」と「死因究明」

第1部で見えてきたCDR導入の課題は、「警察」と「死因究明」の2つでした。警察の壁とは、捜査機関がCDRに情報を共有しないことです。例えば米国では、捜査情報をCDRに提供することは法律で決まっています。一方、日本では逆に法律の規定を根拠に、警察側が情報提供を行いません。死因究明の壁とは、そのシステムが先進諸国と比較して著しく劣っていることに拠るものです。子どもに限らず、日本では死因の究明が的確に行われていません。犯罪の見逃しも懸念されている実態があります。

この12月に公開した第2部は、どんな内容だったのか。1本目は、警察から「子どもさんは自殺した」と告げられた母親の話です。中学3年生だった息子が夜、突然いなくなりました。病院で再会できたものの、意識不明。翌日に死亡しました。警察は「自殺」と言いますが、母親は全く納得ができません。息子の顔に残された傷からも不審感を募らせます。母親は自らコツコツと調査を続け、ある結論に達しました。

2007年に起きた大相撲の暴行事件をご記憶でしょうか。時津風部屋の新弟子(当時17歳)が死亡した事件です。これも当初、事件性がないと判断されました。ところが、遺体の傷を見た新弟子の両親は、説明された経緯に納得できず、新潟大学に承諾解剖を依頼します。それによって初めて、暴行による多発外傷が死因だと判明しました。遺族が動かなければ、真実が明らかにならなかったケースです。

日本では、死因究明の不備が長年にわたって放置されてきました。正確な死因が分からないままで、的確な予防策を講じることができるでしょうか。子どもの死についても、それは同じです。

イメージ(撮影:穐吉洋子)

◆先進地・米国や豪州で医師らが見たものとは

第2部2本目の話題は、太平洋の向こう側、米国です。CDRの大きな特徴は、多機関で検証を行うことだと言われています。福祉、教育、医療、警察……組織の垣根を超え、多くの機関が「子どもの命を守れ」という1点で集結します。非常にデリケートな情報を扱うため、会議は当然、原則非公開です。

そんななか、米国のCDRに継続参加を許された日本人の医師がいました。小児科医の山岡祐衣さん。現在は、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科プロジェクト助教という立場です。彼女が先進地で見たCDRはどういうものだったのでしょうか。個別ケースは、どう扱われていたのでしょうか。会議の場の雰囲気も含めて伝えました。日本でのCDR導入に、実は一抹の不安を感じているという彼女の、米国の実状を踏まえた指摘は必読です。

3本目は、死因究明における「世界のベストプラクティス」を探求しました。舞台は豪州ビクトリア州。現地に根付いた「コロナ―制度」の物語です。豪州は日本と法体系が大きく異なっており、日本から見れば異次元ともいえる死因究明の仕組みを持っています。かの地で人が死んだら、何が行われるのか。徹底されているのは、死から学ぶ姿勢です。CDRすらもはや必要のない包括的なシステム。豪州で学んだ専門医の話も交えて紹介しました。

4本目は、法律がテーマです。日本のCDRにとって、効果的な法制度とは何か。これを探るための研究が、法学者によって進められています。カギとなるのは、訴訟に関する書類は公判前に公開してはならないとする刑事訴訟法47条。CDRを主管する厚生労働省の動きも含め、法学者の1人が法的な視点から現状と先行きを展望しました。「日本版CDR」は、進め方によっては導入自体がとん挫しかねない、微妙な事情をはらんでいることも見えてきました。

小児科の山岡祐衣医師。現在は、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科プロジェクト助教(撮影:益田美樹=オンライン)

それにしても、です。子どもの死に関する取材は、取材者としても本当につらい。遺族や医師たちと向き合うたび、なぜこんなにも悲しい出来事が起きたのか、なぜ繰り返されるのかと思わずにはいられません。「チャイルド・デス・レビュー」は、悲しい出来事を繰り返さないための壮大なチャレンジ。取材班メンバー(穐吉洋子、久保田徹、中垣内麻衣子、林和、益田美樹)はその現場に足を運び、現在は第3部を取材・執筆中です。

(フロントラインプレス・益田美樹)

■参考URL
『チャイルド・デス・レビュー 救えたはずの小さな命』(SlowNews)

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