米シカゴの環状線「ループ」にある電車を輝かせる“ダイヤモンド” 平面交差する線路「鉄道なにコレ!?」第27回

By 大塚 圭一郎(おおつか・けいいちろう)

シカゴ交通局(CTA)の電車「L」(写真はいずれも2021年7月30日、米イリノイ州シカゴで筆者が撮影)

 米国中西部イリノイ州の大都市・シカゴ中心部にある鉄道の環状線「ループ」は、大阪市中心部を走るJR西日本の大阪環状線のようにさまざまな系統の電車が乗り入れる。見どころが満載で観光客にも人気を集めており、その一つが日本では数カ所にしかない線路が平面交差する「ダイヤモンドクロッシング」だ。(共同通信=大塚圭一郎)

 【ダイヤモンドクロッシング】鉄道の線路が平面交差している箇所のこと。中央部がダイヤモンドの形(ひし形)をしており、線路同士が交差(クロッシング)しているためそう呼ばれる。英文字表記は「Diamond crossing」。鉄道の交差点に当たるため、列車の運用を制御するのが難しい面がある。日本には事例が少なく、伊予鉄道の電車「高浜線」と路面電車「市内電車」が松山市中心部の大手町駅で交差する箇所や、「とさでん交通」の路面電車の南北に走る桟橋線と、東西を結ぶ後免線・伊野線が交わる「はりまや橋停留所」(高知市)の付近などがある。

シカゴ交通局(CTA)の環状線名物のダイヤモンドクロッシング。木材が敷き詰められている

 ▽自己責任

 新型コロナウイルスワクチンを接種後の2021年夏の休暇で、全米鉄道旅客公社(アムトラック)の夜行列車を二つ乗り継いで米国の首都ワシントンから西海岸ワシントン州シアトルまで米大陸を横断した。列車を乗り継ぐのが中西部シカゴのユニオン駅で、ワシントンからの列車が約1時間45分遅れたものの、乗り換えるシアトル行きの列車の発車時刻までは3時間45分ある。

 そこで、駅構内にある待合室で大きな荷物を預け、観光することにした。待合室の入り口で「次の列車に乗るまで時間があるので荷物を預けたい」と受付の女性に伝えると、入り口から見て右側にある倉庫を指差しながら「あちらにどうぞ」と言われた。倉庫内には棚があり、自分で好きな場所に置き、取りに行くという完全なセルフサービスだ。多くの人が出入りするので盗難のリスクがあるが、荷物を預けた人の自己責任ということだろう。

 筆者は以前、メキシコで会った現地の新聞記者に「日本では落とし物や忘れ物をしても届けてくれる善意の発見者が多く、ある外国人からは『東京のタクシーで(ドイツの高級カメラ)ライカを忘れたものの手元に戻ってきた』と聞いた」と話したところ驚いた様子だった。その言葉が格言のように現地紙で紹介されてこちらも目を丸くしたのだが、英誌「エコノミスト」の2021年の世界の安全な都市ランキングで5位の東京といった日本の状況は世界では“非常識”と受け止められかねない。

 実際、筆者もニューヨーク支局に駐在中だった2016年6月に米西部ロサンゼルスのゲーム展示会「E3」の報道陣用の部屋で、人気ゲームシリーズ「ファイナルファンタジー」のデザインを施した手提げ袋を自分が使っていた座席に置いていたところ盗まれたことがある。

 そんな過去の教訓を踏まえれば、シカゴ・ユニオン駅の倉庫にも頼らないほうがいいのだろう。しかし、重い荷物を抱えながらでは思うように観光を楽しめない。貴重品は全て肌身離さず持ち歩くことにし、それ以外の荷物に名前と連絡先を記したタグを取り付けた上で倉庫内の棚に置いて預けることにした。

マーチャンダイズマーケット駅に停車するシカゴ交通局(CTA)のブラウン系統の電車

 ▽まるで歴史的建造物

 ユニオン駅から約10分歩いたところにシカゴ交通局(CTA)が運行する鉄道「L」の環状線のクインシー駅があった。環状線区間の全長は約2・9キロと大阪環状線(21・7キロ)の約8分の1しかなく、駅も九つだけだ。全線開業したのは1897年と1世紀を超える歴史を持つだけに、高架橋も駅もまるで歴史的建造物のような重厚感が漂う。

 クインシー駅の部分では、南北に延びるウェルズ通りの上に高架鉄道が敷設されている。プラットホームは線路を挟んで向かい合っている対面式で、階段を上って外回りの乗り場へ向かった。ダイヤモンドクロッシングはクインシー駅の北隣にあるワシントン通り・ウェルズ通り駅の先にあるため、外回りならばすぐに向かえるとこの時は直感した。

 自動券売機があり、初乗り区間の3ドルの切符を息子の分を含めて2枚買おうとして10ドル札を投入。しかし、紙幣を投入後に現金で支払う場合は釣り銭が出てこない仕組みなのに気付き、画面の取り消し表示を押した。

 すると、駅員の女性が近づいてきて「どの切符を買いたいのか?」と尋ねてきた。

 「3ドル区間の切符を2枚買いたいが、釣り銭が出ないので困っている」と言うと、駅員は壁の張り紙を指さしながら訴えた。「あれをご覧なさい。1日乗車券が今ならば5ドルで売っているのよ。1日券を買うからその10ドル札を渡しなさい」

 売っている商品にふさわしく、きっぷがいい駅員だ。確かに1日券ならば1回下車して再び乗れば元を取れるのでいいアイデアだと思い、1日券を2枚買ってもらった。駅員は息子に1日券を渡す際に「あなたはお父さんに5ドルの借金をしたわよ」とユーモアも忘れない。

 「ほら、今電車が来るから早く行きなさい」と自動改札機を早く通り抜けるようにせかされ、木が敷かれているホームに滑り込んできた電車に飛び乗った。ホームに出て来て無事に間に合ったのを確認してくれた駅員に、窓越しに手を振った。

 ▽誤算

 ちょうど入線した電車に乗り込めてラッキーだと思いきや、次の瞬間に誤算があったことに気付いた。もしも大阪環状線または東京の山手線の外回りならば時計回りのため、クインシー駅の北側にあるダイヤモンドクロッシングへと直行する。

 ところが、日本の鉄道と自動車が左側通行なのとは反対に、米国の鉄道と自動車は右側通行なのだ。つまり、乗った電車は環状線を反時計回りに進み、ダイヤモンドクロッシングを背に進んでしまったのだ。

 この電車はクインシー駅から六つ目のクラーク通り・レーク通り駅を過ぎた後、ようやくダイヤモンドクロッシングを通る。筆者は自動車のハンドルを握ることがほぼないこともあり、左側通行に慣れた日本仕込みの直感で遠回りをしてしまった…。

電車で環状線「ループ」の急な曲線を通る様子

 電車はステンレス製で、全長が約14・7メートルとJR在来線が一般的に約20メートルなのに比べてかなり短い。その理由は急カーブを曲がれるようにするためだ。環状線は前述のウェルズ通りに加え、バン・ビューレン、ワバシュ、レイクの各通りの上を走っている。これらの道路は交差点で直角に交わっており、線路も交差する通りへ移る際に急な曲線を描く。「L」の電車は、線路脇にある3本目のレールから電気を取り込む第三軌条方式だ。

 環状線の駅名は全て、その場所にある通りから名付けられている。ダイヤモンドクロッシングの直前にあるクラーク通り・レイク通り駅は、レイク通りの上を走っている区間でクラーク通りと交差している。

 ▽光沢はダイヤモンドのよう!?

 一方、「L」は電車の系統名を色で名付けており、環状線に乗り入れているのはブラウン、パープル、ピンク、オレンジ、グリーンの五つある。このうちグリーンは環状線を半周だけ走ってシカゴ西部と南部をつないでおり、他の4系統は1周してから元々来た方向へと戻っていく。

 私が乗っていたのはブラウンの電車で、クラーク通り・レイク通り駅を発車後に西へまっすぐ進んだ後、ダイヤモンドクロッシングの曲線を通って北へ進路を変えた。かつて訪れた「とさでん交通」の路面電車が通る高知市内のダイヤモンドクロッシングもよく似た形状だが、道路の交差点にある。これに対し、シカゴでは線路の下に敷いた枕木も、周辺に敷き詰めているのも木材だ。

ダイヤモンドクロッシングを通過するグリーン系統の電車。奥にピンク系統の電車も見える。右側にあるのが監視塔「タワー18」

 Lラインの信号保安システムは技術の進歩とともに改良されてきた。だが、さまざまな系統の電車が頻繁に行き交うダイヤモンドクロッシングの制御は複雑なだけに、線路脇にある監視塔「タワー18」が今も安全運行を支える縁の下の力持ちであり続けている。

 環状線の外に出て、シカゴ川を渡ってマーチャンダイズマート駅に着いた。ここは1930年に開業した商業ビル「マーチャンダイズマート」の最寄り駅だ。

 プラットホームの南側から眺めると、先に見えるワシントン・ウェルズ駅を出発して近づいてきたダイヤモンドクロッシングで右側に曲がって次のレイク駅へ向かう電車が目に入った。この運行はピンク系統の電車だ。次の電車は右手にあるレイク駅からそのまま左へ直進して環状線に入っていく。この運行はピンクか、グリーンのいずれかの系統で、電車側面の電光掲示を見るとグリーン系統なのが確認できた。

シカゴ川とマーチャンダイズマーケットの建物(右奥)

 このように五つの系統の電車が、ダイヤモンドクロッシングを入れ代わり立ち代わり通過していく。電車が曲がる際には銀色のステンレス製車体に日が当たって放つ光沢は、場所柄かダイヤモンドの輝きのように映った。

 そんな光景に見とれていると、他にも見落とせない名所があるのを思い出した。乗車するアムトラックの夜行列車の発車時刻を約2時間後に控え、次の目的地へ向かった―。

 ※「鉄道なにコレ!?」とは:鉄道と旅行が好きで、鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」の執筆者でもある筆者が、鉄道に関して「なにコレ!?」と驚いた体験や、意外に思われそうな話題をご紹介する連載。2019年8月に始まり、ほぼ月に1回お届けしています。ぜひご愛読ください!

© 一般社団法人共同通信社