テレビ東京とxRの経験豊富なチームが清水希容選手の演武演出。民放連が民間放送全国大会を開催

日本民間放送連盟(民放連)は2021年11月9日、70周年を記念した民間放送全国大会を、グランドプリンスホテル新高輪 国際館パミールで開催した。前日の設営と本番当日の様子をレポートしよう。

オープニング演出に空手・女子形の清水希容選手登場

民間放送全国大会(民放大会)は、その年の優秀な番組を日本民間放送連盟賞として表彰する式典だ。併せて民放連の会長あいさつも行われる。全国の民放関係者が集まるテレビやラジオ業界にとって年に一度の大きな行事である。ステージの美術や演出は一般の祭典と異なり凝った作りで、テレビ番組の特番のセットデザインそのものだった。

民放大会で特に話題になったのは、現実世界と仮想世界を融合させた空手・女子形の清水希容選手のオープニング演武演出だ。カメラの背景をすべてCGを背景にした今までにない視聴体験が大注目となっていた。今回は、会場ステージ上での見え方と配信映像との違いを比較しつつ、その部分をご覧いただきたい。

この民放大会は、毎年各局が持ち回りで担当しており、2021年はテレビ東京が大会式典を担当。この70周年記念にふさわしい演出を実現したのは、テレビ東京で総合演出を担当した福本俊二氏だ。今回テレビ東京は70周年記念を託され、会社として相当なプレッシャーがあったという。

「日本中の民放関係者が注目する式典で、観るのはコンテンツ制作のプロ集団。毎年各局が独自の趣向を凝らして演出している中で、70周年に相応しい新しい手法でインパクトを与える演出をしたい、と頭を捻りました」と話した。

今年の民放大会は、約200名限定の会場開催と放送業界関係者向けにオンライン配信によるリアルとオンラインの同時開催で行われた。福本氏は民放大会のオンライン配信を盛り上げる方法として思いついたのが、「xR」だ。以前、アメリカの人気テレビ番組の中でケイティ・ペリーが歌ったxRのような演出を民放大会でも取り入れることができないかと考えた。

「ケイティ・ペリーのライブを調べてみると、disguiseのソリューションで実現していたことがわかりました。そこでdisguise Japanの三寺さんに早速連絡をしました」と福本氏。

そんなテレビ東京の求めるxRに応えたのは、SOZO.incの藤澤豊一氏だ。藤澤氏はヒビノでdisguiseシステムのオペレーターとして、コンサートなどの演出経験歴20年のベテラン演出家だ。CG制作会社のシェフグラフィックス久保田哲也氏などのクリエイターとチームを組み、xR関係イベントの演出で活躍中だ。

最近ではバンダイの「TAMASHII NATION ONLINE 2021」オンラインイベントや、声優のライブコンサートのAR演出などにも関わっている。三寺氏の提案がきっかけで、コンテンツ制作はSOZO.inç、xRの機材とコントロールはヒビノに決定した。

演出担当の藤澤氏は、テレビ局とのコラボレーションは初めてで相当な重圧を感じていたが、作業が始まるとそんな心配は無用だったと振り返った。「テレビ東京の方たちと話を進めるにつれて、プロジェクトを成功させる強い気持ちと熱いパッションを強く感じました。そこにつられるように業者間の壁は取り払われ、仕上がった作品にもしっかりと反映されて行きました」と藤澤氏。

藤澤氏のチャレンジは有観客とライブ配信を同時開催や照明デザイナー藤谷氏と協調によるシーン演出もあり、「来場者はスクリーンでxR演出を楽しんだり、コンサートの様な会場全体の演出を楽しめる新しいエンターテインメント表現を実現できました」と語った。

福本氏が求めるイメージを藤澤氏が技術で具現化

具体的な作業工程を紹介しよう。テレビ東京には、xRのオープニング演出については、明確な演出プランが最初からあった。民間放送が始まって70周年、テレビが白黒放送からカラー放送に変わり、昭和1964年の東京オリンピックから2020東京オリンピックまでのテレビの歴史を空手の演武と一緒に振り返るというストーリー演出を求めた。

しかし藤澤氏は、テレビ東京の演出プランのままではxRでは表現できない点がいくつかあることに気づく。そこは「こういう見せかけ方のほうが映えます」とか「画が面白くなります」という効果的な見せ方を提案しつつ、口頭だけではどうしても伝わらない部分は久保田氏が実際に画を制作し、福本氏に提案する形で実現したという。

「私はヒビノ出身で、disguiseオペレーター経験があり、disguiseでできることはある程度理解しています。xRを効果的に見せる方法を常に取り入れてきました。その経験でテレビ東京さんに的確なアドバイスができたと思います」と藤澤氏。

特に今回のプロジェクトで藤澤氏が苦労した点は、清水希容選手の空手における演出だった。藤澤氏は久保田氏と一緒に音楽コンサートでの一部の演出としてARやxRを作ってきた経験があるが、演武の形はそれとは違う。その世界観をどう合わせていくかを、藤澤氏はあくまで福本氏をサポートする形でやり取りが行われた。

CG制作を担当した久保田氏は、演出で昭和の街と清水選手と連動する日本武道館の2つのCGシーンを制作。このデータはモデラーのクリエイターにお願いをして、昭和の街と日本武道館を新しく制作。その絵とCGアセットをUnreal Engineにレイアウト後、ライティングをしていく形で進行した。OP演出全体は演出の中にNotchの得意な表現があったために、フォトリアリスティックな背景が中心の前半はUnreal Engine、光のパーティクルがある後半はNotchと演出の内容に合わせて作業したとも明かした。

清水選手の呼吸に合わせて演武の演出を実現

xRの機材とコントロールについては、ヒビノが請け負った。

ヒビノで今回のシステムを統率したテクニカルディレクターの日野恵夢氏は、今回のプロジェクトで苦労した点として空手の演武が曲を使わないことを挙げた。これまでのxRの演出にはリードとなる曲があり、曲のきっかけで素材を作るのが一般的だった。しかし、演武はタイミングをとる曲がなく、清水選手の呼吸に合わせる必要があった。どのように合わせるかを社内で試行錯誤し、できるだけ長尺で作り、キーとなるところで叩き直すなど、いろいろ試行錯誤しながら行ったという。

また準備期間では、本番と同じLEDやカメラをヒビノ施設内に再現してテスト撮影を実施。そこに空手の清水選手の関係者やテレビ東京の方々が集まり事前のすり合わせを行い、当日の現場はスムーズに進められたことも明かした。

ステージまわりは、xRを演出する中央のステージに背面と地面にLEDを設置。一般的なテレビ番組クオリティのセットで、背面のスクリーンは自然になじむようにセットされていた。xRの結果はテレビ東京が用意した左右のスクリーンに映し出されるので、xRの演出は会場の来場者も楽しむことが可能になっていた。

ステージ背面のLEDは、ROE製ROE Black Onyx 2(BO2)で2.84mmピッチ。床面のLEDはBlack Marble 5(BM5)で5.77mmピッチの2面構成。床は正方形で6m×6m、壁はワイド6m×縦は3m。LEDはステージのセットの一部でもあるので、フラットな形で会場の来場者にも違和感がないように配慮も行われていた。

前日設営時のLED調整については、ヒビノのプロジェクトマネージャー、萩原文雄氏に聞いた。萩原氏は、システム面から照明、カメラまで全体の案内やコーディネーターを担当した。「今回のプロジェクトは相当なプレッシャーがありましたが、マネージングディレクターの弊社芋川からの多大なバックアップもあり、成功に導くことができました」と振り返った。

萩原氏によると、xRは合成するCGの色味とカメラで撮影する色味が合わないと世界観がくずれてしまう。CGの世界は青っぽいけれども、カメラは赤っぽことがないように一体感を実現しなければいけない。そこで奥のLEDパネルと手元のパネルでカメラで撮影した画が基準になるようにパネルの色の調整を行う。

LEDの色がオレンジの場合、カメラを通すことによって色温度が変化する。今回はリアルとライブの同時で行われるが、リアルの会場よりも配信を基準として、配信を映し出す両袖のモニターの画ができる限りきれいになるように調整をした。

カメラと照明のバランス調整も行う。白の空手着を飛ばさない、かつ表情の明るさも担保するように調整を行う。xR演出では基本フィックスで、それに合わせてCGの色を調整を行い、シーンが多数入れ変わるときでも中間の色味、中間の明るさに調整を行うという。

disguiseの方位空間や色のキャリブレーションに注目

最後にxRを支えるdisguiseのメディアサーバーについて紹介しよう。disguiseによると、メディアサーバーの特徴は設営時でも紹介したキャリブレーションにあるという。ライブイベントは時間的制約のある中で、3D空間やカラーのキャリブレーションを仕上げなければいけないのが一般的だ。例えば、ツアー中にセットアップしてもうすぐリハに入りたい中、disguiseは短時間にキャリブレーションを可能としているという。

xRは、演者にあてる照明によってカメラの状況も変わり、シーンごとにキャリブレーションをしっかりと行わなければいけない。しかし、そのキャリブレーションシステムが充実してないと時間がかかり、色が合わないなどに悩まされることがある。disguiseはそういうところのワークフローも含めて、仕組み作りが行われているのも大きな特徴としているという。

会場には、vx 4を3台、gx 2cを2台、レンダリングマシンのrx IIを4台導入。

現場では、disguiseブランドのEthernetスイッチ「fabric」も可動していた。NVIDIA Mellanox製SN2100のOEMで、disguiseに合わせた設定があらかじめ行われており、プラグアンドプレイが可能。ユーザーは特に悩むことなくSN2100を普通のスイッチのように使用可能になるという。

LEDプロセッサは、Bromptonの「Tessera SX40」を3台導入。2機が稼働機で1機は予備。壁側の解像度は1800×900、床側の解像度は1800×1800で、disguiseではどんな横長比の解像度でも対応可能としている。

取材を終えて

PRONEWS初のxRイベントレポートだったが、xRの設営現場で一番気になったのは色のキャリブレーション作業であった。作業は短時間で終了していて、この作業が短時間で終わるのはかなり魅力であると感じた。さらに、disguiseにはオートメーションで設定できる部分があり、そこからマニュアルで追い込んでいくことも可能とのことだ。disguiseのデモンストレーションをチェックする機会があれば、ぜひキャリブレーション機能にも注目をしてほしい。

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