「プロで稼ぐ方法をわかっとらん」智弁和歌山の名将が“最後の教え子”にかける期待

智弁和歌山・高嶋仁名誉監督【写真:荒川祐史】

智弁和歌山で指揮を執った高嶋氏が監督として送り出した最後のプロ野球選手

2021年シーズンに102試合出場し、10本塁打を放った広島・林晃汰内野手。プロ3年目での成績としてはブレークに値するものを残した。しかし、智弁和歌山時代の恩師・高嶋仁名誉監督は「プロで稼ぐ方法をわかっとらん」とプロの世界で長く生き抜く方法を伝授していた。叱咤と激励で期待される21歳を見守っていく。

数々の選手を見守ってきたその目から温かみが伝わってくる。教え子について語る時は特にそれを感じる。楽天入りの決まった西川遥輝外野手のことに続いて、聞いたのは広島・林のこと。出会いは林が和歌山・紀州ボーイズでプレーしていた中学生の頃になる。

フリー打撃はほとんどが本塁打性の当たり。しかも、場外へ飛んでいったという。

「見た瞬間に(進路は)大阪桐蔭だな、と思いました(笑)」。和歌山県内のトップクラスの選手は全国の強豪校に進学すると高嶋氏はいい、林もそれに値するレベルの選手だった。しかし、林は智弁和歌山の門を叩いた。和歌山で生まれ育ち、幼少期から“智弁”のユニホームに憧れていたのだ。

3年間、見守るようにグラウンドでともに過ごした。林は2018年のドラフト会議で広島から3位指名を受けた。38年間、智弁和歌山で指揮を執った高嶋氏が監督として送り出した最後のプロ野球選手。愛情はひとしおだ。

「まぁ、怒られへんのですよ。ニコッとするんです。だから怒りたいんやけど怒れないんですよ」

林は三兄弟の末っ子。周囲にも気を遣う。懸念点をあげるとするならば、とにかく「優しすぎる」。その優しい性格は、プレーにも出ることがあったという。

「例えば(打席で)ボールと思ったのを、ストライクとコールされた。何も言わない。エラーをしたときも、味方に『悪い、悪い』と言って、気を遣う。自分でそれを背負ってしまうんですよね」

この一面が、厳しいプロの世界に飛び込んだ時にどう出るのか、高嶋氏は不安だった。

広島・林晃汰【写真:荒川祐史】

電話口で叱責「そんな甘いものではない!」

そんな不安を知る由もない林は、2021年シーズン途中は打率が.373まで上がるなど、打撃は絶好調。小さくまとまるどころか、豪快なスイングを見せ続けた。しかし、調子の良さから、常に本塁打を狙うような打撃へ変化していく様子も高嶋氏は見逃していなかった。

「怒りましたよ、電話で。巨人戦の(相手投手が)菅野(智之)のときにね。『何、引っ張ってんねん』と。(プロは)そんな甘いものじゃないと。そんな話をしました」

2020年の4試合出場から大幅に出場機会を増やしたが、高嶋氏の目にはどのように映ったのだろうか。

「(打率が)2割9分になったら使ってくれると思うし、打率が下がらないようにしないといけないですね。例えば5打数0安打は4打数0安打に止めないと。4打数1安打だと(打率が落ちるスピードは)ゆっくりになりますよね。そういう意味で、プロで稼ぐ方法をわかっとらん」

林の持ち味はもちろん力の打撃。打撃成績を残さなければ、なかなか使ってもらうことはできない。高校時代は通算49本塁打を放ったスラッガーだが、プロの世界で戦うには打率がものを言う。

「3割近く打たないと代打になってしまう。大事なところで1本打つ、信頼されるようにならないとね。目指すは3割です。ヒットをちゃんと打てば印象に残るんです」

試合の後半は守備力のある選手が起用されるため、林の場合は打率を残してこそ生きる道が開ける。レギュラーを掴むかどうかの大事な一年。可愛い教え子だからこそ求めるものは大きくなる。

林は昨年11月、高嶋氏のもとへ挨拶に訪れ活躍を誓ったという。

「少し自信がついたんでしょう。ニコニコしていましたね。やっぱりね、(会うと)怒られへんのですよ」

約3時間に及ぶインタビューの中で、高嶋氏の表情が最も柔らかくなった瞬間だった。(市川いずみ / Izumi Ichikawa)

市川いずみ(いちかわ・いずみ) 京都府出身のフリーアナウンサー、関西大学卒。元山口朝日放送アナウンサー時代には高校野球の実況も担当し、最優秀新人賞を受賞。NHKワースポ×MLBの土日キャスター。学生時代はソフトボールで全国大会出場の経歴を持つ。

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