広島市に差別禁止条例、なぜ今必要? 市民ネットワーク結成で制定運動始まる

約150人が参加したネットワーク結成記念集会=2021年12月

 差別やハラスメントを禁止する条例を広島市に作ろうと、31の市民団体と78人が2021年12月、「『広島市差別のない人権尊重のまちづくり条例』制定を求めるネットワーク」を結成した。反差別で集った市民団体の連合体。冠した条例の名称は、ヘイトスピーチに初めて刑事罰を設けた川崎市条例と同じだ。なぜ今、広島に差別禁止条例が必要なのか。参加した多くの関係者に理由や意義を聞いた。(共同通信ヘイト問題取材班)

 ▽原爆ドーム前で差別デモ

 「世界に平和をアピールする広島だからこそ、差別禁止条例が必要だ」。ネットワーク結成前の21年11月16日、参加を予定している市民団体代表者らが広島市役所で記者会見を開き、結成する目的を説明した。ヘイトスピーチ解消法と部落差別解消推進法は、それぞれ自治体に対策を義務付けているのに「広島市はその義務を果たしていない」と訴えた。

ネットワーク結成を前に記者会見する市民団体代表者ら

 共同代表の1人に就任予定の広島YWCAの中谷悦子理事は「数年前、8月6日の平和記念式典の朝、原爆ドーム前で外国人排斥を叫ぶデモがあった」と広島に立法事実(法整備の根拠となる事例)があると強調した。

 このデモについては、差別を監視・抗議している市民団体「C.R.A.C.Setouchi」(クラック・セトウチ)が把握している。毎年8月6日に、ヘイトスピーチをしている団体が広島に来てデモ活動をしているという。

 2011年8月6日には、原爆ドーム付近で「反日左翼のご本尊・原爆ドームを解体するぞ」「核兵器のない未来よりも北朝鮮のない未来をつくるぞ」「血税にたかる被爆利権者は日本からたたき出せ」などと叫んだとの記録がある。事実であれば差別であるばかりでなく、被爆者をおとしめる発言。この団体は21年8月6日も広島市中心部で街宣した。

原爆ドーム近くでの街宣を監視し抗議する「C.R.A.C.Setouchi」のメンバー(手前)

 被爆者に対する差別は今はないと思われがちだが、実態は異なる。インターネット上では、プロ野球広島カープを「ケロイド球団」と書き込むなど、いまだに深刻な差別がある。

 記者会見では、同じく共同代表に就任予定のNPO法人「共生フォーラムひろしま」の李周鎬理事長が、メディアにも注文を付けた。20年、NHK広島放送局が原爆被害を伝えるために運用したツイッターの投稿で「在日コリアンへの差別を助長した」と指摘。「ネットや街頭で憎悪をあおる言動があり、社会を分断している。被害者救済を最優先に、ヘイトスピーチは違反だという条例が必要だ」と力を込めた。

 ▽「恐怖と苦痛の中で暮らす市民がいる」

 ネットワークが21年12月4日、広島市内のホールで開いた結成記念集会には約150人が参加した。外国人、障害者、ジェンダー、部落差別などの人権問題に取り組んできた市民団体や学者、弁護士らが集った。

条例制定の必要性を訴える師岡康子弁護士

 基調講演をしたのは差別問題に詳しい師岡康子弁護士(東京弁護士会)。冒頭で、東京や大阪などで過去にあったヘイトデモ、ヘイト街宣の動画を放映した。大音量で在日コリアンに対し「殺せ、殺せ」と叫ぶデモの様子に、多くの参加者は顔をしかめたり、耳をふさいだりして見入った。

 師岡氏は、16年制定のヘイトスピーチ解消法により、こうしたデモは少なくなったものの、今も外国人排斥をあおる街宣は繰り返されていると指摘。特にネット上のヘイトスピーチは日常的にあり、放置すれば「ここまで書いていいんだ」「こんなことを言われても仕方のない人たちなんだ」という差別意識が社会に浸透していくと強調した。

 それによって被害者はますます声を上げにくくなり、ルーツを隠して生きていく人も多くなると説明。「恐怖と苦痛の中で暮らしている市民たちがいる。差別はいじめと同じで、黙っていてもなくならないし、黙っているのは加担するのと同じこと。差別は駄目だと声を上げて条例を作ってほしい」と呼び掛けた。

 ▽技能実習生、部落差別、障害…差別実態を報告

 

広島発「技能実習生事件簿」を出版した広島文教大の岩下康子准教授

 集会では、ネットワーク加盟の各団体と個人が、広島の差別事例を報告した。「広島発『技能実習生事件簿』」(文芸社)の著書があり、外国人技能実習生を支援する広島文教大の岩下康子准教授は「実習生は私たちの生活を支えているが、見えない存在。まずは実情を知ることから始めよう」と話した。

 「共生フォーラムひろしま」の笹川俊春理事は、ネットの「Yahoo!知恵袋」などに「〇〇中学校の近くには牛の目玉が転がっている」など、被差別部落を特定しデマを流す書き込みがあると報告し、対策を求めた。

 障害者生活支援コミュニティー「together広島」の藤岡耕二代表は「障害者差別解消法ができても差別はたくさんある。条例をつくり、市民に浸透させたい」と訴えた。

 ▽「全ての差別は同じ構造」

 記者は後日、藤岡代表に取材し、この「たくさんある」という差別について質問した。脳性まひのため電動車いすで生活する藤岡代表には、言語障害もある。「いろいろあるが」とゆっくり語ってくれた。

取材に応じる「together広島」の藤岡耕二代表

 藤岡さんによると、JRの電車に乗る時は神経を使う。「乗り換え時間が20分以上ないと、駅員は切符を売ってくれない。乗換駅のエレベーターが故障したから元の駅まで戻ってくれと言われたこともある」。近所の映画館では車いす専用席が最前列にあり「首が痛くて見ていられず、少しでも場所を移動すると注意された」。先日の集会でさまざまな差別事例を聞き「全ての差別は構造が同じ」と感じたという。

 ▽核廃絶目指す広島だからこそ

川崎市から集会に参加した崔江以子さん

 集会には、川崎市で差別被害を受けながら闘っている在日コリアン3世の崔江以子さんも参加。崔さんは、朝鮮学校の女子生徒たちが民族衣装チマ・チョゴリの制服で通学をしていないことに触れ「子どもたちは毎朝、チョゴリを着て学校に行けないという自分を見つめている。着ていたら殺されるかもしれないからという自己防衛だ。親も教師も毎日、その現実を見つめている」と語った。差別が現実にあるのだから、差別のない街にするために条例制定が急務だと訴えた。

 集会では最後に「恒久平和と核兵器廃絶を目指す広島市は、暴力や差別、抑圧のないまちづくりを進めなくてはならない」とのアピール文を採択して終了した。

 ▽ネットワーク「機は熟した」、市議「機運ない」

ネットワークが作成したリーフレット

 問題は、条例制定に実現性があるかどうかだ。広島に立法事実があり、ネットワークができて市民が盛り上がっても、実際に条例を作るとなれば、動くのは市と市議会だ。

 集会に参加していた公明党の碓氷芳雄市議は「現時点で、条例制定の機運の高まりはない」と言い切った。ただ、今後の展望については「ジェンダーやLGBT、障害者への差別問題もあり、住みやすい広島市をつくるために市が姿勢を示すことが大事だ。賛同者を増やして何らかの形にできれば」と語った。

 ネットワークも市や議会への働き掛けに動いている。集会後の14日、共同代表のうち4人がアピール文を携えて市の担当課と市議会の全8会派を回り、結成を報告して今後の協力を求めた。 

差別禁止条例制定を求める市民ネットワークの結成を報告する土井桂子共同代表(右)

 その後に開いた記者会見。土井桂子共同代表は「ヘイトスピーチ解消法、障害者差別解消法、部落差別解消推進法ができ、女性差別や性指向による差別にも目が向けられる社会になった。機は熟した。国際平和文化都市を掲げる広島にふさわしい条例を作るため、市民の関心を高めたい」と意気込みを語った。

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