対馬・神崎半島山歩きツアー 目の前に広がる大海原 難コース 飲むと出世「黄金の泉」も

対馬最南端から望む大海原。下方に見えるのが神埼灯台=対馬市、神崎半島

 南北に約82キロ。国内離島の中でも屈指の面積を誇る対馬は、豊かな自然に恵まれ、山登りが人気だ。中でも最南端の神崎(こうざき)半島では、大海原の絶景とユニークな伝承を同時に楽しめる山歩きコースがあるという。記者も参加してみた。

■ごつごつした岩

 昨年12月18日午前。対馬市厳原町浅藻地区の山道前に小学生から70代までの男女30人弱が集まった。半島の端にある神埼(こうさき)灯台まで片道約5キロのコース。ツアーを企画した地元郷土史家の小松津代志さん(73)を先頭に一行は出発した。
 木々に結び付けられたリボンやロープを目印に、シイやカシなどがそびえる原生林の山道を進む。ひんやりとした空気が清らかに感じられて気持ち良く、思わず背伸びしたくなった。

足場が悪く、すぐ下に崖と海が広がる山道を歩く参加者たち=対馬市、神崎半島

 先へ進むほどに足場にはごつごつとした岩が増えてきた。真っ逆さまに転げ落ちそうな崖や、はうようにして登らなければならない急斜面が続く。アップダウンの繰り返し。恐怖で鼓動が早くなる。

■“命懸けの行軍”

 出発から2時間。和気あいあいだった雰囲気はどこかへ去り、“命懸けの行軍”といった様相を呈してきた。気力と体力が限界を迎えつつある中、突然、数メートルはある巨石が目の前に現れた。石の下に湧き水がたまり、泉になっている。知る人ぞ知る「黄金の泉」だ。
 近くの神埼灯台に常駐していた灯台職員の生活用水として1900年につくられたものらしい。水を飲んだ人が選挙で当選したり、会社で昇進したり、事業を成功させたりしたことから、別名「出世の水」とも呼ばれるようになった。

「黄金の泉」について説明する小松さん。泉の水は「直接飲んでは駄目。必ず沸かして飲むように」とのこと=対馬市、神崎半島

 小松さんはこれまで、延べ150人以上をこの場所に案内。栄転、ビジネスの成功、高校受験合格…さまざまな「吉報」が届けられた。「難コースに挑み、逃げずに、汗をかき、そして水を飲むという努力ができるから、おのずと出世していくのではないか」と小松さん。記者にも御利益はあるだろうか。

■触れた島の魅力

 10分ほど歩くと、ゴールの神埼灯台に到着。灯台は無人だが今も現役。職員の住居跡や、日清・日露戦争で使われた旧海軍望楼跡などの遺構もあり、国境離島の歴史の一端に触れることができる。
 高台から絶景を望む。大海原が広がり、船舶が行き交う。約20年前から案内を続ける小松さんは「歩き終えたときの達成感があるからやめられない」と言う。ちなみに、灯台職員の子どもたちはふもとにある学校まで、毎日険しい山道を歩いて通っていたとか。島の魅力にまた一つ触れることができた充実感を味わいながら、いま一度自分を奮い立たせ、帰路に就いた。


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