韓国紙「インドネシアに建つ韓国人徴用者追悼碑、日本のロビーで名称変更」「異国で殺され呪われた」

インドネシアに建つ韓国人強制徴用犠牲者の追悼碑が、日本領事館のロビーによって、その建立などがかつて妨げられたと韓国紙が報じている。

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オーマイニュースは10日、『日本のロビーで名前がおかしく変えられた塔』というタイトル記事を掲載した。

同紙は、インドネシア第2都市であるスラバヤにある「タマンコリア」(Taman Korea、韓国公園)には韓国人強制徴用犠牲者を追悼する塔があるとし、「2010年に建てられたこの塔を補修する工事が仕上げ段階にある」としつつ、塔の名称が「平和祈願の塔」であることを挙げ、「《徴用》という文字を入ることができず、《追悼》という文字も同様(に入れられない)」と指摘した。

同紙は「代わりに《平和》と《祈願》(という文字)が入った」とし、これは「建立当時に、日本領事館が最初は塔が建立されるのを防げ、後には《強制徴用犠牲者追悼塔》になることを防ぎ、現地住民と官庁を相手に圧迫的なロビーを繰り広げた結果だ」と報じた。

同紙は、この塔が、太平洋戦争時に日本軍が運営する捕虜収容所の監視員として送られた当時の朝鮮人軍人らのためのものであり、「連合国捕虜を監視する役割が彼らの役割だった」と伝えた。

インドネシア「タマンコリア」にある「平和祈願の塔」/東部ジャワ韓人会

当時、インドネシアには米英豪軍など9万3千人余りの捕虜が収容され、「短期間で大規模に発生した捕虜を管理する目的で日本軍が考案したのが韓国人と台湾人を捕虜監視員として徴発することだった」とし、1942年6月12日から15日の間に実際には自発的応募や強制動員などの方法で集められた3223人に達する青年たちが派遣されたという。

同紙は「軍需工場や炭鉱に惹かれた韓国人たちは、日本の敗北の後に被害者の身分を持つことになった。反面、外見上日本軍と変わらない捕虜監視員は日本軍と一束に分類され、《加害者》と規定される大変な立場に追い込まれた」と説明している。また、彼らが連合軍軍の爆撃でほとんど死亡し、一部は日本兵として処刑された。同紙は「連合軍の爆撃を受けて犠牲になった被害者たちの運命も悔しいが、生き残って日本人との誤解を受けた被害者たちも同様だった」「彼らには戦犯というレッテルがつくことになった」と指摘している。

一部の兵士はそのままインドネシアに残り、その後、「無国籍者」として生きたという。

オーマイニュースは「捕虜監視員となってインドネシアなどに連れてこられた韓国人たちは、軍需工場や鉱山に引きずられた韓国人たちとは全く違う方法で帝国主義の弾圧と抑圧を経験した」「そのうち相当数は、故国の保護を受けていないまま、遠い異国地で殺されたり、呪われたりした」と伝えた。

続けて「そんな彼らを記念し、2010年に建てたのがタマンコリアの塔だ。韓国人強制徴用被害者たちの切ない事情が込められたその塔が日本政府のロビーによって《平和祈願の塔》という名前で建っているいる」とし、「被害者の切実な事情が明らかにならないように、日本政府がロビーを行った結果だ」と伝えた上で、韓国政府に対応を促している。

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