映画『アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド』- 人間とアンドロイドが行き着く未来──「あなたの選択は? これからの人生、あなたはどう生きる?」と問いかける傑作ラブロマンス

昨年のベルリン国際映画祭でいくつもの賞を受賞した『アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド』。監督のマリア・シュラーダーは脚本家でもあり女優でもある。『アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド』はSF的設定の物語を自身と同世代の女性を主人公に、リアリティある物語に仕上げた。

ベルリンの博物館で古代文字の研究に没頭するアルマ。研究が生き甲斐で他のことは興味ないのに上司に研究資金を出すからと、ある企業のある実験に参加してくれと頼まれる。実験とは、人間型ロボットはどこまで人間になれるかっていうもの。ドイツ人の多くの女性のデータとアルマのデータをインプットしたハンサムなアンドロイド、トム。トムはアルマの理想の伴侶となるよう製造された。実験の期間は3週間。さて2人の恋の行方は? こう書くとラブコメだと思うだろう。冒頭はコメディタッチだし、ウィットに富んだユーモアもある。だがしかし、2人の恋の行方は、つまりは人生の後半の始まりに立つアルマのこれからの生き方の行方のこと。他人事ではないシリアスな物語なのだ。

冒頭は華やかに賑わうパーティー会場。初対面のアルマをダンスに誘い甘い言葉を言うトム。ドン引きするアルマ。AIを試すかのように、リルケの詩から難解な数式まで質問するアルマ。完璧に答えるトム。そして、アルマは「想像しうる最も悲しいことは?」と問う。トムは「独りで死ぬこと」と答える。この答えこそ完璧。ロボットとの恋愛ごっこ的な実験など気が乗らなかったし、古代文字の研究で毎日忙しく過ごしているアルマだが、過去の辛い経験から恋愛を遠ざけ、一人郊外に住む認知症のある老父を抱えながら自分も一人で都会に暮らしている。父親の姿に将来の自分を見ている。いや、父親には自分と妹がいる。自分には誰もいない。考えないようにしていた現実が、トムの言葉によって襲い掛かる。 ぎこちなく同居を始めた2人。アルマを全肯定して歯の浮くような言葉をドヤ顔で決めるトム。ステレオタイプな態度に困惑し、イラ立つアルマ。最初はキョトンとしていたトムだが、高性能ロボットだからだんだんとコミュニケーションを学習していく。アルマを慰めたり助言をしたりもする。嬉しそうな表情をしたり悲しそうな表情をしたり。アンドロイドだから表情の動きはわずかなのだが、それがまた魅力的。トムを演じるダン・スティーヴンスが見事にハマッている。トムがいくら優しくてもそれは感情や気持ちというものではなく学習の成果。アンドロイドの優しさに寄りかかるなんて、そんなの哀れじゃないか! アルマの心は揺れる。アルマを演じるマレン・エッゲルトの表情もとてもいい。ときめき。葛藤。孤独。プライド。トムと出会ったことにより自分の内面と向き合わざるを得なくなった。トムを通して自分自身を知ったのだ。トムはアルマの、いわば分身だしね。

人生とは、そして愛とは。重いテーマが浮かび上がる本作。重いテーマだけどどこか軽やかに、「あなたの選択は? これからの人生、あなたはどう生きる?」って問われたような気がする。 控え目加減が実に印象に残る音楽もいい。ベルリンの街、郊外の森、静かに響く音楽。クールでありつつポエティック。洗練されてるなぁ。 本作でアルマを演じたマレン・エッゲルトは、ベルリン国際映画祭で設けられた、男女の枠を外した性別を問わない「主演俳優賞」(銀熊賞)の初の受賞者となった。いいね!(text:遠藤妙子)

© 有限会社ルーフトップ