殺人の前科があっても就職できた 「寄り添い弁護士制度」が支える社会復帰

殺人罪で服役し、出所した高原さん(仮名)

 「生活が安定したら、小さくてもいいから飲食店を構えたい」。殺人罪で服役し、出所した愛知県在住の50代高原さん(仮名、男性)は最近、就職できた。前科がある人にとって、真面目に生きようと思っても、あるいは働いて被害者に償おうと思っても、まず就職することが簡単ではない。罪名が凶悪の場合はさらに厳しい。高原さんも7カ月かかったが、それでも働き口を見つけることができた。大きな要因は、弁護士の支援を受けられたことだ。

 逮捕、勾留された人や服役して刑期を終えた人に、弁護士が住まいや仕事を探す手助けをしたり、医療機関の診察に同行したりして社会復帰を支援する寄り添い弁護士制度。愛知県弁護士会が2019年に始めて以降、150件以上の支援実績を積み上げた。実際にはどのような制度なのか。活動に密着した。(共同通信=高木亜紗恵)

 ▽「何かあった時に責任を取れない」

 高原さんが殺害したのは、面倒をみていた統合失調症のいとこ。親族は病気や障害などの理由でいとこの面倒を見ることができず、高原さんがつきっきりで世話をしていた。ただ、いとこの症状は次第にエスカレート。高原さんや家族に暴力を振るったり、お金を巻き上げたり、居酒屋で暴れたりすることが頻繁になった。

 それでも投げ出すことができなかった。「弟同然の存在だった。自分と一緒にいれば病気も良くなってくれるだろうと思っていた」「私がそばにいて、防波堤にならないといけないと思い込み、離れたくても離れられない状態に陥ってしまった」

 

高原さん(仮名)が服役中に書いた作文。就職への思いをつづっている

 結局、いとこの暴力と暴言が引き金となり事件を起こした。高原さんは「張り詰めていた緊張の糸がぷつんと切れて、殺すということに考えが集中していた」と、ぽつりぽつりと絞り出すように語った。裁判では刑が大幅に減軽された。

 服役中は「本当の償いには何が必要か」を繰り返し考えた。出した答えは「いとこを隣に感じながら、労を惜しまず、手を抜かず、一日一日を生きる」。

 刑務所では規律を常に守り、掃除や仕事に励み、できるだけたくさん本を読んだ。刑務官がある時、高原さんにかけてくれた言葉を今も心の支えにしている。「逃げちゃいけない。刑務所の中で目いっぱいもがき、苦しみなさい。それだけのことをしてきてここにいるんだから」

 ▽生活の基盤を得て目標を持てた

 高原さんは次第に出所後の生活を考えるようになった。親族に頼らず、自立して生活していく。刑務所内で就労支援を受け、複数の企業の採用面接に挑んだ。結果は、すべて不採用。中には「何かあった時に責任を取れない」と伝えてきた会社もあった。

 たとえ面接にこぎ着けても「服役した理由が殺人罪と分かると相手の表情が曇ったり、目がつり上がったりするのが分かった」。高原さんはそれでも「当然受けるべき仕打ち」と納得できた。ただ「会ってもいないし、働きぶりを見てもいないのに」という気持ちも残ったという。

 

高原さんの相談に乗る杉本みさ紀弁護士=21年12月、愛知県

 就職活動が行き詰まった時、高原さんは自分の刑事裁判の弁護を担当し、服役中も交流があった杉本みさ紀弁護士に寄り添い制度の支援を申し込んだ。

 杉本弁護士に就職先をあっせんしてもらい、面接にも同行してもらうなどして、ついに働き口を得ることができた。杉本弁護士は「理解のある就職先に出会えて心から良かったと思う。飲食店開業の足がかりを付けられるように、引き続き支援していきたい」と話す。 

 生活の基盤を得た高原さんは、明確な目標を持つことができるようになった。「『あ、うまかったな。明日も頑張ろう』なんて世間の皆さまに思ってもらえる日が来れば、とてもありがたい」

 そして「将来は精神疾患を抱える家族を持つ人の支えになって、悲劇を食い止める手助けがしたい」と次の夢も語った。

 ▽定期的な訪問、金銭管理、買い物も

 「おはよう。鍵閉めた?」。昨年12月初旬、伊東正裕弁護士が愛知県東部の70代の篠田さん(仮名、男性)宅を訪れた。「今月はこの金額で暮らさんと。スロットはだめよ、絶対」。前月の収支や当月の生活費について丁寧に説明した後、篠田さんと一緒に家賃を支払うため大家の元へ。近所のドラッグストアにも寄って食品やガスボンベを購入した。

 篠田さんは、寺のさい銭を盗もうとして逮捕された。寄り添い制度の支援を受けることなどを条件に寺側と和解が成立し、釈放された。認知機能が低下していたため、受給していた生活保護費を計画的に使うことができない。そのため伊東弁護士が定期的に訪問し、金銭の管理状況を確認している。今後は自治体とも連携してヘルパーを付け、見守りをする予定だ。

釈放された篠田さん(仮名)の買い物を支援する伊東正裕弁護士=2021年12月、愛知県

 篠田さんは「細かく面倒をみてもらえてありがたい。支援がなければ、すぐに生活が苦しくなっていたと思う」と話す。

 ▽盗癖が「病気」と気づくきっかけに

 40代の山口さん(仮名、男性)は、本や雑誌の万引を繰り返し、服役した。過去にも万引で服役した経験があり「刑務所の生活に懲りた。同じ過ちをするはずがない」と思っていたが、またやってしまった。

 出所後、伊東弁護士の支援で医療機関を受診し、精神障害の「窃盗症」と診断された。「支援を受けて初めて、盗癖が病気と分かった」

 現在も通院を続けており、ジェスチャーやキーワードを使って衝動を抑える「条件反射制御法」と呼ばれる治療を受けた。盗みの衝動に駆られることはなくなった。

 伊東弁護士の支援は21年12月で終了した。山口さんは「もう二度と同じ過ちをするつもりはないけれど、万が一、何かあった時に『伊東先生がいる』と思うだけで支えになる。病とは死ぬまで向き合う努力をしていきたい」と力強く話した。

家計について助言するため、無銭飲食して執行猶予となった村瀬さん(仮名)の領収書を確認する伊東弁護士

 60代の村瀬さん(仮名、男性)は県内の自立支援施設を転々としていたが、人間関係のストレスなどで退所。路上生活を始めたものの、すぐに生活費が尽きて漫画喫茶で無銭飲食し、逮捕された。公判中から伊東弁護士が支援し、執行猶予判決が出た当日、新居で新しい生活をスタートした。現在も家計や生活について助言を受けている。村瀬さんは「これからも相談にのってくれる人がそばにいてほしい」と打ち明ける。

 ▽「懲らしめる」より「手を差し伸べる」

 伊東弁護士は寄り添い制度による支援のメリットについて「事件の中身をよく知っている弁護士がその後の生活にも関わることで、罪を犯した人は精神的に安定する上、緊張感を持って立ち直りに向き合える」と話す。

 この制度による支援は、就職先のあっせん以外にも出所時の送迎、被害者への謝罪のサポート、行政窓口への同行など多岐にわたる。活動に必要な費用は弁護士会と愛知県が負担。対象者一人につき上限は15万円で、利用者の金銭的な負担はない。

 現在、制度を導入したのは愛知以外に札幌と兵庫の3弁護士会にとどまる。愛知県弁護士会で制度導入を提案した田原裕之弁護士は「罪を犯すのは極悪人より、社会のセーフティーネットからこぼれ落ちた人が圧倒的に多い。再犯をさせないためには『懲らしめる』という考え方ではなく、手を差しのべることが必要だ」と強調する。

 愛知県の県民安全課渡邉勝徳課長は「これまでボランティア的にやってきた活動を弁護士が行えるようになった」と評価している。信頼度の高い弁護士が支援の担い手になることで、自治体や福祉機関での手続きがスムーズにできるようになったことも成果の一つという。

 一方で課題もないわけではない。支援を受けた人への追跡調査はしていないため、再犯防止の面でどれだけの効果があるのかは分からない。また、弁護士は医療や福祉について詳しくない人も多く、ほかの機関との連携がうまくいかないケースもある。愛知県弁護士会は、改善すべき点がないか今後、検討するとしている。

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