デジタルプラットフォーマーにメスを入れた公正取引委員会、その成果と苦悩 巨大IT企業との暗闘5年

米アップルのロゴ=2021年9月、フランス・ナント近郊(ロイター=共同)

 音楽・動画配信、ネット通販の送料無料、葬儀―。これらは公正取引委員会が2021年、独禁法違反疑いによる審査実施を公表した企業が手がける商品やサービスだ。共通点は「デジタルプラットフォーマー」(DPF)であること。世界的IT企業にもひるまず違反を指摘し、改善策を引き出した一方、審査に当たる公取委の関係者からは苦悩の声も聞かれた。DPFへの規制策が注目される中で公取委はどう対抗するのか、今後の動きを探った。(共同通信=奥野弥樹)

 ▽驚きの譲歩引き出す

 DPFはインターネットでの検索や通販、基本ソフト(OS)、会員制交流サイト(SNS)など、市場のデジタル化を通じてさまざまなサービスや取引の基盤を提供する企業の総称。生活を便利にする他、様々な事業を創出する一方、それぞれの市場に大きな影響力を持ち、利益を独占し得る構造が問題視されている。公取委も近年、独禁法違反の観点から実態調査や取り締まりを進めている。

公正取引委員会=東京・霞が関

 米国の巨大IT企業アップルは21年9月2日、「日本の公正取引委員会によるAppStoreの調査が終結」とのリリースを発した。審査の終了を強調するタイトルだが、内容は音楽・動画などの配信アプリに関して、公取委の独禁法違反の指摘を受け入れ、アプリ開発業者に利用を義務付けていた決済システムの規約を変更するというものだった。その後記者会見した公取委は、約5年にわたりアップルと交渉していたことを明らかにした。

 アップルはそれまで、自社の決済システムを使った課金方法以外を原則認めず、アプリ開発業者から売り上げの15~30%を手数料として徴収していた。こうした仕組みは「アップル税」ともやゆされ、巨額の収益を上げる構造や正当性が開発業者や各国政府の間で問題視されていた。世界で相次ぎ規制策が打ち出される中、アップルが政府当局の指摘を受け入れたのは初めてとみられる。

 規約の変更で開発業者はアプリに外部リンクを表示し、自社のウェブサイトに誘導してアップルの決済システムを介さず利用者に課金することができるようになった。適用は一部のアプリに限られ、実効性に疑問の声も上がったが、世界的企業の「譲歩」は世界を驚かせた。

2018年6月、アプリのアイコンの前で話すアップルのクック最高経営責任者=米カリフォルニア州サンノゼ(共同)

 同年12月には、公取委は通販サイト「楽天市場」の送料無料化制度運用について、運営する楽天グループに独禁法違反の疑いを指摘したと明らかにした。日本を代表するDPFの楽天は20年3月、世界的な流通IT企業アマゾンの対抗策として、サイト出店者に送料無料化を一律義務化しようとしたが、公取委が問題視。導入直前に緊急停止命令を申し立てるなどして圧力をかけた。

 当時は楽天側が折れ、送料無料化制度は「任意参加」として導入された。しかし公取委は審査を続け、営業担当者が出店者に対し制度に参加するよう不当な圧力をかけるなどの実態を確認、制度運用を改めさせた。世界的に繰り広げられる激しい競争の中、立場の弱い出店者が不利益を被る実情を浮かび上がらせ、利便性を追求する世論への問題提起となった。

楽天グループの三木谷浩史会長兼社長

 審査の対象は巨大企業に限らない。公取委は21年12月、葬儀仲介サイト「小さなお葬式」を運営するユニクエスト(大阪市)にも独禁法違反疑いで審査したことを公表。仲介先の葬儀社との間で、同様のサイトを運営する他社との取引を禁止する契約制度があり「囲い込み」の可能性を指摘した。公取委から立ち入り検査などを受けた運営会社は制度を撤廃した。

 公表後、取材に応じたユニクエストの担当者は「独禁法違反疑いは驚きだった。当社がDPFに該当するとは」と話した。DPFは「GAFA」のような超巨大企業のイメージが強いが、公取委の調査で、デジタル市場を通じて事業を展開すれば小規模な企業でもDPFとなり得ることを示した。

再発防止命令を受けたユニクエストが運営する「小さなお葬式」のウェブサイト

 ▽名を捨て実を

 市場で強大な力を持つDPF相手に改善策を引き出した成果の一方、課題もある。

 公取委の審査は通常、再発防止を命じる排除措置命令や、課徴金支払い命令といった行政処分を目指す。迅速な事件処理のため、将来的な再発防止措置や他企業への補償などを約束させて行政処分を課さない「確約手続き」もあるが、21年のDPFに対する審査は、いずれもそこまで至らず「審査打ち切り」という形で終了している。審査途中で企業側から自発的な改善措置の申し出があったため、違法の「疑い」が解消したからだ。

公正取引委員会の古谷一之委員長

 背景には、審査にかかる時間の問題がある。行政処分や確約手続きのためには、違法行為の認定や課徴金の算定が必要となるが、デジタル市場は全体像を捉えづらく、認定や算定が難しい。アップルには約5年、楽天には約2年を審査にかけたが、行政処分を下すには、さらに時間を要したとみられる。公取委の関係者は「いずれも満足できる結果ではない。やはりDPFは難敵だ」と漏らす。

 古谷一之委員長は同年10月の記者会見で、DPFへの行政処分に関し「大変難しいというのは事実」とした上で、「(違法の疑いがある)ビジネスモデルの具体的な改善につながるような措置であれば、いろいろなことをやってもいいのではないか」と理解を求めた。

 新型コロナウイルスの影響もあるが、公取委が21年に排除措置命令を出したのは0件だった。ある公取委幹部は「DPFの審査に関しては『行政処分』という名を捨て、『改善措置』という実をとっている面がある。ただ、目に見える分かりやすい結果がないと、評価を得られ難い」と頭を抱える。

ユニクエストの審査について説明する公取委の担当者=21年12月2日

 ▽課題は明白、直視を

 独禁法に詳しい平山賢太郎弁護士は、公取委のDPFに対する取り組みに関し「ちゅうちょなく審査する姿勢は高く評価でき、今後も実態調査などを進めて新たな対策が打ち出されることも期待できる」とする一方、課題もあり「早急な対応が必要だ」と指摘する。

 一つは審査がいずれも「打ち切り」という形で終わったという点。「明確な違法行為の認定がないため、今後の裁判などの参考にしづらい。また、審査の内容や企業側の改善措置にも不透明な部分が多く残り、十分な対応だったのか疑義が残る」と述べた。

 移ろいが激しいデジタル市場において、審査に数年を要したことも問題点として挙げる。実際、アップルや楽天の審査期間中、技術革新や環境変化によって、アプリ市場や流通市場には多くの変化があった。

平山賢太郎弁護士=1月11日、都内

 平山弁護士は「海外当局はこうした事情を鑑みて、仮処分など迅速な対応も試みながら、正式な命令を相次いで出している。公取委の対応は必ずしもグローバルな潮流には乗っていないように思われ、独特な対応という印象を受ける」と首をかしげる。

 その上で「審査に割ける職員が足りないのか、専門家との連携拡大が必要なのか、課題と原因の早急な分析が必要だ。公取委には成果を強調するだけではなく、課題を直視して対応策を講じることも求められる」と提言した。

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