ヤジすら飛ばせないのか? 「小さな自由が排除された先」に何があるのかを見通した番組

北海道放送(2020年4月) [ 調査報道アーカイブス No.85 ]

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◆「お金あるからジュース買ってあげる」と警察官

2019年7月15日、参院選のさなかのことだ。安倍晋三首相(当時)は応援演説のため札幌入りし、JR札幌駅で応援演説のマイクを握っていた。大勢の聴衆が集まっている。演説開始から1分後、広い道路を挟んだ人混みの中から、1人の男性が大きな声を上げた。「安倍やめろ!」。男性はたちまち、私服の警察官に囲まれ、その場から排除されていく。北海道放送制作のドキュメンタリー『ヤジと民主主義~小さな自由が排除された先に~』(2020年4月26日放送)は、丁寧な取材でその一部始終を掘り起こし、小さな出来事が問う大きな問題を浮き彫りにしていく。

「やめろ、これが民主主義か。暴力で追放するのか」と男性。「危ないっす、危ないっす」と繰り返して群衆の中から連れ出す警察官たち。男性が「この国は、人間が権力者に対して物を言うことを警察権力で規制する国なの?」と抗議すると、警察官は「違う違う違う。そういうことじゃない」と言いながら男性の包囲を解かない。その後も数人の警察官がつきまとい、なかなか自由にさせなかった。

ドキュメンタリー番組『ヤジと民主主義』の一場面(北海道放送HPから)

この日の札幌では、「増税はんたーい!」とヤジを飛ばした女子学生も排除された。女性警察官は女子学生から1時間半ほども離れず、どこまでも付いてくる。女子学生が「もう、どうすればいいのよ?」と言うと、警察官たちはこう言って付きまとう。「ウィンウィンの関係になりたい。ウィンウィンの関係に」「なんか飲む? 買うよ、買うよ。お金あるからジュースを買ってあげる」「コーラですか? ジンジャエールですか? ウーロン茶ですか?」。その時を振り返って、当の女性は番組内のインタビューでこう語った。

なれなれしくて、なんか懐柔しようとしてくるみたいな……懐柔って言うか、なれなれしいけど、すごく見下している感じっていうか…。なんかもう、“はい良い子にしててね〜”みたいな。

北海道放送の取材によると、この日、札幌では計9人が街頭演説の場から排除されたという。「年金100年安心プランどうなった?」という小さなプラカードを掲げようとしただけで、警察官に囲まれた女性もいる。そのプラカードが安倍首相の目に入らないようにするためだった。取材に対し女性は「無言でプラカードを掲げるというのは誰にでもある権利。弱者ができる唯一の、一人でできることを奪う国は民主主義ではない」と訴える。あの演説会場では、自民党支持者らのプラカードについては、何のおとがめもなかったのだ。そうした動きは札幌だけではなかった。カメラは本州にも向かい、同様の、首相を批判するヤジや掲示物を次々と排除している実態を明らかにしていく。

これはいったい、何なのか?

ドキュメンタリー番組『ヤジと民主主義』の一場面(北海道放送HPから)

◆「怖かった。でも、みんな見てるだけ。誰も助けてくれなかった」

札幌の事件に関し、弁護士団体や市民らは北海道警察に抗議し、説明を求めたが、道警は7か月間も何の説明をしなかった。その後、道警は「ヤジ排除は適正だった」と結論付けた。この番組は排除された当時の映像を独自に集め、公職選挙法や元警察官、刑法の専門家などへインタビューを行い、ヤジ排除の正当性について真正面から検証する。さらにかつて北海道内で治安維持法によって逮捕された当事者にも取材。言論の自由を弾圧した原点「弁士中止」も発掘する。弁士中止とは戦前、演説に問題ありと警察が判断したとき、やめさせるために警官が発した言葉だ。

地方都市で起きた警察によるヤジ排除。「たかがヤジで…」という声も少なくない。しかしこの問題を放っておいていいのだろうか。小さな自由が奪われた先に待つものは何か。あの日札幌でおこったヤジ排除は、この国の民主主義になにをもたらすのだろうか。

それが番組から視聴者へのメッセージだ。番組の最後、「あの日、警察に排除された人たちに対し、救いの手を差し伸べる人たちがいませんでした」というナレーションに続き、排除された人たちはこう語っている。

女性「ほんとにもう、ずっと助けてほしくて。ひたすら、ずっと、怖かったんですよ、なんかもう……(周囲の人は)なんで見てるだけなの、カメラ撮ってるだけなのっていう感じなので…すごい悲しかったですね」
男性「日本社会の中で、他とは違うものを冷遇するとかっていう風潮は、やっぱり強い、強まっているかもしれないですけどね」

ドキュメンタリー番組『ヤジと民主主義』の一場面(北海道放送HPから)

◆自由の価値はジンジャエール並みなのか

『ヤジと民主主義~小さな自由が排除された先に~』は、日本ジャーナリスト会議賞やギャラクシー賞奨励賞など多数の賞を受けた。作品のプロデューサーだった北海道放送の山崎裕侍編集長は朝日新聞のインタビュー記事『ジンジャエールあげるから黙れ』の中で、おおむね、次のように語っている。

(当日は)異様でしたね。『安倍やめろ』と大声を出したとはいえ、1人の一般市民を何人もの警察官が取り囲み、一瞬のうちに数十メートル後方に離していった。周囲とトラブルがあったわけでも、暴力沙汰が起きそうな危険性があったとも思えない中で、ああいうふうに排除するというのは恐ろしいなと思いましたね。

道警は、最初にヤジを飛ばした男性だけでなく、『増税反対』とヤジを飛ばした女性や、別の場所では年金問題を批判するプラカードを掲げた女性も排除していました。警察官はジンジャーエールを買ってやるから黙れ、というふうな言い方を女性にしていました。警察官が、言論の自由をジンジャーエールの値段ぐらいにしか思っていなかったとすれば、それは違うだろうと。また、札幌駅前では大勢の自民党支持者らが『安倍政権を支持します』と書かれたプラカードを掲げていましたが、それに対しては何も言わずに、政権を批判するプラカードは下ろすよう干渉しました。掲げている内容で排除する、しないを決めるのはおかしいと思いました。

ドキュメンタリー番組『ヤジと民主主義』の一場面(北海道放送HPから)

◆警察はマスコミを無視している

総理の街頭演説とあって、当日は地元メディアも数多く詰めかけていた。ヤジ排除は、その中で行われた。番組の中で、元道警釧路方面本部長の原田宏二氏は取材に来た北海道放送の記者に向かって、次のように指摘する場面がある。

今回の場合、恐ろしいなぁと思ったのはね、たくさんのマスコミのカメラのいる前で堂々とやったってことです。あなたたちは無視されたんですよ。

番組を取材した記者は「その言葉を聞き、ハッとさせられました。ショックでした。この問題は、私たちメディア側も問われているんだ、と気づかされました」と言い、山崎氏は「報道機関が当局を批判しなくなり飼いならされているという原田さんの危機感を感じた」と言う。与野党を問わず、政治家に対してヤジすら飛ばせない社会はおかしくなる。それが番組の結論である。

■参考URL
『ヤジと民主主義~小さな自由が排除された先に~』(YouTube 北海道放送公式チャンネル)
『「ジンジャーエールあげるから黙れ」ヤジ排除と民主主義』(朝日新聞 2021年7月14日)
『「ネアンデルタール人は核の夢を見るか」地方局の秀作』(調査報道アーカイブス No.13)