貧困母娘、SNSではキラキラ生活?『エル プラネタ』最注目アーティストのアマリア・ウルマンが初長編映画デビュー

『エル プラネタ』ⓒ 2020 El Planeta LLC All rights reserved

スペインの若き才能

アマリア・ウルマンは、若く、美しく、細く、白人として通る自らのルックスを利用し、「Instagram上でリアルな自分とは違った“ありがちな女性”の人生の物語を演じる」という、誰でも思いつきそうだけれど実際にやってみせるのは難しいに違いないパフォーマンス・プロジェクトを成功させて第一線に躍り出たアーティストだ。

ウルマンは1989年にアルゼンチンに生まれ、スペインで移民として育った。ロンドンの名門アートスクール、セントラル・セント・マーチンズ(ファインアート専攻)を卒業。2014年に前述のパフォーマンス「Excellences & Perfections」で注目を集め、現在はロサンゼルスを拠点に活動している。

『エル プラネタ』は、そんな彼女が監督・脚本・主演・プロデュース・衣装デザインを務めた初の劇場用長編映画。故郷であるスペインの海辺の田舎街を舞台に、現代の「表向きそうとはわからない貧困」を軽やかに描写してみせる。

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「20世紀終盤のインディーズ映画」の気分

ロンドンでファッションを学んだ主人公のレオ(アマリア・ウルマン)は、母親(アレ・ウルマン)が暮らすスペインの海辺の街ヒホンに戻ってきた。レオはスタイリストとして身を立てようとしているが、チャンスを掴むにも元手が必要で、うまくいっていない。母親も職につくことができず、アパートから退去を迫られている。

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ふたりはお腹を空かせて電気も止められそうなのだが、さまざまな手を使って街に繰り出し、SNS上ではスタイリッシュな生活をしているようなふりができるのだ。しかし、永遠にそんな感じでいられるわけもなく……。

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商店のシャッターがどんどん閉まっていく老人ばかりの街で、ネットの向こうの華やかな世界への憧れを捨てきることができず、状況を改善するための建設的な行動に出ることもできない母と娘。文字にすると悲惨だけれど、モノクロの映像と丸みのある電子音の劇伴は懐かしい「20世紀終盤のインディーズ映画」の気分を醸し出し、地に足のついていないふわふわした感触がある。そこが鼻につくと感じる人もいるだろし、表面上だけでも飄々として深刻にならないふたりの図太さに癒しや救いを見出す人もいるだろう。

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主人公の母親を演じたアレ・ウルマンは、名前から察せられる通りアマリア・ウルマンの実の母親。本作が女優デビューとのことだが、問題が多いけれど憎めない人物をのびのびと演じており、惹きつけられる。

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見せかけの豊かさに隠された新種の荒廃

貧しい暮らしをしながらいつまでも夢の中に生きているような母と娘といえば、思い出されるのはエレン・ホフデ、マフィー・マイヤー、メイズルス兄弟の共同監督によるドキュメンタリー映画『グレイ・ガーデンズ』(1975年)である。

カルト的な人気を誇る『グレイ・ガーデンズ』で被写体となったビッグ・イーディとリトル・イーディは、JFKの元妻ジャクリーン・ケネディ・オナシスの叔母と従姉妹にあたる没落した上流階級の人々だったわけだが、『エル・プラネタ』でアパート暮らしをしている母と娘は決してそうではない。おそらく離婚をきっかけに中間層から下層に転落した人々だ。見せかけの豊かさが多くの人の手に届くようになった一方で、新たな種類の荒廃がますます広がりつつある現在を、ウルマンは軽快な手さばきでスマートに切り取ってみせる。

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映画の中の彼女たちを愚かだと切り捨てることは自分にはできない。なぜなら現実を直視したくなくて問題への対処を後回しにしてしまう、そうでもないとやってられない心理状態には、自分もおおいに身に覚えがあるからだ。ひとまずここで描かれているような現代社会の窮状から一歩抜け出した新進気鋭のアーティストであるウルマンは、ますます嫉妬と羨望を集める存在になるのだろう。彼女が次に何をするのか、彼女を見て奮起した人々はどんな作品を生み出すのか。現代の「議論のきっかけを投げかける、ネタ振りとしての映画」と捉えると、たいへん刺激的な視点を提供している作品だと思う。

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文:野中モモ

『エル プラネタ』は2022年1月14日(金)より渋谷WHITE CINE QUINTO、新宿シネマカリテほか全国順次公開

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