米国ジャーナリズム「生き残り策」を探る 現地で見たもの

英語とスペイン語で「私は記者です」と書かれた看板を出し、図書館で質問を受け付けるリベラさん=米カリフォルニア州(リベラさん提供)

 「あなたの声で地域が変わる」─。1年前、そんなキャッチフレーズで「追う! マイ・カナガワ」(マイカナ)がスタートした。「読者離れ」を食い止めようと、全国30のローカルメディアが取り組む「オンデマンド調査報道」だが、こうした双方向で課題解決を目指す報道は、地方紙の廃刊が相次ぐ米国でも注目されている。「米国のジャーナリズムは生き残るために、どんな取り組みをしているのか?」。マイカナ1周年を機に取材班の記者が米国を訪ね、そんな疑問を追い掛けた。

◆ニュース砂漠

 紙からデジタルへ─。新聞の「読者離れ」が進み、地域からジャーナリストが消える情報の空白地帯“ニュース砂漠”が米国では社会問題になっている。

 米ノースカロライナ大の調査では、地方紙が消えると「コミュニティーが知るべきニュースが人々に届かず、選挙に行く機会が減り、民主主義が後退する」と報告されている。

 そんな状況を食い止めようと、米国ではジャーナリストがさまざまな手法で地域とつながろうと奔走している。カリフォルニア州のオンラインメディア『ロングビーチポスト』の記者ステファニー・リベラさんもその一人だ。

◆その場で話を聞く

 両親はメキシコ移民で、2言語を操るリベラさんは「貧困層や移民コミュニティーには英語が分からず情報を得られなかったり、ネット環境に接続できず困っていても相談できない人たちがいる」と語る。

 「実際にその場で話を聞く機会が大切」と、カフェ、図書館、レストランなどに机を並べ、地域の人々の困り事に直接耳を傾ける取材活動を続けてきた。

 「化膿した脚の切り傷を定期的に消毒したくても保険が適用されず、いつも救急治療室に行くまで我慢しなければならない。どうすればいいか」。図書館を訪れたホームレスの男性の悩みは、記者たちが通常の取材活動の範囲では想像もつかなかったものだ。

◆デジタル対応も

 顔と顔を合わせる信頼関係を大切にする一方、リベラさんや同僚のバレリー・オシエさんはデジタル社会への対応も急ぐ。数年前から、ハロウィーンの飾り付けが豪華な家を記者たちが調査し、その情報をマップに入れて発信している。2人は「楽しい情報で読者と記者がつながり、もっと気軽に質問を寄せてくれる信頼関係を築きたくて色々模索しています」とほほ笑む。

 さまざまな手法を試行錯誤して地域ジャーナリズムを深め、読者の信頼を取り戻そうとするローカルメディアの姿は、マイカナが目指すべきものと重なり、大いに刺激を受けた。

 記者は取材だけでなく、読者と地域の課題をつなぐコーディネーターの役割も求められている。事件事故が起きたときにだけ、話を聞きに地域に出て行く“パラシュート型”が中心だった従来のジャーナリズムの価値観を見直す時期が来ている。

◆白人の視点が基準

 記者はペンシルベニア州の最大都市フィラデルフィアに向かった。アフリカ系米国人が約半数を占めるが、ニュースに取り上げられるのは白人が多く偏りがあると問題視されてきた。

 「米国のジャーナリズムの基準は、多くが白人男性の視点で作られてきたと思います」。非営利団体『リゾルブ・フィリー』の記者で、双方向型報道に力を注ぐクリスティン・ビジャヌエバさんはこう指摘する。

 「人種や性差別などの構造を打ち破るためには、メディアに報道される物語を多様化する必要がある」

 ビジャヌエバさんが取り組むプログラム「Equally Informed(平等な情報提供)」では、低所得者層が多く、麻薬中毒者の徘徊(はいかい)映像が拡散されて世界で話題となったケンジントン地区にも記者らが足を運び、「危険な場所とみられている地域にも、住民のコミュニティーはある」と人々の問題意識に声を傾ける。

◆市民がキャプテン

 今、最も力を注ぐのは光が当たってこなかった地域の課題を探る「Info Hub Captains」の取り組みだ。市民が“情報をつなぐキャプテン”になり、メディアの仕組みをビジャヌエバさんらと学びつつ、地域に暮らす人の困り事を取材して解決に結び付ける。スペイン語が堪能だったり、地域をよく知っていたりするキャプテンが何人も参加している。

 「ジャーナリストだけが情報の専門家として振る舞うのではなく、地元の人々の取材の経験が同じように評価され、“平等”になることを目指しています」

 ビジャヌエバさんの話を聞きながら、マイカナでも頻繁にLINEで声を寄せてくれる“友だち”がいることを思い浮かべた。

 読者らのマイカナ友だちは5千人近く、記者にはない知見や知恵を持った人もいる。記者と読者が協働する取り組みは、マイカナでもさらに多くの手法を試行錯誤できそうだ。

◆古い報道は限界

 ニューヨークタイムズや英国放送協会(BBC)など、世界約250の報道機関に双方向型報道のコンサルティングなどを行う「ハーケン」の最高経営責任者(CEO)ジェニファー・ブランデルさんに、報道の未来を聞いた。

 「パラシュート型の古い報道が限界に達しています。新しいシステムが人々のためになることを証明するのに何年もかかるかもしれませんが、続けていくことが大切です」

 社名の意味は「耳を傾ける」。ブランデルさんの原点は10年前、双方向型報道の大切さを実感したシカゴのラジオ局でのジャーナリスト経験にさかのぼる。

 米第3位の都市で多様性に富むシカゴだが、ニュースを決める編集者側の視点が偏っていることにずっと疑問を感じてきた。「人々が知りたいと思っていることを、ニュースにできないだろうか」

◆知りたいをニュースに

 ウェブで市民からの疑問を募るプロジェクト「Curious City(好奇心の街)」を立ち上げると、これまで報道されることのなかった多くの地域課題が浮き彫りになった。

 中でも、市民から寄せられた「なぜ、シカゴ市内の噴水や水飲み場の水はずっと流れ続けているのでしょうか?」という疑問を取材した末に、水道管の鉛汚染の問題が明らかになったことは大きな成果だった。

 マイカナで取り上げ、横浜市内のバス停が改善された『3メートルのバス停』の記事をブランデルさんに見せると、「もし質問者が市役所に訴えても、おそらくバス停は変わらなかったでしょうね。報道機関が市民を代表して聞くことで、すぐに行動に移したはずです」と評価してくれた。確かに投稿者の男性は、市に相談したが「問題視すらされなかった」と記者に思いを語っていた。

 ブランデルさんは言う。「3メートルのバス停が変わったような双方向型の調査報道のストーリーを、マイカナで発信し続けてください。市民の声を聞くギブ・アンド・テークの発想やトップダウンではない報道機関と市民との対等な関係こそが、私たちの生活をより豊かにすると確信しています」
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 スマートニュース社が地方紙記者らを米国に派遣する「フェローシッププログラム」の助成を受け、神奈川新聞記者が昨秋、米国で双方向型報道に取り組むジャーナリストらを取材した。

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