インタビュー 近藤芳正 Solo Work 「『ナイフ』再始動〜reboot〜」

2020年上演予定だった『ナイフ』がコロナ禍で中止になり、2022年1月に“再始動 reboot”とサブタイトルをつけて上演する。しかも出演者はたった一人、近藤芳正。『ナイフ』はいろいろなことから逃げていた父親がある日、ひどい落書きがされた教科書などを見つけ、息子がいじめられていることに気づく。この事実とどう向き合っていいか分からない。そんな中、幼なじみが頑張っている姿を目にしたり、偶然サバイバルナイフを手に入れたことから心に変化が訪れる。やがて父親は少しずつ息子と向き合い始めて――。そんな父と息子の愛と再生の物語。脚本・演出は山田佳奈。2016年に『夜、逃げる』で監督デビューし、2作目の『今夜新宿で、彼女 は、』で渋谷TANPEN映画祭2017ブロンズバーガー賞・最優秀主演女優賞など、多くの賞を受賞した注目のクリエイター。そして、この意欲的な作品に挑戦する近藤芳正さんのインタビューが実現した

――以前、近藤さん自身「自分らしい登場人物がいる作品」とおっしゃっていました。原作の先生が持っていたイメージと、近藤さんが持っていたものと、どのあたりが近いと感じたのでしょうか。

近藤:もともと重松清さんの作品では精神的に弱い登場人物、そういった弱者の味方のような書き方をすごくされているんです。『ナイフ』の登場人物はすごく内面的に揺れやすいけれど、その弱さを認めたくない、そんな性質。以前、僕から重松さんに「重松さんの本を読んだら“僕が小説の中にいる”とずっと思っていたんです」と伝えたところ、重松さんも「小説の登場人物のような人がテレビに出ていると思ってました」とおっしゃってくださったことがあって。そんな会話を経て、是非とも僕が『ナイフ』をやりたいと考えるようになりました。
重松さんとはその前にも、『四十回のまばたき』を僕がプロデュースする舞台『相思双愛』の原作に使わせてくださいとお願いしたことがあったんです。そしたら二つ返事で了解をいただけて。しかも「もし何か不都合があって上手く行かなかったらいつでも連絡してください」とも。本当にありがたい言葉をいただけたんです。そのこともあって、今回の『ナイフ』も実現した感じですね。

――『ナイフ』はいじめを取り扱った作品です。ある意味社会的にも大きな問題がある題材ですが、近藤さんは以前『中学生日記』と、その30年後を描いたオマージュ的作品にも出演していらっしゃいました。

近藤:もうずいぶん前の話ですが『中学生日記』(1976-78年)の生徒役を演じたときは役名も本名で出演したんです。その30年後の2007年、45歳の「近藤くん」が15歳の息子を持ったらその子に対して何を伝えるのか、伝えないのかということをドラマにしたら面白いんじゃないか、とおっしゃったのが重松さんだったんです。たまたま僕が15歳のときに演じているビデオを観て「近藤さんは役者を今やられているから、それをやったらどうか」と。いじめを受けた息子と、それに向き合う父親との話でした。

――『ナイフ』とも共通点のある話でしたね。

近藤:『ナイフ』では息子のいじめについて妻から言われたんだけど、仕事が忙しかったり、精神的な疲れもあってうやむやにしてしまう。自分でも気づいているにも関わらず対処の仕方はわからないし、そんな中でどんどん追い詰められていって。そんなとき、酔っ払った拍子で、露天で小指ぐらいのナイフを見つけ手に入れるんですね。間違いなく殺傷力もないようなナイフにも関わらず「これを持っていると勇気がでるかも」と思うことができて、少しずつ心が変化して父親は息子と向き合い始めました。

――いじめについては、加害者と被害者が表裏一体というか、どちらに転んでもわからない難しさもあるでしょうし、親世代にとっては経験と意識のズレがどうしても生じてしまう。親としては気づいてあげたいんだけど気づけないというのを見聞きしますね。物語としては日常どこにでもあるような……。

近藤:ナイフは持っていて安心するおまじないのようなものなのだと思います。人間誰しもそんなものがあるんじゃない?という提示ですね。

――さらに今回、一人芝居ということですが。

近藤:はじめは映像にしようかと思ったんですが、なかなか難しくて舞台はどうかな?と考えていたんです。で、山田佳奈さんが「近藤さん一人でもできるんじゃないですか?」と言ってくれて。さすがに最初は「これ一人芝居でできるの?」と思いましたが次第にその気になっていって。一人芝居については、以前シェイクスピアの『十二夜』に出てくるマルヴォーリオという登場人物が、お客様の目の前で愚痴を言うという40~50分の一人芝居をやったことがあります。そのほかは本多劇場の無観客配信公演『DISTANCE』という企画でも「透明爆弾」という作品をやらせてもらいましたから、これで3回目になりますね。

――一人芝居は体力的なたいへんさや、セリフの量などもありますね。また、フィジカルトレーニングをやる、というなかなか珍しい要素も。

近藤:フィジカルコーチは大石めぐみさん。これは、山田佳奈さんからの推薦でした。ワークショップに何回か参加したら、ちょっとした仕草で演じ分けることができるようになったんです。子どもは情緒不安定なところがあって常に前かがみになったり、座るときも無造作だったりするとか、女性はよく手を動かすようにとか。男性はドッシリ構えてとか。そういうことをワークショップでやってみたことで、絶対に面白いものができるという確信を持てました。

――確かに、同じ男性でも若いかお年寄りかで挙動が違いますからね。で、そのあたりの動きを取り入れたのが「フィジカルトレーニング」なんですね。視覚的な面で、お客様への提示はしやすいように感じ取れます。着替えたりしなくてもよさそうですし……。

近藤:とりあえず今のところは着替えはないと思います(笑)。もしかしたら演出面での変更はあるかもしれませんが……。

――『ナイフ』は自粛期間などの影響で、残念ながら1度中止になり今回は「再始動」。

近藤:コロナ云々があってから、舞台はほぼほぼやっていなくて。舞台から距離を置く形になりました。南原清隆さんと3日間だけ、『あんまと泥棒』で2人芝居したくらい。まったく離れたわけではないけれど、ある意味久しぶりになるでしょうか。

――それでは、最後にメッセージを。

近藤:重松清さんが書く、弱者に寄り添うという物の見方をした小説が大好きなんです。重松さんからすれば「『ナイフ』という重くて暗い小説をを?しかも一人で?」と思っていらっしゃったみたい。でも僕は本当にこの作品を好きで。精神的に弱い人にとっては「なにかしたいのに勇気が出ない」という状況がある。そのときにひとつのおまじないというかジンクスというか。主人公はナイフを持つことによって勇気が出た。
怖さから踏み出せるということが大事で、必ずしも成功という結果は出ないかもしれないけれど、行動する前と後ではマインドや向き合い方が変わるわけです。行動しないと見えない景色ってあると思いますし、そしてこれがこの作品の面白みでもあると思います。お客様にとって少しでも勇気を出せるような「ちょっと何かしてみようかな」と思ってもらえれば演じた甲斐があったなと思います。

――ありがとうございます。公演を楽しみにしています。

物語
いろんなことから逃げてばかりいた父親。ある日、息子のカバンにひどい落書きをされた教科書を見つけ、息子がいじめられていることにようやく気づく。この事実とどう向き合っていいかわからない。そんな中、幼馴染で憧れの「ヨッちゃん」が自衛隊で命の危険にさらされながらも頑張っている姿を目にしたり、偶然サバイバルナイフを手に入れたことから少しずつ心に変化が訪れる。やがて父親は少しずつ息子と向き合い始める…。傷ついた親子の愛と再生の物語。

概要
水戸芸術館ACM劇場/ラ コンチャン共同製作
近藤芳正Solo Work 「『ナイフ』再始動〜reboot〜」
日程・会場:
[茨城]2022年1月21日(金)~23日(日)水戸芸術館 ACM劇場
[愛知]2022年1月29日(土)・30日(日) 穂の国とよはし芸術劇場PLAT アートスペース
[東京]2022年2月4日(金)~6日(日)東京芸術劇場 シアターイースト
[兵庫]2022年2月11日(金・祝) 兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール
[山口]2022年2月13日(日) 山口情報芸術センター[YCAM] スタジオA

原作:重松清「ナイフ」(新潮文庫『ナイフ』所収)
脚本・演出:山田佳奈
フィジカルコーチ:大石めぐみ
出演:近藤芳正

公式HP: https://www.arttowermito.or.jp/sp/knife/
公式ツイッター:https://mobile.twitter.com/acmknife

取材:高 浩美
構成協力:佐藤たかし

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