映画「浅草キッド」の極私的裏挿入歌!ビートたけしの名曲「夜につまずき」  1月18日はビートたけしの誕生日、自伝小説が映画化! 監督は劇団ひとり

ビートたけしの自伝小説「浅草キッド」を映画化!監督は劇団ひとり

「『浅草キッド』観た?」
―― 2021年度末に会った人との間で何度この言葉が行き交っただろう。かく言う私は2回続けて観た。なぜかと言えば「あれ?本物のビートたけしが出演してるのに、クレジットに出てこないのなんで?」と疑問に思ったからである。そうしたら、あれは柳楽優弥の特殊メイクだと監督・脚本の劇団ひとりがインタビューで語っているではないか! 仰天した。後ろ姿や所作だけでも本物のたけしにしか見えない。いやはやすごい。すごいとしか言葉が出てこない。

1988年にビートたけしが発表した自伝小説『浅草キッド』(新潮社)を、たけしを深く愛する劇団ひとりが6年間脚本を温め続けてNetflixで映画化。たけしが大学を中退してふらふらしていた70年代初め、浅草のストリップ劇場・フランス座でエレベーターボーイをしていた時、浅草界隈で大人気の芸人・深見千三郎に弟子入りして修行後、漫才師・ツービートとしてデビューし夢を実現させていくというストーリーだ。1980年前後の漫才ブームで台頭した実際のツービートを知らなくとも楽しめる、エンターテインメント性の高い作品に仕上がっている。

柳楽優弥の演技にほれぼれ… 完全に “たけしの若い頃”

とにかくたけし役の柳楽優弥の演技にほれぼれする。喋る時の間や背中の丸め方など、完全に “たけしの若い頃” にしか見えない。これは演技指導に松村邦洋が入って完成した芝居らしいが、なるほどねえ。確かにたけしのモノマネをさせたら松村の右に出る者はいない。松村恐るべし、である。そうしてちょっと斜に構えながらも、生真面目に貪欲に師匠の教えを吸収していく若きたけしの情熱が不器用に、でもキラキラと綴られる。

師匠・深見千三郎役の大泉洋がこれまた素晴らしい。浅草芸人の粋と誇りをカラッと明るく演じている。タップダンスは格好良く、口癖のように「バカヤロウ」と啖呵を切るシーンは人情味にあふれ、ベタなボケに一緒になってゲラゲラと笑ってしまう。

ビートきよし役の土屋伸之(ナイツ)の俳優っぷりにも舌を巻く。実際漫才シーンは彼がいなかったらここまで歯切れ良く観せられなかったろう。ただツッコミがうますぎるのと、きよしの伝家の宝刀芸「よしなさい!」が控えめだったのが気にはなるけど(笑)。

作詞・作曲ビートたけし「浅草キッド」

冒頭と最後の方に流れるしみじみと切ないナンバーはたけしが作詞・作曲も手がけた「浅草キッド」だ。1986年8月発売のアルバム『浅草キッド』に収録されており、芸人・ビートたけしの代名詞とも言える名曲。福山雅治や菅田将暉&桐谷健太のカバーなどでも知られる。

たけしの歌は決して上手とは言えないけれど、愚直さと情にあふれたボーカルが心に突き刺さってくる。歌詞にはさまざまな分析があり、きよし以前の相方のことを描いたという説が有力だ。でも、私は全ての芸人と全ての夢を追う人に向けて歌われたものなんじゃないかなと思っている。

映画って感情移入する登場人物によって見方が変わるもの。今回私はたけしより師匠より、門脇麦演じるストリッパーの千春や先輩弟子の高山、作家の卵の井上ら全ての脇役に感情移入してしまった。井上はたけしと飲んだ帰りにこんなふうに嘘ぶく。「そうやってね、夢見てのたれ死んでいくんだよ、みんな」。たけしはそれに対して「だったら面白え死に方して笑わせてやるよ!」といきりたつ。また、千春はたけしが師匠から破門され漫才師として生きるためにフランス座を去る時に「帰ってこないでよ!」と涙ながらにエールを贈る。

実は当時の浅草では、新興しつつあるテレビというメディアに押され、深見千三郎が築いてきた舞台でのコント人気が滅びつつあった。テレビに抗い、寄席芸を守り続けようとする深見。そんな師匠にたけしは「漫才をやります。テレビに出たいから」と言って舞台を去っていく。師匠は激怒してたけしを破門する。大泉演じる深見のプライドが胸を突く。「俺たちは笑われてるんじゃねえんだよ。笑わせてるんだよ」という台詞に宿る喜劇人の誇り。だが悲しいかな、時代は移る。新しいテレビでの笑いが日本中を席巻し始めているのだ。夢を掴んで新たな道を切り開くものと、元の場所を愛して残るもの。両者の行く末を、陰に日向にあらん限りの愛情を込めて劇団ひとりは描く。

作曲は泉谷しげる、たけしからの優しき鎮魂歌「夜につまずき」

映画を観終わった時、涙と共に思い出されて止まらなくなったのが「浅草キッド」に匹敵する名曲「夜につまずき」だ。私はこの曲を映画の裏挿入歌に推したくなった。いや、どうしても推したい。

1982年6月にリリースされた初のソロアルバム『おれに歌わせろ』に収録。たけしが作詞、泉谷しげるが作曲を手がけた、たけしフリークの間でも一二を争う珠玉のナンバーだ。個人的にはビートたけしのベスト。くすぶっていた時代の人生を振り返り、日々に流されていくジレンマを歌った曲だとも言われている。

 いつもの店と いつもの煙
 いつもの相手と いつもの話
 俺は人とは 違うのと
 違う同志で 肩を組む

 酒のツマミの 人生論は
 家路の明りで さめてゆく

 夜につまずき 裏道でころがり
 子供の泣き声で 自分に気付く
 生きてるだけの 人生ならば
 何もこんなに 酒を飲みはしない
 酒を 酒をこんなに 飲みはしない

映画の挿入歌である「浅草キッド」が夢を追う全ての人に向けて歌われた曲だとしたら、「夜につまずき」は、夢を諦めかけて平凡な暮らしを選び、ぼやいている大多数の一般市民=大衆へのたけしからの優しき鎮魂歌だと思えて仕方がなかった。

まぶしく見えた深見千三郎やビートたけし

映画を観て思い出した自分にとっての「あの頃」。こんな私でもあの頃は何にでもなれると思っていた。夢なんていつか手が届くだろうと思っていた。そのくせ目の前の出来事に精一杯で、本気で夢にぶつかったり死に物狂いで戦ったりすることから逃げ、いつもアハハと笑っていた。だから「お前、何なんだよ!」と客から喧嘩腰に問われて「芸人だよ、バカヤロウ!」とプライド剥き出しに答える深見師匠やたけしがとてもまぶしく見えた。

何者にもなれなかった自分をやっと許せるようになったのは、四十の坂をとうに越えてからだったか。

そうして聴く「夜につまずき」は、初めて飲んだビールのように苦く切ない刺激を伴って喉の奥を滑っていった。

 はげしく生きぬく 根性もなく
 孤独に死んでく 勇気もなしに
 流れ流れて 流れ流れて
 流れ流れて 今日まで生きてきた
 流れ流れて 今日まで生きてきた

ストリッパーの千春や受付のおばちゃん、作家の卵の井上は、先輩芸人の高山は果たしてその後、どんな風に暮らしたのだろう。

夢は叶っただろうか。それとも慎ましやかな生活の中で自分なりの幸せを見つけたのだろうか。こんな人生も悪くないと、自分のことや周りの人を愛しながら生きていっただろうか。

フィクションの中の彼らがとても愛おしい。遠い青春時代の懐かしい友達のような気がしてしまう。それは劇団ひとりの演出が醸し出す、たくさんの「敗者」たちへの温かいまなざしを私が感じるからなんだろうな。なんてね。

あらゆる夜に酒場で語られ続ける遠い日の記憶や将来の夢。グラスが鳴る音と喧騒がひしめく店の片隅で。憧れと諦めが交錯する行き止まりの路地裏で。最後の一口をグッと飲み干したら、誰もが家路に着き現実に戻る。ほろ酔いの夢は覚めぬまま。だって生きてるだけの人生ならば、こんなに酒を飲みはしないから。流れ流れてこれからも、前へ駆けていくのだ。

カタリベ: 親王塚 リカ

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