命を軽視?動物虐待巡る司法判断に疑問 検察は「起訴見送り」、民事訴訟の慰謝料は低額

 

里親に火を付けられ、大やけどを負った猫。今は別の里親に引き取られ「トラくん」と呼ばれている=2021年1月、木村知可子さん提供

 長期化する新型コロナウイルス禍の中、癒やしを求めてペットを飼う人が増えている。一方、命を奪う虐待行為や、限度を超えた頭数を飼って劣悪な環境で衰弱死させる「多頭飼育崩壊」も後を絶たない。2020年6月には罰則を強化した改正動物愛護法が施行され、動物愛護に対する社会的関心が強まっている。だが、刑事事件や民事訴訟での司法判断を見ると、動物の命が尊重されているとは言いがたく、強まる市民の意識との間には埋めがたいギャップがある。(共同通信=鈴木優生、助川尭史)

 ▽猫に火、一転起訴

 大阪府箕面市で保護猫カフェを営む木村知可子さんは2017年夏、地域猫の保護活動をする市内の団体から1匹の子猫を引き取って里親を探し始めた。生後3カ月ほどで人なつっこく、カフェの客のひざにすぐ乗りたがる。しっぽがジグザグに曲がっていたことから「ジグザくん」と呼ばれ、かわいがられた。

 里親はすぐに見つかった。市内に住む夫婦。以前にも猫を譲渡したことがあり「知ってる人だし」と信頼して猫を託した。定期的に送られてくる写真には、里親と元気に暮らす姿があった。

 だが21年1月、「猫が動物病院に運ばれた」との連絡が木村さんの元に入った。病院に着くと、毛が焼け皮膚がちぢれていた。「耳は焦げて黒くなっていました。皮膚がどんどんはがれ落ちて全身がピンク色になって・・・」

里親に火を付けられ、黒く焼き焦げた猫の耳=21年3月、木村知可子さん提供

 大阪府警は里親の男性が自宅で猫に火を付けたとして、動物愛護法違反の疑いで書類送検。だが「動物虐待は罪に問われないことが多いという認識があった」と危機感を持った木村さんは、タレントの杉本彩さんが代表理事を務める動物愛護団体などと共に男性を大阪地検に告発した。もし不起訴処分になっても、告発人は検察審査会に不服申し立てができるからだ。

 告発状を提出する際、やけどを負った猫の写真を見せると、検察官は「これはひどいね」とつぶやいた後で「でも、あんまり罪に問われないんだよね」と付け加えた。

 

大阪地検が入る大阪中之島合同庁舎

 検察官の言葉通り、大阪地検は同4月、起訴猶予で不起訴とし、刑事罰に問わない判断をした。木村さんたちが不服を申し立てると、市民で構成する検察審査会は「今回のような残虐な事件で適切な処罰がなされなければ、厳罰化の意義を損なうことになりかねない」として、「起訴するのが相当」と議決した。議決文には「猫の命は人間の命と何ら変わらない」というくだりもあった。

 

 議決を受けて再捜査しなければいけなくなった検察は、猫のやけどの回復具合や同種事案の過去の処分内容を検討し直し、一転して略式起訴に。裁判所は罰金10万円の略式命令を出した。

 

 それでも、木村さんは納得がいかない。「罪に問われたのはよかったけど、10万円払って終わりでいいの?」。猫は一命を取り留めたものの、やけどの後遺症で皮膚が引きつり、20センチほどしかジャンプできなくなった。300日以上入院し、何度も皮膚の移植手術を受けた。

 

杉本彩さん

 電話取材に応じた杉本彩さんも「大きな処罰に値する犯罪のはず。どうすれば懲役刑や重い罰金刑になるのか。厳罰化が刑事処分に十分な影響を与えていない」と憤った。

 ▽厳罰化も、処分には「壁」

 では検察はなぜ当初、不起訴処分にしたのか。関係者によると、男性が自ら猫を動物病院に連れて行った点や、反省の思いを形にする贖罪寄付をしたことなどを考慮したという。

 ある検察幹部は「考え抜いた末の結論だったので、検察審査会に『起訴相当』とひっくり返されたのはショックだった。男性が病院に猫を連れて行かなければ事件は発覚しなかったわけで、『黙っていた方が得』と他の人が考えないためにも、この点は男性に有利な事情と判断すべきもの。厳罰化の流れは承知しているが、被疑者に有利な事情と不利な事情を個別に判断し続けるしかない」と処分を決める難しさを語る。

 ただ、検察審査会は男性が病院に連れて行った点も有利な事情と捉えていない。議決書で「犯行後、長時間(猫を)放置し続けており、後悔の念を生じていたとは認められない」と指摘。贖罪寄付したことも「刑事処分を避けるためのパフォーマンスだ」とし、検察の判断を否定している。

 動物愛護法は、猫がガスバーナーで焼き殺された事件が17年に発覚するなど、虐待が相次いだことを受け、殺傷に対する罰則は「2年以下の懲役または200万円以下の罰金」から「5年以下の懲役または500万円以下の罰金」に強化されている。

 検察統計によると、20年は同法違反罪で42件が起訴された。しかし、正式起訴は4件だけ。38件は裁判を開かない略式起訴だった。不起訴も多く、103件に上る。うち66件は、有罪を立証できるとしても情状などを考慮して起訴を見送る「起訴猶予」だった。

 ▽低く抑えられた慰謝料

 次に、民事訴訟での扱いはどうだろう。刑事裁判と違い、法定刑といった明確な物差しがなく、裁判官の裁量が大きいが、こちらも動物愛護の流れに沿っているとは言えない。根底には、民法が動物を車や家電と同じ「動産」として扱う点がある。生命を持ち、愛情を注ぐ人も多いとして慰謝料を認めるケースも多いが、家族の一員として扱う人々の感覚とは隔たりがある。

 ペットのウサギが治療ミスで死んだとして、飼い主が動物病院側に損害賠償を求めた訴訟の東京地裁判決(16年)は、獣医師の注意義務違反を認め、8万円の慰謝料を命じた。2018年の福岡地裁判決は、動物病院の診断ミスが原因で飼っていた秋田犬が死んだと認め、慰謝料40万円の支払いを命じた。いずれも慰謝料額は高いとは言えず、請求額のそれぞれ1割、3割にとどまった。

 そんな中、昨年11月に大阪地裁で出た判決に、波紋が広がっている。

 「裁判官に『人間も動物も命の大切さは同じではないのか』と聞いてみたい」。大阪市内で記者会見した三重県四日市市の動物愛護団体「つむぎ」の服部千賀子代表は声を震わせて怒りをあらわにした。

 

愛護団体が女性に預けた後に死んだ犬=2016年10月(原告弁護団提供)

 事件の概要はこうだ。発端は16年、保健所から引き取ったメロンと名付けた雄の保護犬を、京都府八幡市の女性(55)に譲り渡した。女性は当時、全国の保健所や愛護団体から多くの犬猫を引き取り、病気や老齢でも受け入れる「神ボランティア」として知られていた。女性は服部さんに「複数の動物愛護団体の代表と関わりがある」と説明し、信頼した服部さんは、後で新しい里親に引き取ってもらう前提で譲渡した。直後には女性から「すぐに引き取ってもらえた。かわいいと評判だ」と報告があった。

 「新しい飼い主さんに出会えて良かった」と安堵した服部さんの思いは、裏切られていたことが4年後に発覚する。女性が多数の犬や猫を衰弱死させたとして動物愛護法違反(殺傷、虐待)で逮捕、略式起訴されたためだ。

 女性の自宅は「多頭飼育崩壊」を起こし、ミイラ化した犬猫の死骸がうずたかく積み上げられ、糞尿が放置されていた。報道で知った服部さんが女性を問い詰めると「いったん別のボランティアに引き受けてもらったが、すぐに手元に戻した。犬は2年ほど前に認知症で死んだ。火葬をした場所は覚えていない」と話した。

 「おとなしくて優しい目をしたいい子だった。きっと幸せになってくれるはずと信頼して預けたのに…」。服部さんは、女性が劣悪な環境で故意に殺害したとして、慰謝料130万円を含む損害賠償を求めて昨年7月、大阪地裁に提訴した。

 裁判で女性は、殺害の故意はなかったと主張する一方、金銭不足で死骸やゴミの処理ができなかった点は認めた。請求額に対しても争わず、分割で支払う意思を示していた。

 だが、裁判所は「女性が多数の犬猫を自宅で衰弱死させた事情を、慰謝料に考慮するのは相当ではない」と判断。慰謝料を5万円しか認定しなかった。

 「動物の命は虫けら同然か」。服部さんの代理人の植田勝博弁護士は、裁判所が死に至らしめた虐待の実態に目を向けず、服部さんが保護していた期間だけで慰謝料額を決めたと厳しく批判。控訴した。

 ▽法律に「命」明記を

 司法と、高まる動物愛護の意識とのギャップを埋めることは可能なのだろうか。動物虐待問題に詳しい兵庫県弁護士会の細川敦史弁護士に、動物の命を巡る司法判断の実情について聞いた。

 

動物虐待問題に詳しい兵庫県弁護士会の細川敦史弁護士(提供写真)

 細川弁護士はまず、厳罰化された動物愛護法が依然、消極的な運用に終始しているとした上で「これでは虐待の歯止めにならない」と批判する。民事訴訟で賠償額が低い点については「動物は原則として慰謝料が認められないが、ペットについては特別に認めているという姿勢が強く現れている」と指摘した。

 細川弁護士は、動物が人と同等とはいかなくても、世論の高まりに合わせて、せめて物とは区別した立場を認める法改正が必要ではないか、と提案。その上で「例えば民法を改正して、動物が命ある生き物と明記できれば、法曹関係者に大きなインパクトを与える。これからも『動物の命が軽んじられている』との声を裁判所に届け続けることが大切だ」と訴えた。

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