“私たちの顔データ” JR東日本に収集された後、どう使われるのか? 「確かめる方法はない」

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顔認識機能を備えた監視カメラを公共の場に設置することは許されるのか? どう利用されるかわからないのに「顔」データを勝手に収集されていいのだろうか? JR東日本が導入した「顔認識カメラ」利用の防犯システムをめぐって、その問題点を話し合うシンポジウムが東京都内で開かれた。元富山大教授で批評家の小倉利丸氏が講演し、「顔認識という自分固有のデータを第三者が保有することのリスクは極めて高い。生体認識技術の開発・販売・利用のサイクルを絶つための取り組みが必要」と訴えた。

◆“うろついている”と顔データをJRに収集される

このシステムは東京五輪開催直前の昨年7月、JR東日本が駅構内に導入した。利用者一人ひとりの顔に関する固有の特徴や情報を遠隔カメラで取得し、AI(人工知能)によって解析するシステムだ。この顔認識技術によって、指名手配犯やうろつき行動などがある不審者、さらには重大犯罪で服役した出所者や仮出所者らを検知対象としていた。出所者情報は、事件の被害者に加害者の出所や仮出所を伝える「被害者等通知制度」に基づいて検察庁から入手。その顔写真をデータベースに登録し、駅構内の顔認識カメラに出所者が映ると自動的に検知して警備員が声かけすることなどを想定していた。

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ところが、運用開始から2カ月が過ぎた昨年9月、刑期を終えた出所者らを検知対象としていることを読売新聞がスクープ報道したことで、雲行きが変わった。JR東日本は「社会的合意が得られていない」として検知の一部を取りやめにした。ただし、現在も指名手配犯と不審者については検知対象となっている。

こうした実情を踏まえ、小倉氏は講演で次のように語った。

◆「顔」は警備会社や警察にも提供

「JR東日本はこのシステム導入に当たって、『(内閣府の)個人情報保護委員会事務局にも相談の上、法令に則った措置を講じています』と発表しています。つまり、個人情報保護委員会がオーケーを出したということですが、どういう議論が行われたかは開示請求しても何も出てこない。(JR東日本と同委員会側は)メールでいろいろやり取りしたようですが、黒塗りされた書類ばかりで議論の中身が全く分からない。顔認識のカメラによるJR東日本の監視は、ネットワーク化された大規模な仕組みです。セキュリティーセンターで画像の集中監視をするとなっていますが、駅や駅構内を中心に3万台を超える膨大なカメラのチェックというのは不可能です」

「そして問題なのは、警察や警備会社との連携があることです。つまり、監視カメラの映像は、警察とも警備会社とも共有できる仕組みになっている。状況によって必要なときに共有するのか、常時、警察や警備会社がJRの監視カメラにアクセスできるのか。どちらになっているのかは不明ですが、技術的にはどちらも可能だろう、と。JR東日本が取得した映像を警察と警備会社が共有する一方、警察や警備会社のデータベースをJRも使えるという形を取っているのかもしれません」

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◆話し合いに出向いても、JR東日本は全く応じない

小倉氏が続ける。

「JR東日本の顔認識カメラの実態は何かというと、非常にざっくり言うと、カメラに映った膨大な人の顔と、顔に関するデータベースを照合してそいつが何者で、どういう行動を取りそうなのか、という判断ができる仕組みのことです。顔データベースには、新聞報道を受けて取りやめになった刑務所からの出所者情報とか、指名手配の人とか、駅構内で『うろつき』をしている人などのデータがあるんだと思います。不特定多数の人の顔のデータを根こそぎ取得して、分類して、この人はうろつき、この人は前科者とか。今は何も引っかからない人であっても情報をデータベースに入れておいて、将来何か問題を起こしたときに『あの人はここにいた、あそこにいた』と分かるような仕組みでないと、行動分析なんてできません」

「しかし、一連の仕組みは全く分かりません。だから推測で話すしかない。その不明なところをきちんと情報開示させないといけないんですが、JRは民間会社なので国のように私たちの権利が及ばない。データも出さない。話し合いに応じてほしいと出向いても会わない。受付で追い返される。それが繰り返されているのが現状です」

講演する小倉利丸氏=2021年1月17日、衆議院第1議員会館(撮影:本間誠也)

◆監視国家ランキング 1位中国、2位ロシア…日本は4位

小倉氏がスライドで示した海外の調査団体のデータによると、国別の監視度の強さは1位中国、2位ロシア、3位アラブ首長国連邦(UAE)。日本はそれに次ぐ4位だ。調査団体によってばらつきはあるものの、トップ5以内にランク付けされている。調査団体は「日本で懸念されるのは、犯罪者を追跡するために、監視カメラの情報と市民のソーシャルメディアアカウントを併用していることだ」と指摘しているという。

「国内には確かに監視カメラは多い。そして日本の警察はLINEなどに繰り返し繰り返し、かなりの数のデータ請求をしています。(LINEなどのSNSから入手した情報を)顔認識とセットにして警察の監視が行われていることは事実だと思います。警察庁は昨年春、参院内閣委員会で共産党の質問に答えて、警察のデータベースには被疑者の写真約1170万件が保有されていると述べています。監視ランキング上位の国は『監視への反対運動が脆弱な国、相対的に弱い国であり、こうした強力な監視技術がどんどん入っている』と指摘されています。運動の力はやはり大きいと思います」

講演会で配布された資料(撮影:本間誠也)

◆監視カメラ運用に関する法律はない

日本には顔認識技術を使った監視カメラの運用を規制する法律はなく、現状では監視活動が誰からもチェックされない状態になっている。法が未整備のまま、第三者による生体データの保有が進む。小倉氏はその危険性を訴え、生体認識技術が普及する背景にも言及した。

「顔認識や指紋、静脈などの生体認識は、一生変えることができないものであり、他の人とはっきり区別がつくものです。そうしたものを使って一人一人を識別する技術がどんどん入ってきてるわけですね。生涯変わることのない自分固有のデータですから、JRであれ、国であれ、第三者によって保有されるリスクは極めて大きい。固有のデータを第三者が保有したときに、どう使われるか、全く分からないのです。『みなさんの生体データは違法な使い方はしません』『必要な時に限って使います』などと言っても、明日も同じ(言い方)とは限らない」

「さらに問題なのは、第三者が持っている生体認識のデータを消させる権利がないこと。仮に権利があったとしても本当に消しているか、確認する手立てがない。法律を作ればいいという人がいるかもしれない。でも、その法律の有効期間は何年なのか。人の一生を100年として、100年有効な法律なんてほとんどない。その時々の政権によって変わっていくわけです。そして、だいたいが悪い方向に変わっていくのがこの国。今、良い法律があったとしても、その法律に期待してすべてを委ねてはいけない。法律の効果はすごく限定されています。そのことをきちんと自覚したうえで、議員には生体認識の技術をどうするかを議論してもらわなければならないでしょう」

しかし、そうした議論にはならないと小倉氏は指摘する。それはなぜか。

◆監視カメラは儲かる

「日本のテクノロジーの中でもこの技術は非常に儲かり、国の今後の経済発展のベースになると考えられているからです。岸田政権にとってサイバーは優先課題になっている。生体認識技術の普及が進むと、野党も『そこまで強くは反対できない』と及び腰になってしまう。(国会で)議論をしたいとしても、技術とか知識に関してきちんと理解していないと返り討ちに遭ってしまう。それを恐れて突っ込めないということになりかねない分野なんです」

「私たちは、技術の細かい部分などを知りようもない。ですが、固有のデータは違法に使われないようにしないといけないというのは、技術的なことを知らなくても誰でも分かる。そのことを法律に委ねるとしたらどうしたらいいのか。委ねないとしたらどうするか。技術の専門家かどうか、関係ない。私たちがきちんと議論し、考えなければいけない問題なんです」

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◆“公共空間での大規模監視を禁止”は世界のトレンド

顔認識を含めた生体認識をめぐり、海外では導入反対の動きが高まっている。ドイツの新政権は昨年、公共の場での顔認識など生体情報による大量監視を禁止する方針を打ち出した。欧州議会は、生体認証による大規模監視の規制案をつくった。公共空間で顔認証システムを使った警察捜査を全面禁止する内容で、昨年10月にはこれに賛成する決議案を採択した。

「世界中で今、顔認識や生体認識に対する反対・禁止は大きなトレンドになっています。そうした中、私たちがJR東日本の顔認識カメラ導入に関して行うべきことは2つあります。1つは、JRに対して『顔認識の技術は使うな』と言って、使わせないこと。顔認識の技術を使おうとするのは、その技術を売る企業があるからです。だから、もう1つは、JRに技術を売りこんだIT企業、メンテナンスを行う企業、サポートする企業に対して、『売りこんだりメンテナンスやサポートしたりするな』と訴えることです」

「なぜ企業は顔認識の技術を売るか。儲かるからです。儲かるがゆえに、IT企業のほとんどが顔認識を含めたさまざまな技術を開発する。そこに莫大なお金を投資し、公的な資金が技術開発援助として入ってくる。その結果、技術が商品として売られる。その一連のサイクルを絶つことが必要になってくる。それがないと、生体認識の技術は最終的に止めることができない。法律に何ができて何ができないのか、できない部分をどうするのか。そこを自覚して議論することが必要なので、立法の問題だけでなく、技術の問題も含めて取り組まなくてはいけないと思っています」

(フロントラインプレス・本間誠也)

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